できることは、ただ叫ぶだけ
アナトの頬っぺたを何度も引っ張り、やっと気が済んだので、彼の話を聞くことにした。
「いや、彼女の攻撃がどういった性質のものか分かっていたから、赤い光がきた瞬間から、後ろに逃げていたんだ。ただ、爆風が凄かったから吹き飛ばされて、頭を打って少し気を失ってまったけど……」
「それで、ずっと顔を出さなかったわけ?」
「そういうことだ」
瑠璃は大きな溜め息を付く。半分はアナトの異様な幸運に呆れたためだったが、もう半分は彼の冷静な判断力に関心したのだった。
「本当、アナトくんの度胸には驚かされるわ。何か心得でもあるの??」
「うーん……。そうだな、上司がとにかく怖い人だったから、自然と度胸がついたのかもしれない」
「そんなに怖い人なんて存在するかしら」
「……一条に負けないくらい怖かったなぁ」
「私、そんなに怖い?」
異様に冷たい笑顔を向けられ、アナトは背筋が凍るのを感じた。
「いや、何でもない。悪かった……」
「あ、そう。まぁ、無事終わったわけだし、翡翠と合流して帰りましょう。あいつ、どこにいるのかしら……って、あれ?」
踵を返し、翡翠を探そうとする瑠璃だが、眩暈を感じたように膝を付いてしまう。
「あ、完全に魔力切れだ。どうしよう……」
「立てないのか?」
「もう少し……休めば大丈夫」
「座れるところに移動しよう。ほら、掴まって」
アナトに肩を担がれ、酷く動揺する。なぜだろう。弱っているときに感じる他人の体温は、胸のあたりが妙にくすぐったくなるらしい。
ガーネットが眠ると思われる半球状の物体まで、アナトに肩を貸してもらいながら移動する。その周辺に人が座るにはちょうどいい突起がいくつかあったため、そこに座らせてもらったが、眩暈も少しずつ回復していた。アナトも横に座り、辺りを見回した後に言う。
「翡翠、迷っているのかな」
「たぶん、大丈夫よ。さっきの騒ぎも聞こえていただろうし、すぐ合流できると思う」
噂をすれば、といったタイミングで、この空間につながる唯一の扉が音を立てて開いた。ほらね、と瑠璃は微笑むが、それはすぐにかき消えてしまう。それも無理もない。
「私のマスターを酷い目にあわせてくれたみたいだな」
現れたのは、翡翠ではなかった。先程、瑠璃が撃破した魔女を守護するアンドロイド。アッシュである。
「そうよね……。忘れてたわけじゃないけど、忘れてたわ」
瑠璃はオルガと激闘を繰り広げたせいで、アッシュと言う強敵の存在を完全に思考から切り離してしまっていたらしい。しかも、瑠璃の魔力は空っぽの状態。さらに言うなら、アッシュは瑠璃と翡翠と同時に相手しても余力を残して戦うような相手である。つまり、この状況は絶体絶命だ。
しかし、アッシュは瑠璃とアナトに見向きもしなかった。ただ、真っ直ぐとオルガの方へ向かうと、彼女の傍らに膝を付く。
「大丈夫か?」
オルガに反応があったらしく、彼は小さく頷き、安心させるような微笑んだ。そして、アッシュはオルガを抱き上げると、いまきた道を歩き出す。どうやら、立ち去るつもりらしい。
「待ちなさい。どうするつもり?」
「まずはオルガの治療だ。私はヒール系の機能は搭載されていないからな」
「そういうことを聞いているんじゃない。ガーネットは……諦めるの?」
「また来るさ」
冗談ではない、と瑠璃は心の中で呟く。ガーネットが眠る部屋につながる扉の前に置かれた五つのアンドロイドの首。アッシュは瑠璃たちが彼らを親しい人たちのもとに返すと理解しているはず。だとしたら、彼は再び五つの首を用意するに違いない。
「ダメよ。貴方たちを自由にさせるのは、アキーバの人たちにとっても、コーラルにとっても危険すぎる。悪いけど、正しくない祈りを捧げた邪教徒として中央に引き渡す」
「……私たちの自由はもう誰にも奪わせはしない」
そう言って、アッシュはオルガを離れた場所に降ろすと、こちらに振り向いた。
「これ以上、私たちの邪魔をするならば、今のうちに排除するしかないようだ」
アッシュがこちらに向き、ゆっくりと歩みを進め始めた。
「動くな!」
瑠璃は警告を発しつつも、躊躇いなく魔力光線を放つ。ただ、それは尽きた魔力を絞り出すようなもの。直撃したところで、アッシュを止めることはない。
「くそ、だから使わなければよかった!」
魔力光線を撃ちながら、瑠璃は吐き捨てる。もし、オルガとの戦いで魔力放出補助装置を外さず戦っていたら、魔力を温存できたかもしれない。温存できたとしても、あの状況を切り抜けられたかは微妙なところだが……。
「ま、まずい。もうダメかも……」
またも眩暈に襲われ、膝が折れそうになった瑠璃をアナトが支えた。
「一条、座っていた方がいい」
「馬鹿。休んでられるか……」
立とうとするが、ぜんぜんダメだ。力が入らず、アナトに支えられながら、先程と同じ場所に座らせられる。そして、アナトは真っ直ぐとこちらに向かうアッシュの進路を阻むように立った。
「ちょっと……どうするつもり??」
「どうするも何も、動けるのは僕だけだ。僕がやるしかない」
「無理に決まっているでしょ? 相手は後期型アンドロイドなのよ?」
「それでも、一条を殺させるわけにはいかないだろ」
「どうして……そこまで」
ダメだ。目がくらむ。せっかく、彼は生きていたのに、このままでは殺されてしまう。しかし、今の自分に何ができるのだ。できるとしたら……ただ叫ぶだけだ。こんな最悪な状況でも、ひっくり返せる実力を持つ、自分の師の名前を。だから、瑠璃は肺いっぱいに空気を吸い込んで叫んだ。
「翡翠ーーー!! いい加減に助けなさいよーーー!!」
広い空間に瑠璃の叫びが響き、それが収まるとアッシュの足音だけが続いた。状況は好転しない。そう思われたが、アッシュの足音に別の足音が混じる。その直後、アッシュは脅威を察知したかのように振り返った。
「ほわっちゃあああーーー!!」
そんなアッシュの顔面を襲うのは細い足。アッシュの顔面に鋭い飛び蹴りが叩きつけられ、小柄な影が舞うように着地した。それを見た瑠璃は、希望を見出し、再び名前を呼ぶ。
「翡翠!」
アッシュを蹴り飛ばした女は、緑色の髪を揺らし、青い瞳を輝かせながら、二本の指を立てて微笑んでいた。そう彼女の名前は……。
「はーい、翡翠さん到着です。待たせちゃったみたいだね、瑠璃、アナトくん!」
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