魔女の非情
瑠璃はオルガが放つ赤い球体の爆発をどうにか防ぎつつ、一瞬の隙を狙っていた。既にアナトがオルガの背後に回っているのも確認しているため、今すぐにだって魔力光線を放っても構わない。ただ、雑に攻撃してしまえば作戦を気取られる恐れもある。あくまで自然に、勝ちを掴みに行った形で攻撃を外さなければならないのだ。
「逃げてばかり! いま降参するなら、許してあげなくもないわよ!」
オルガは完全に勝ちを確信している。自分より圧倒的に弱い虫をなぶるような気分だろう。しかし、それでいい。だからこそ、オルガには瑠璃の作戦に気付かないはずだし、アナトに至っては見えてもいないはずだ。
「誰が降参するものですか! まだ諦めてなんかない!」
あえて強気なことを言って、オルガをその気にさせると、彼女は狙い通りに連続で赤い球体を放ってきた。それは彼女を守るように発生した赤い壁から繰り出されているため、これを耐えきれば防御は手薄になる。だとしたら、その瞬間の反撃が妥当。瑠璃は防御に専念した。
「さぁ、逃げなさい!」
赤い球体に囲まれる。一番手薄な方向に駆けながら、防御魔法を全力で張った。左右と背後で爆音が響くと、体が前方に投げ出される。防御魔法が一瞬で砕けたものの、爆風に晒されただけで、大きなダメージには至らなかった。顔を上げると、確かに赤い壁に綻びが。そして、その背後にはアナトの姿も。
「行ける!」
瑠璃は片膝を付いた状態から、魔力を一気に右手へ注ぐ。
「貫け、シャルヴァ!!」
渾身の一撃を装って、魔力光線を放つとオルガは防御魔法を展開した。もちろん、瑠璃の魔力光線がそれに突き刺さることはない。わずか右を通過して後方へ。そして、後方のアナトが青い閃光を手の平で受け止める。
「……惜しかったわね」
オルガが何も知らず微笑むその後ろで、アナトが青い光を手で受け止め、痛みに耐えて顔を歪める。きっと、手に平は魔力の熱で焼けるような痛みを感じているだろう。今すぐ開放してあげたい。が、オルガは防御魔法を展開したままだ。
「そのセンス、鍛えれば一流の魔女になれたでしょうね。残念だわ」
言葉はいい。早く防御を解いてくれ。瑠璃は願うが、オルガは続ける。
「私の弟子にならない? そうすれば、より素晴らしい魔女に……」
息を飲む。ここで提案に乗れば、防御を解くかもしれないが、駆け引きを始める前に、オルガが首を横に振った。
「いえ、ダメね。貴方はそういう女ではない。……残念だけど、ここで終わりにしましょう」
解いた! バリアが解除され、オルガが手の平をこちらに向けて、攻撃態勢に。
「今だ。ウラトナ!」
瑠璃の呪文に反応し、アナトの手の平にとどまっていた光が、オルガに向かって突き放たれる。後方の異変に気付き、振り返るオルガだが、間に合わないはず。行ける、完璧なタイミングだ。薄暗い大空間に魔女の悲鳴が響く。
「やったか……!?」
瑠璃はオルガの状態を確認するつもりだったが、目の前に赤い球体が無数に現れる。
「ウソでしょ!?」
防御魔法を展開しつつ後ろに飛びのくが、その爆発の勢いに吹き飛ばされてしまった。
「やってくれたわね……」
爆発から生まれた煙の中から、オルガの姿が現れる。
「魔力探知を避ける隠蔽の技術も悪くない。ただ、坊やの負担を軽くするため、手心を加えたのが仇になったようね」
どうやら、その通りらしい。瑠璃はオルガを殺すつもりはなかった。気絶する程度の威力に絞って攻撃するつもりだったが、それでも魔力光線を受け止めるアナトの手が持たない。少し威力を調整したところ……どうやらオルガの意識を奪うほどの威力にならなかったようだ。
「一条!」
後方で叫ぶアナト。こちらの身を案じて駆けようとしているが、オルガは後ろを確認することもなく、彼に向って赤い球体を放った。
「アナトくん、逃げて!!」
しかし、遅かった。彼は爆発に包まれて、その姿が消えてしまう。跡形もなく、呆気なく、消えてしまったのだ。何もなくなった空間を呆然と見つめ、瑠璃はその場に座り込んだ。
珍しいことではない。汚染犯を追っていれば、依頼人や協力者の命が奪われる瞬間に直面することは、少なからずある。だけど、今までにない喪失感が瑠璃にのしかかる。
彼は、悪人ではなかった。ただ真面目で、頑固で、何にでも首を突っ込みたがる、どちらかと言うと善性が強い人間だったはず。分からない。たった数日の短い付き合いだったから、彼について何も分からなかったけど。
「それでも……死んでいい人間じゃなかった」
自らの無力を嘆く。もっと努力して、成長する手段があったのではないか。そしたら、あの純真な男一人くらいなら、死なせずに済んだはず。しかし、オルガはアナトがいた場所を見て、ほっと息を吐いた。
「……死んだみたいね。よかった、あの脅威を早めに葬れたようで」
何やら安堵するオルガだったが、すぐに瑠璃の方へ目を向けた。
「さて、万事休すってやつね。狙いもよかったし、判断力も粘り強さも評価できるわ。でも、何が足りなかったか、分かる?」
答えない瑠璃に、オルガは肩を落としながら、指摘する。
「非情さが足りなかったのよ。魔女たるもの、ときに非情でなければ命を落とす。そういうものよ」
勝ち誇るオルガだったが、瑠璃は短い言葉を返す。
「……もういい」
「……なんですって?」
瑠璃の黒い目が、オルガを貫く。そこには、これまでの彼女になかった、非情が含まれているようでもあった。
「もういい、と言ったのよ」
瑠璃はゆっくりと立ち上がる。
「そこまで言うなら、少しだけ非情になってあげるわよ」
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