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スズメ

アナトは暗闇の中で目を覚ます。光を拒絶するような闇だけでなく、埃っぽい空気は数日前まで生活していたあの廃墟を思い出させた。



「……ライトがあって良かった」



足元に転がっていたライトを手に取り、周辺を照らすが、二人の魔女は見当たらない。さらに、頭上を照らしてみると、自分が先程まで立っていた階段が見える。もう一度周辺を照らすと、すぐ近くに手すりがあり、その向こうは底が見えない地下空間が。



「翡翠が助けてくれたのか」



落ちる直前、アナトは異様な加速を感じたが、おそらく近くにいた翡翠が、大穴に落下しないよう押し出してくれたのだ。



「だとしたら、二人はこの下に……」


底が見えない闇。かなりの落下が想像できるが、コーラルの魔女と呼ばれる二人なら無事だろうと信じることにした。


「さて、どうするか」



どういったスペースなのか分からないが、ここには階段は見当たらない。その代わりに、扉が一つあった。アナトはセキュリティのドロンやロボットに遭遇しないことを祈りながら、扉の先へ進む。狭い通路や広い通路を下がったり昇ったり。果たして、深層部へ向かっているだろう二人と合流できるだろうか、と溜め息を吐きたくなった。



「あら、こんなところで人とお会いすることになるとは」



突然、女から声をかけられ、やや驚きながら振り返る。反射的にライトで照らすと、眩しそうに視界を手の平で隠す黒髪の女が。



「あ、すみません」


ライトを足元に向けると、女は手を降ろして顔を見せる。青い瞳が特徴的だが、何となく瑠璃に雰囲気が似ている気がした。


「こんなところで何を?」



当然の質問を投げかけると、女は微笑んだ。



「私はスズメと言います。ここには、友人に会うために来ました」


「友人、ですか」


「貴方こそ、ここで何を?」



質問を重ねるつもりが、女から……スズメの方から質問があった。こちらの質問に答えてもらったのだ。自分も答えなければ。



「落し物を届けるために、ここにきました」


「落し物……?」



想像してもいない答えだったのか、スズメは目を丸くした。一秒ほど固まる彼女だったが、心底おかしそうに声をあげて笑う。



「面白い方ですね。ここがどこかお分かりですか?」


「魔女が眠っているとは聞いているけど……」


「怖くないのですか?」


「最近知ったんです。魔女は悪いやつばかりじゃないって。それに、僕は魔女を怒らせることはしない。間違ったことをしなければ、酷い目に遭うことはないはずだ」



一度落ち着いたはずだったが、スズメは再び笑い出す。


「ええ、そうですね。その通りだと思います」


何とか気持ちを落ち着かせながら、スズメは何度も頷いた。



「私に何か手伝えることはありますか? 例えば、道案内とか」


「本当ですか? それは助かります」


「きっと、最深部を目指しているのでしょう? だとしたら、こっちです」



ニルヴァナに見放されることあれば、ニルヴァナに救われることあり、というやつだ。アナトは正体不明の女、スズメに案内を頼むことにするのだった。


アナトが持つ小さなライトを頼りに、二人は暗闇を進むが、スズメはスムーズに進んで行く。まるで、この施設は慣れていると言わんばかりだ。



「お名前を聞いても?」


歩きながら、スズメに問われる。そういえば、相手の名前を聞いているのに、名乗っていなかった。



「アナトです。今は無職をしています」


「無職をしている……?」



スズメはアナトの言動すべてがおかしいと言わんばかりに、立て続けに笑う。



「ここにはお友達と一緒にきたのですか?」


「はい。友達であり、恩人である二人と一緒です」


「羨ましいですね。友人がいるって」


「僕も最近になって初めて友人を得ました。良かったらスズメさんも友人になりますか?」



やはり、これもおかしかったらしい。


「ええ、ぜひお願いします」


そこからは特に会話はなく、ただ通路を下り、狭い一本道に出るとスズメが立ち止まった。



「この先が最深部になります」


「ありがとうございました。また会ったら……何かお礼させてください」


「お礼は結構ですよ。ただ、いつか友人として再会いただけるなら」


「もちろんです」



微笑みを残し、スズメはいまきた暗い通路を戻って行った。何者なのだろうか、と今更になって考えるが、どうせ結論は出ない。無駄に考えるのも面倒だったので、アナトは暗い一本道を前へ進んだ。

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