◆アッシュ②
「これで最終調整も終わり。貴方は私たちのチームの最高傑作よ。アッシュ、皆の命を託すわね!」
マスターの笑顔に私は頷く。彼女は数年前、私を発掘してからずっと復元作業に力を尽くしてきた。おかげで私も魔女戦争時代の力を取り戻しつつある。それが、どれだけの労力と時間を費やしたことか、私自身が一番知っているつもりだ。あとは作戦を成功させるだけ。改めて決意する私だったが、彼女はそれよりも先の未来を見ているらしかった。
「ねぇ、アッシュ。この戦いが終わったら一緒に旅に出ない?」
「旅?」
「うん。コーラル中を旅して、二人で色々なものを見たいの」
「私と……二人で?」
「貴方以外に誰がいるの?」
彼女は揶揄うように笑って椅子を離れると、私の前に立った。
「あのね、アッシュ。……魔女戦争時代の頃は知らないけど、今は人間とアンドロイドが一緒になることも当たり前なのよ。一緒って言うのはつまり……。だから、その、何て言うか……」
「……約束する」
「え?」
戦争と研究室という世界しか知らない私だが、彼女の心が分かった気がした。
「作戦を成功させ、必ず君のもとに帰る。そしたら、一緒に旅へ出よう」
「……うん」
彼女の頬に伝う涙を、指先で拭う。彼女の心の中には私がいる。そして、私にも心があって、そこに彼女がいる。これは永遠の想いだ。そう確信して、私は作戦の成功を誓った。
「じゃあ、ミーティングがあるから」
彼女は時間を確認する。
「作戦まで三十二時間。お互い頑張りましょう!」
頷く私に小さく手を振って、彼女はメンテナンスルームを出て行った。ミーティングはいつも一時間程度で終わる。早くあの笑顔を見たい、と私は彼女の帰りを心待ちにしていた。しかし、二時間経っても彼女は現れない。私の直観プログラムが、泣き叫ぶように警告を鳴らし始めた。
「アクセス。ミーティングルーム」
私は違反行為であると知りながら、ミーティングルームのセキュリティカメラにアクセスしてしまった。そこでは、数名のメンバーによって議論が行われると思われたが、実際はマスターとチーフの二人きり。彼女が責められていないだろうか、と音声を拾ってしまう。
「ダメよ。アッシュは次の作戦も参加してもらいます」
「お願いします、チーフ。もう彼に人殺しなんて……」
「邪教徒の排除です。それは人殺しではありません。それに……」
チーフの目には明確な怒りが見られた。マスターもそんな熱に触れてしまったかのように、一歩退く。
「それに、アンドロイドに心があるなんて、異常な考えです。一緒になるなんてあり得ない」
「そんなこと……。今の時代は珍しくありません。私はあの人と……」
「そもそも」
マスターの言葉を遮り、チーフは言い放つ。
「アッシュは貴方個人の所有物ではない。ニルヴァナ教の兵器です。持ち出すなんて許されません」
「その考えがおかしいと私は言っているのです。アンドロイドはモノではない! 彼自身の気持ちを……選択を尊重するべきです」
「アッシュが絶対に貴方を選ぶと確信しているわけ? 本当に傲慢な人ね」
二人の女が視線を交錯させる。強い感情が、譲れない想いが、強い摩擦を生んでいた。どうやら、私とマスターの選択は認められることはないらしい。しかし、それでもいい。例え、正しくない祈りと認識されるような行為でも、戦いが終わったら、二人で旅に出ればいいのだ。私は決意するが……研究所に耳を突くような警告音が鳴り響いた。
「なに!? 何があったの!?」
チーフがセキュリティを確認するが、応答がない。そこで、私はやっと気付いた。私の直観プログラムは、この状況を予測していたのだ、と。別のセキュリティにアクセスする。研究所の入り口だの様子を見てみると、そこには屍が並び、火が広がりつつあった。
「邪教徒の攻撃……!? マスターを助けなくては!!」
私はメンテナンスルームを飛び出した。しかし、通路は既に邪教徒と思われるアンドロイドに溢れている。
「そこを通せ、邪教徒たちよ!」
破壊した。破壊した。破壊した。 破壊した破壊した破壊した。目の前に現れる敵、すべてを破壊したが、次々と私の前に立ちふさがる。どれだけの戦力がこの研究所に投入されたというのか。このままではマスターのもとにたどり着けない。込みあがる感情は怒り。そして、祈りだ。
「マスタぁぁぁーーー!!」
彼女を無事だけを祈り、私はアンドロイドたちを破壊した。通路は血と黒煙に塗られ、前が見えない。私のボディも同じだ。こんな姿でも彼女は笑ってくれるだろうか。いつものように。それでも、私は行かなければならないのだ。
「マスター!」
ついにミーティングルームの前にたどり着き、歪んだ扉を力づくで開けた。きっと、この向こうには彼女が。そして、私の顔を見ていつものように微笑んでくれるはず。
「……ウソだ」
しかし、扉の向こうには何もなかった。ただ瓦礫の山が積み重なるだけ。そして、その隙間から血が。赤い血が流れ、私の爪先を濡らした。
「ウソだウソだウソだ!!」
私は瓦礫をかき分ける。必死になって、彼女の無事を祈って。
「……マスター」
しかし、私の祈りは踏みにじられる。瓦礫をかき分け、私が見たものは……頭蓋が砕けたマスターの姿だった。
「うわぁぁぁーーー!!」
膝を折って、私は絶叫した。どうして、こんなことが。永遠と思える想いがそこにあったはずなのに。
「あ、アッシュ……」
瓦礫の隙間から私の名を呼ぶ声があった。生存者だ。こちらに向かって伸びる手。それは……。
「……チーフ」
「助けて……アッシュ」
その目には、苦痛だけでなく、心の底から救済を求める意思があった。助けなければならない。人をサポートするアンドロイドとして。この研究所に助けられた身として。
私は手を伸ばし、彼女の手を……チーフの手を取った。
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