ジェイド
「ラストナンバーズ!?」
アッシュが驚きの声を挙げると同時に、翡翠は自らの名と同じ色の光をまといながら、地を蹴った。そのスピードはアッシュですら知覚が難しいほど速い。ドンッ、という音と共に後方へ線を描き、壁に打ち付けられるアッシュ。驚愕に顔を上げたアッシュが見たのは、薄く笑みを浮かべて、手の平を突き出す翡翠の姿だった。
「やつが……ラストナンバーズの一人、ジェイドだと言うのか?」
いや、とアッシュは否定する。そんなわけがない。伝説のアンドロイドがこんなところで、こんな姿で活動しているなんて。きっと模造品だ。その名を語る高性能アンドロイドに違いない。アッシュは立ち上がり、五つの指先を翡翠に向ける。すると、指先に小さな穴が開き、五本の光線が同時に発射された。
薄暗い巨大空間を照らすほど、凄まじい熱線ではあるが、駆け回る翡翠を捉えることはない。それどころか、翡翠は不規則な動きを繰り返しながら、少しずつアッシュに近付いてくる。
「これ以上は……近付かせない!!」
焦燥感にかられつつ、アッシュはもう一本の腕を持ち上げ、さらに五本の熱線を追加した。さすがのラストナンバーズもこれは躱せまい。そんなアッシュの希望は打ち砕かれる。翡翠を守るように、緑色の球体を彼女が守ったのだ。
「私の攻撃でも撃ち抜けないバリアだと……!?」
これまで、アッシュは何度か高性能アンドロイドと戦ったことはある。パワー、スピード、魔力精製。すべてにおいて優れたアンドロイドたちのバリアも、この熱線は貫き、ボディすら切り裂いてきたはずが、翡翠は涼しい顔でこちらを見ているではないか。
「まずい!」
アッシュの目の前に飛び込んでくる翡翠。右左に揺れるフェイントの後、後ろ回し蹴りが放たれ、アッシュの横腹を叩く。打撃のスピードについていけなかったが、このまま退くわけにはいかない。アッシュは左右のパンチで反撃を試みるが、翡翠は正確な回避を見せ、逆にボディアッパーを叩き込んできた。
痛みは感じない。それでも、システムがダメージと危険を知らせている。形勢逆転を狙い、右の拳にエネルギーを溜めて振るうが、当然のように翡翠はちょうど届かない位置に退いていた。だが、それがアッシュに狙いだ。
「これは躱せまい!」
アッシュの腹から人差し指サイズの突起物が発生すると、そこから獲物を狙う蛇の頭が飛び出した。それは鞭のようにしなって、翡翠に噛みつくかと思われたが、翡翠は体を傾けて躱してしまう。ただ、アッシュの腹から飛び出した鞭は全部で八つ。しかも、個々に意思を持つかのように、縦横無尽に動いて翡翠に食らいつこうとする。その威力は硬質であろう床が平然と砕けるほどで、さすがの翡翠も距離を取って難を逃れる。
「今だ!」
アッシュが背筋を伸ばすと、胸が二つに割れて巨大な砲身が現れる。先端が強い輝きを放ち、その威力を主張した。放たれる閃光。それは、瑠璃が先程放った魔力光線と同等のエネルギー量を想像させる。そんな必殺の一撃が翡翠を飲み込んだ。これに勝ちを確信するアッシュだったが……。
「馬鹿な……」
そんな大出力の攻撃すら、翡翠には届かない。アッシュの魔力砲は翡翠に到達する直前で、四方八方へ拡散し、ただ周囲を焼くだけ。もっとエネルギーを注げば、とアッシュは魔力を回すが、空間に飛び散る炎が増えるだけで、決して翡翠に届くことはなかった。光に満ちていた空間が、再び闇と静けさを取り戻すころ、アッシュは自らに残された力を確認し、次の一手を考えなければならなかった。
(エネルギーは残りわずか。こうなったらジェイドが飛び込んできたところを迎撃するしかない)
腹部にある八つの鞭で牽制し、拳にすべてのエネルギーを込めて、一撃を叩き込む。これならば、ラストナンバーズとは言え、ダメージを与えられるはずだ。後は、その隙にオルガを回収して逃げるしかない。そんなアッシュの決意を前にして、翡翠は感情のない顔のまま、手の平をこちらに向けた。
「アッシュ、全力で防御しろ。いや、回避を推奨する」
翡翠が呟くと、その手が変形する。指が逆方向に曲がると、手の平に穴が開き、細い銃身らしきものが飛び出した。先程、アッシュが胸から出した砲身に比べると、ちっぽけではないか。実際、そこから放たれるエネルギーは、か細い光線だった。ただ、アッシュの直感プログラムが複数の警告を表示する。すべてのエネルギーを回して、バリアを展開するが……。
「……超高圧縮された魔力エネルギー、ということか」
翡翠の攻撃は、アッシュの左胸を貫き、その周辺を焼き尽くしている。左腕に関しては跡形もなかった。崩れるように膝を折るアッシュ。魔力核と呼ばれる動力源も損傷していた。これでは修理なしに動くことはないだろう。
膝をついたアッシュの前に、翡翠が立っていた。戦闘プログラムを停止させたのか、その目に強い輝きはない。
「アッシュ。君はよくやったよ。私たちアンドロイドは人間を守り、寄り添うために作られた存在だ。その使命を全うしたと私は捉えている」
表情を作るプログラムも壊れてしまったアッシュは、労いと思われる翡翠の言葉に、ただ音声のみで返すしかなかった。
「……使命など知らない。私はただオルガを愛した。それだけだ」
アッシュの主張をどのように捉えたのか、翡翠は何か祈るように軽く目を閉じるのだった。
「面白かった」「続きが気になる」と思ったら、
ぜひブックマークと下にある★★★★★から応援をお願いします。
好評だったら続きます!




