先生と師匠
子どもたちの姿を眺めながら、明るい未来を語っていた瑠璃だが、真横から丸々とした目に見つめられていることに気付く。
これは……まずいやつだ。何を言われるのか、と構えていると、アナトは呆けた顔で感想を口にした。
「一条は……凄いやつなんだな」
「す、すごいやつ??」
いいやつからアップグレードしたのだろうか。アナトは頷く。
「うん、凄いやつだ。僕が気にすることと言えば、今日は食事にあり付けられるのか、ということくらいだ。たぶん、それは僕だけじゃないと思う。多くの人が日々の暮らしで精一杯なんだろうけど……一条はコーラル全体のことを、未来まで考えているんだな」
「と、当然でしょ。コーラルが汚染されてしまったら、誰も生きていけないんだら。魔女として生きるものの責務よ」
「そうなんだ。魔女はみんな恐ろしいやつばかりだと思っていた」
「さっきも言ったと思うけど、確かに恐ろしいやつもいるわ。けど、その多くはコーラルのために働く魔女がほとんどなんだってば」
「勘違いは正さないとな」
「本当その通りよ。あんた戦後からタイムスリップしてきたみたいだもの」
「タイムスリップ?」
余計なことを言った、と瑠璃は口を閉ざすが、アナトはそれほど気になっていたわけではないらしく、遠い目で何かに思いを馳せるようだった。
「一条を見ていると……上司を思い出す。あの人も部下の信頼を得ていたし、コーラルの未来についてよく語っていた」
「へぇ。良い人じゃない。それなのに、どうしてやめちゃったの?」
「……上司のことが嫌いだったわけじゃない。ただ、僕は間違ったことはしたくなかったんだ」
珍しく苦々しい顔を見せるアナト。これでは何があったのか、と聞くことはできなかった。そんなタイミングでこちらに歩いてくる藍田の姿を見つけた。
「あ、先生」
瑠璃は手を振って藍田を呼び寄せる。特徴的な巻き毛とメガネが似合う三十代後半の男性。それが藍田の特徴で、いつも柔和な笑みを浮かべている。
「先生ってことは……あの人が翡翠か?」
「違う違う。翡翠は魔女だから。あの人は藍田先生。魔術師でスクール唯一の先生よ」
「先生、か」
藍田が二人の前までやってくると、アナトに頭を下げた。
「珍しい。お客様ですか?」
アナトも頭を下げるが、横から瑠璃が割り込んだ。
「まさか。ちょっと仕事を手伝ってもらっている、ような感じ?」
「ほう。瑠璃に翡翠以外の相棒ができるとは」
「だから違うって。それより先生、アキーバに技師の知り合いっていない?」
藍田は首を横に振る。
「いれば、ここの教員として迎え入れていますよ」
「そうよね……。やっぱり、翡翠にお願いしてアキーバで探すしかないか」
どうしたものか、と瑠璃は肩を落としたが、藍田は軽く手を叩いた。
「そうだ、翡翠が貴方を探していたので、早く行ってやってください。これを伝えようと思って声をかけたんです。最初は私に見てほしいと言っていたのですが、子どもたちの授業があると断ったんです。そしたら、ちょうどゾルから貴方が帰ったと聞いたものですから」
代わりに相手をしろ、という意味らしい。
「わかった。ちょうど私も用事があったところだし。それじゃあね」
「はい。お仕事頑張ってください」
アナトも一礼したところで、藍田と別れる。翡翠の居場所へ向かう途中、アナトはずっと溜め込んでいたのだろう疑問を瑠璃に投げかけた。
「ここみたいな豊かな村でも、技師はいないって……。そんなに珍しい職業なのか?」
「珍しいってわけじゃないんだけど、技師のほとんどはアンドロイドなのよ」
コーラルにアンドロイドが少ないわけではない。人間と半々と言っても過言ではないだろう。
「でも、アンドロイドって人間に比べると長命でしょ? あまり技術を継承するとか、後世のために何かを残すとか、そういう感覚が乏しいのよ。だから、技師の知識が広がらないわけ」
瑠璃は溜め息を吐く。
「技師の先生がうちのスクールに来てくれれば、子どもたちの将来だけじゃなく、未来のコーラルも豊かにできるはずなんだけどね」
「知っているぞ。手に職を付ける、というやつだな」
「そうそう」
さらにクシェトラの村を奥へ進むと、居住区から離れたところに、テントが一つだけ設置されていた。これまでクシェトラで見たテントに比べると、派手な見た目が特徴的である。
「ここが翡翠の家よ。ちょっと変な子だけど、びっくりないよにね」
「変な子?」
むしろ、この男が驚く姿を見た方が愉快かもしれない、と思いながら、瑠璃は声をあげた。
「翡翠、いるー?」
「瑠璃ー! 帰ったのー!?」
間髪入れず返事があったかと思うと、テントの中から女が飛び出してきた。
「お帰り待ってたよ大好きーーー!!」
飛びつかれた勢いで、瑠璃は後ろにひっくり返ってしまうのだが、女はじゃれるようにしがみついてくる。
「ねぇねぇねぇ! 見てほしいものがあるんだよねぇ。早くテントの中に入ってよぉ!」
「ちょっと翡翠! 客! 客がいるから!!」
そこで初めて客の存在に気付いた翡翠は、肩に届かない程度の淡いグリーンの髪を揺らして顔を上げる。そして、輝くような瞳でアナトを見つめると、笑顔を見せて言うのだった。
「あら、失礼。はじめましてだね、お客さん」
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