アンドロイドが見た夢
戦いは終わったと判断した瑠璃は、アナトと共に翡翠の方へ向かった。
「助かったわよ、翡翠。でも、あと五分くらい早く来てくれればよかったのに」
「あははー、ごめんね。なんか入り組んだところに落ちちゃって」
「それにしても、凄いな……」
辺りを見回しながら呟くのはアナトである。表情の薄い彼の顔を見て、一瞬目を細めた翡翠だったが、いつもの調子で笑顔を見せる。
「やりすぎちゃったよねー。ガーネットに怒られるかもしれないから、穏便に済ませたかったんだけど……びっくりしたー?」
必要以上に明るく振舞う翡翠を見守る瑠璃。彼女がラストナンバーズと言う十字架を重く捉え、その正体を人に悟られることを避けている、と知っているからだ。そして、その真実を知ったアナトは小さ頷く。
「ああ、びっくりした。翡翠も一条も……とにかく怒らせないようにするよ」
思ってもいないリアクションに、アンドロイドらしくない表情で驚く翡翠。瑠璃に関しては「またそれを言うか」と不満げだ。
「いやいや、そうじゃなくて。私が何者か分かっちゃったんだよね? そこ、驚かないの??」
「あ、そうか。翡翠は偽名ってことなんだな。本名はジェイド。そう呼んだ方がいいのか?」
「えっと……そこは、翡翠でいいけど。うーん、そうじゃなくてさ!」
説明しようとする翡翠だが、アナトはどこ吹く風といった調子で「それより」と言うのだった。
「翡翠が手伝ってくれなかったら、僕は死んでいたよ。本当にありがとう」
「ど、ど、どういたしまして。……いや、だからさ!?」
必死に自分の素性を説明しようとする翡翠だが、アナトは余計に混乱した顔を見せる。そんな二人のやり取りを見て、瑠璃もつい笑い出してしまった。
「翡翠、諦めなさい。アナトくんはそういう人なんだから。彼はただ、助けてくれた貴方に感謝しているだけ。もちろん、私もね」
「……でも、それでいいのかなぁ」
「いいのいいの」
「それ以外、何があるんだ?」
納得いかない、といった調子でアナトが眉を寄せたころ、かすれた声がどこからか聞こえてくる。
「あ、アッシュは……?」
どうやら、気を失っていたオルガが目を覚ましたらしい。きっと、彼女はすべてが終わり、アッシュが安全な場所まで運んでくれた、と思っているかもしれない。瑠璃は彼女の前に立ち、告げるべきことを告げた。
「アッシュは大破したわ。貴方も、正しくない祈りを取り下げるために、中央に引き渡して魔力核を取り除かれることになるから……覚悟してね」
瑠璃は知っている。魔力を生成する魔力核を取り除く行為が、どれだけ苦痛を伴うことなのか。それは肉体的なことだけはない。魔術師をと呼ばれる人間にとっては、その尊厳を破壊されるのと同義なのだ。
「さぁ、行くわよ。翡翠、彼女を運べる?」
「はいはーい」
翡翠がオルガの肩を担ごうと手を伸ばす。しかし、オルガはナイフを突き付けられたかのように、強い拒否反応を見せた。
「いや! 触らないで! 私は中央なんかに行かない!!」
先程まで、意識もはっきりしていなかったとは思えないほど、強い拒絶である。それでも、翡翠がオルガに触れようとすると、彼女は巨大空間に響き渡るような声で叫んだ。
「助けて! アッシュ、助けて!!」
その声に応えるものがあった。猛烈な突進をいち早く察知した翡翠は、オルガから身を退くが、彼女を掴んで離脱しようとするアッシュの姿を捉える。今にも壊れそうな体で脱出を試みようとしているのだ。そんな彼に翡翠は警告する。
「ダメだ、アッシュ。上を見ろ!」
言われた通り、顔を上げるアッシュ。だが、少しばかり遅かった。先程の戦闘によって崩壊しただろう、柱らしき物体が落下し、彼らの真上に迫る。アッシュは瞬時の判断でオルガを突き飛ばすが、自らの体は巨大な鉄の塊に押しつぶされてしまった。
「あ、アッシュ……!」
押しつぶされたアッシュは、頭部にダメージを受けたのか、その目に停止信号を意味する赤い点滅が繰り返されていた。最後を理解したのか、オルガは目に涙を溜めながら彼に問う。
「どうして……ここまでしてくれたの? 私なんかの、ために」
「……君を、愛していたから」
表情を作れず、感情も作れなくなってしまったアッシュは、無機質な音声で想いを伝えるが、彼女は首を横に振った。
「ウソ。貴方はエリスのことを忘れられないはずよ。私のために命をかけるわけがない」
「確かに、エリスのことは、忘れられなかった。でも、君に安心してもらうため、なら……忘れよう、と思った。そ、れで……君を愛している、と証明、し、た、か」
音声を発することもできなくなってしまったらしい。それでも、彼の想いが伝わったのか、オルガは驚愕の表情を見せていた。数秒、表情を固まらせていたオルガだが、アッシュの頬に触れる。
「……馬鹿ね」
そして、幸福が訪れたかのように、微笑みを浮かべた。瞳の中で赤い点滅を繰り返すアッシュは、まだ音声を認識している。そんな彼にオルガは言った。
「私はただ、あの女の痕跡を消したくて、貴方の記憶を消去しようと思っただけなのに」
瞳の点滅はまだ続き、オルガは想いを重ねて口にした。まるで、幸福で満たされたかのように。
「でも、びっくりしたわ。アンドロイドも……人を愛せる気持ちがあるのね。私より、人間らしいじゃない」
アッシュの瞳から点滅が消える。それでも絶えることのないオルガの微笑みに、瑠璃は膨れ上がる怒りを抑えられなかった。
「立ちなさい。あんたみたいなやつは、魔力核を取り除いて、二度と魔力を使えなくしてもらうんだから」
瑠璃の攻撃的な感情を受け止めてもなお、オルガは微笑み続けている。
「あら、そんなことにはならないわ。だって、ノモスに祈りを捧げたのはアッシュだもの。私は正しくない祈りを捧げたりなんてしていない」
「……正気?」
「さぁ、どうかしら。でも、狂えるってことは……人間である証拠よね」
これ以上、会話は交わしたくなかった。ただ、この女の頬を打たねば気が済まない。オルガの胸倉をつかみ、手を引く瑠璃だったが、翡翠に腕を掴まれてしまった。
「無防備のやつを殴るなんて瑠璃らしくないよ」
「……でも、こいつは!」
「直接祈りを捧げていなくても、汚染犯であることは間違いない。後は中央の判断に任せよう」
「……分かった」
そこから、瑠璃とオルガを連れて、アナトと一緒に地上へ出た。オルガはもつれながらも、自分で歩き、首だけになってしまったアンドロイドはアナトが運んだ。オルガはアキーバの収容施設に入れ、汚染犯を捕らえたと中央に連絡する。
そこで瑠璃とアナトは彼女と別れたが、後々聞いた話によると、オルガはずっと微笑みを絶やさなかったらしい。中央の人間に護送されるその瞬間も、ただ笑みを浮かべ、俯いたままだったそうだ。
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