プロローグ③ 落し物
アナトの手元を覗き込みながら、瑠璃が言う。
「たぶん、どこかのキーだわ」
「キー? 扉を開ける鍵ってことか? こんな形なのに?」
彼が知る鍵と言えば、先端に向けて波打つような形状の小さな鉄製の物体だ。しかし、これは円柱形で透き通ったガラスに近い質感である。とても、小さな鍵穴に入るものとは思えなかった。
「ロステクよ。あの時代はこういったもので扉をロックしたって聞いたことがある」
「これがロステク……。魔女戦争の以前に使われていた技術か」
「そう。今の技術をはるかに超える文明が存在していたそうよ。それも、魔女たちの戦いのせいでほとんど失われたそうだけど」
魔女戦争は五百年前に始まり、百年以上続いたと言われている。しかし、最後の十年にラストナンバーズと呼ばれるアンドロイドたちが現れてからは、さらに戦いが激化して多くの文明が失われてしまった。戦争が終わってから四百年近く。アナトや瑠璃の世代からしてみると、ロステクは魔法のようなものだった。
「それ、私が預かるわ。はい」
瑠璃はそれが当然だと言わんばかりに手を差し出すが、アナトは困惑したような顔で、キーを両手で覆いながら彼女から遠ざけた。
「ちょっと、どういうつもり?」
「落し物は本人に渡すべきものだ」
「……はい?」
この男は本気だろうか。いや、私の話をすべて忘れてしまったのだろうか。今度は瑠璃が困惑してしまう。
「あのね、これは汚染犯が落としたものなの。彼女たちを追うための重要なヒントってこと。だから、私に寄こしなさい」
「いや、落し物を本人以外に渡すなんて、僕は間違っていると思う」
胸を張った馬鹿真面目のせいで、もとから短気な性質を持つ瑠璃の額に、青筋が浮かび上がりそうだった。それなのに、この馬鹿は重ねて馬鹿を言う。
「一条が信頼できる人間とは限らないわけだし、僕が確実にこれを届けないと」
「し、信頼できないって言うの? 助けてあげたのに?? いいやつだって言ってたじゃない!」
「それとこれは別だ。いいやつでも平気で悪いことをする人間だっているだろ?」
「……」
おかしい。絶対この男の方が馬鹿で間違ったことを言っているのに、瑠璃は何も言い返せなかった。こうなったらアプローチの方法を変えるしかない。
「それを落としたやつらはね、ノモスに正しくない祈りを捧げ、コーラルを汚染するような人間なの。丁寧に落し物を届けてやる必要なんてないの!」
これでも説得に応じないなら、ぶん殴ってでもキーを取り上げるしかない。そんな決意を秘める瑠璃に、アナトは言うのだった。
「そうかもしれない。だけど、これは僕の問題だ」
アナトはキーを握りしめると、真っ直ぐ瑠璃を見る。
「僕は間違ったことはしたくないんだ」
「……」
瑠璃はアナトから目を逸らしてから、考え込んでしまった。正しくあろうとする人間の意思を曲げる。それはニルヴァナの教えに反する行為ではないだろうか、と。
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