コーラルの魔女
「なんで捕まえなかったのよ!?」
アナトに詰め寄る瑠璃だったが、彼は平然と答える。
「僕は最初から二人を捕まえる気になんてなかった」
アナトの悪びれた様子もない態度に、瑠璃は逆に気圧されてしまった。さらに、彼はなぜか拗ねたように言う。
「それに、彼女の話を聞いたけど……とても正しくない祈りを捧げたとは思えなかったぞ。あれで邪教徒だと後ろ指をさされるなんて、同情するくらいだ」
瑠璃はアナトから汚染犯……オルガの祈りを聞かされる。ただ、その内容は瑠璃からしてみると、アナトの素直さに呆れるだけだった。
「あのね、そんなの自分がよく見えるように話しているに決まっているじゃない。やましいところは伏せているのよ」
「……そうは思えなかった」
疑うことを知らないアナトに、瑠璃は頭痛を覚えたように手を頭に添える。この男に何を言っても無駄だろう。納得いくまでやらせるしかない。
「どっちにしても、人の祈りをノモスが正しいかどうか、勝手に判断するっていうのも、僕は間違っていると思う。正しさは人それぞれだ」
「……それは、そうかもしれないわね」
瑠璃が呆気なく認めたため、アナトは意外だと言わんばかりに目を丸くする。
「怒らないのか?」
「怒らないわよ。別に私はニルヴァナ教じゃないし」
「……そうだったのか。あ、そういえば」
アナトはオルガが瑠璃を見たときの呟きを思い出す。
「コーラルの魔女ってなんのことだ? 以前もそんな風に呼ばれていたけど、オルガは一条を見てそう言っていたよな?」
聞こえていたのか、と瑠璃は唇を尖らせる。
「こんな仕事を請け負っている間に、いつの間にか呼ばれるようになったのよ……」
「だから、どういう意味が含まれているんだ??」
「自分では言いにくいみたいだから、この翡翠さんが教えてあげましょうか??」
今までどこにいたのか、翡翠が入ってきた。
「瑠璃はニルヴァナ教に属さないし、マーユリー教にも属さない魔女。そして、大地の腐敗を防ぐ活動を続けることから、誰かの味方というわけではなく、コーラルを助ける魔女として認識されるようになったの。それで、コーラルの魔女ってわけ」
「なるほど。さすがは一条。正しい魔女だな」
アナトが納得したように頷くと、瑠璃は頬を赤く染めながら、腕を組む。
「そういうことは口に出すな。恥ずかしいでしょ」
「そうか。注意しよう」
「ねぇ、アナトくん。私も瑠璃の師匠だから、巻き添えでコーラルの魔女って呼ばれているんだよ?? えらいかなぁ?」
「そうだな、翡翠も偉い」
「やったぁー! だよねだよねー」
素直に喜べない瑠璃は笑顔の二人を見て、どんな顔をすべきか迷ってしまった。一人だけ不貞腐みたいで、何だか恥ずかしく、強引に話を変えることにした。
「そんなことよりも、翡翠。交渉の方はどうなったの?」
オルガを見つける直前まで、技師を雇う交渉を任せたままだったのだ。翡翠は得意げな笑みを浮かべながら、腰に手を当てて頷く。
「もちろん、その辺を翡翠さんがしくじるわけがありません。さぁ、おいで。ヤクシジさんを紹介しましょう」
翡翠が紹介するヤクシジは女性型のアンドロイドだった。肩にかかる金髪に碧眼という、一番スタンダードなデザインと呼ばれるタイプである。
「端末の修理は久しぶりだな。ロステクは複雑だから自信はないが……」
「ぜひお願いします」
「分かっている。だが、一条瑠璃。お前はもうアキーバでトラブルを起こすなよ」
「……善処します」
どうやら瑠璃の噂も知っているらしい。痛いところを突かれ、瑠璃は頬を引きつらせるのだった。そして、背後から「一条は何をしたんだ?」という視線も痛いが、こればかりは無視するに限るだろう。さっそく、トラックに乗り込み、ノモスの端末へ向かうが、何やら荷台でアナトとヤクシジが親し気に話している。表情が少ない割には誰とでも親しくなる。不思議な男だ、と改めて思うのだった。
「これなら、何とかなりそうだ」
端末の調子を見たヤクシジが早々に結論を出す。
「本当に?? よかったー!」
胸を撫でおろす瑠璃だが、ヤクシジは温度を変えることなく、簡単ではないことを付け加えた。
「ただし、最低でも一晩はかかるだろうな」
「一晩!?」
「ロステクの修理なんだ。仕方ないだろう」
ごもっともだ。受けてくれただけでもありがいのだから。
「瑠璃、どうするー? 汚染犯に逃げられちゃうかもよー」
「かと言って、手がかりもないし。一度クシェトラ帰る?」
時間を持て余すくらいなら休んだ方が良い。そう思う瑠璃だったが、ヤクシジから思わぬ提案があった。
「ならば、コーラルの魔女に依頼がある。時間が余っているなら、受けてくれないか?」
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