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◆アッシュ①

「おはよう、アッシュ」


 目が覚めると、いつもと同じように彼女の笑顔があった。


「おはよう、マスター」



 私は笑顔を返す。きっと、彼女の自然な笑みに比べたら、いかにもアンドロイド的な表情なのだろう。後期型のアンドロイドなのに、表情による感情表現が苦手な私に、優しく微笑みかけてくれるのは、マスターくらいだ。



「不調はなさそうね。例の作戦、やっぱり……貴方を軸に進められると思うわ」


「そうか。マスターに遺跡から救い出してもらった身だ。必ず作戦を成功させてみせよう」



 期待に応えるつもりで、そんな威勢を言葉にしてみせたが、マスターはどこか複雑な表情を見せた。笑顔なのに、どこか納得がいっていない。そんな表情だと推測する。すると、メンテナンスルームに別のスタッフが入ってきた。



「チーフが呼んでいます。アッシュも一緒に、と」



 マスターは「今行きます」と答えて、私を見るが、その表情には先程とはまた違った影が現れている。理由は予測できた。マスターとチーフの関係性だろう。



「また怒られてしまうのかしら」


「君は優秀だ。注意される点はない」


「そうだといいけど……」



 しかし、私だって知っている。マスターがチーフに疎まれていることを。アンドロイドも進化したとは言え、まだ人間の感情を理解できない部分もある。衝突は避けるべきなのに、人は悪意をぶつけ合うし、仲間の足を引っ張ることもある。


 なぜ、そういった感情が生まれるのか理解はできない。ただ、そういった感情が働く経緯は理解できる。さまざまな欲望と利権が渦巻けば、そこに争いが生まれるものだ。私の使命は、そんな危険からマスターを守ることも含まれると言っていいだろう。


 メンテナンスルームから出ると、仲間たちがマスターに声をかけた。



「あら、今日もチーフからの呼び出し?」


「チーフの嫌味はきついけど頑張ってね」


「上の人間から嫉妬されるって大変だな」



 先程とは違い、マスターも仲間のフォローに素直な笑顔を見せていた。この明るさもあってか、マスターは多くの仲間に恵まれている。人徳、というやつだろうか。チーム内で最も信頼を得ているのは、彼女だと私は確信している。そんなマスターは仲間たちの気づかいに気丈な笑顔を見せた。



「ありがとう。でも、大丈夫。チーフも自分の役割を果たしているだけだから」


 仲間に勇気をもらい、チーフの部屋を訪れたが、メガネの向こうから放たれる鋭い光に、マスターは怯んでしまうのだった。


「メンテナンスに時間をかけ過ぎです」



 マスターは笑顔で受け止めるが、いつもより硬い表情であることは間違いない。それを咎めるように、一層強い視線を送ると、チーフは攻撃のようにマスターへ叱責を続ける。



「次の作戦はずっと排除が困難だった邪教徒のアンドロイド部隊を殲滅することです。要であるアッシュの出撃が遅れたり、メンテナンスが不十分だったり、不足があれば全滅するのは私たちなのですよ」


「……すみません。全力を尽くします」


「全力? 他のメンバーとお喋りに興じている暇はあるのに?」


「その……すみません」



 監視でもしていたのだろうか。この会話を聞いて、そう思う人がいるとしたら、このチームの日常を理解していない、と私は評価する。なぜなら、マスターの周りにはいつも人が集まり、代表であるチーフはいつも一人だから。傍から見れば、どっちがチームのリーダーか分からないだろう。そんな状況が原因で、チーフはマスターに嫉妬している、と仲間たちは常に噂しているのだ。



「とにかく、注意してください。では、アッシュの状態について報告を」



 それからは必要とは思えない報告が十分ほど続いた。マスターがぐったりとした状態でメンテナンスルームに戻ると、仲間たちが顔を出す。



「また言われたのね」


「気にしちゃダメよ」


「君の才能は確かなものなんだから」



 仲間たちに礼を言い、ディナーも誘われたようだ。仲間たちが去って二人きりになると、マスターは私にだけ打ち明ける。



「でも、不安だわ。次の作戦で貴方を失うことがあったら……。チーフの小言より、本当はそれが一番怖いの」


「マスター、次の作戦は確かに難易度が高いと思われる。しかし、私はどんなに過酷な状況だったとしても、貴方のもとに帰るために全力を尽くすと約束しよう。アンドロイドの私がどれだけ貴方に信じてもらえるか分からないが、心の底からそう思っている」


「ありがとう。私の方こそ、人間の言葉がどれだけ信じてもらえるか分からないけど……貴方を心の底から信じているわ」



 データをまとめた後、チーフは仲間たちのもとに向かった。照明が落とされたメンテナンスルームで、私は一人思う。私とマスターは気持ちが通じ合っている。それを裏切ることなく、次の作戦もクリアして、必ず彼女のもとに帰ってくるのだ、と。アンドロイドの私にも胸が熱くなるような気がしてくる。これが心なのだ。そう実感していると、メンテナンスルームに再び証明が灯った。マスターが忘れ物をしたのだろうか、と思ったが、メンテナンスルームに入ってきたのはマスターではなく、チーフだった。



「管理者権限で発言を禁じます」



 チーフは入出すると同時に私の発言を禁じると、ただ私の前に立った。これは珍しいことではない。チーフは時折、この部屋を訪れる。まるで、マスターの不在を狙ったかのようにして。



「……アッシュ」


 いつもなら黙って退出してしまうチーフだが、この日は私の名を呟くと、期待の眼差しを向けてきた。


「返事は必要ありません。……頼りにしています。次の作戦、貴方に任せましたよ」



 私は気付く。チーフの唇が震えていることを。彼女も次の作戦の前に、マスターとは違った重圧を受けているのだろう。



「私が退出すると同時に、彼の発言を許可。いつものように、この会話の他言を禁じます。それから、管理者権限で入室履歴を削除」



 彼女は私の言葉を聞くこともなく、メンテナンスルームを立ち去るのだった。

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