翡翠の実力
十五分ほど穏やかなドライブが続いたが、なだらかな山道に入ったところで、翡翠が警告を発した。
「瑠璃、前方に妙な魔力放出を感知したよ。止めた方がいいかも」
「え、本当に?? ぜんぜん感じなかったけど」
しかし、瑠璃は翡翠の魔力感知の範囲は圧倒的に広い。きっと、この先に危険が待ち受けているのだろう、とブレーキを踏んだ。しばらく、前方に注意を払うが、特に敵襲らしき気配はない。
「どうする? 移動を再開する?」
瑠璃の質問に翡翠は首を横に振る。
「下手に進んでトラックを破壊されたら面白くないよ。私が様子を見てくるから、瑠璃はここで見張ってて」
瑠璃の返事を聞くことなく、翡翠はトラックを降りて、前方へ駆けて行ってしまう。
「何があったんだ?」
荷台の方からアナトが顔を出した。
「たぶん、敵が出たんだと思う」
「敵だって? 翡翠が一人で行ったみたいだけど……大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。翡翠に対処できない相手なら、私たちはここで全滅だから。……それにしても」
瑠璃は駆けていく翡翠の背中を見つめながら、わずかに目を細める。
「もし、この先にいる敵が邪教徒だとしたら、私たちを待ち伏せしていたことになるわね」
「キーを狙っているのか?」
「そうかもしれないし……もしかしたら、私たちを汚染犯に近付けたくないのかも」
「だとしたら、汚染犯もアキーバにいるってことになるな」
「まぁ、推測の域を超えないけどね」
そんな会話をしていると、少し離れたところで、翡翠が足を止めていた。どうやら、木の影から待ち伏せしていた敵が姿を現したらしい。小さな体で迎え撃とうとする翡翠を見て、アナトは心配したようだった。
「敵は二人だぞ。一条も手伝わなくていいのか?」
「まぁまぁ。ここは様子見しておきましょう。翡翠にはトラックを守るように言われているわけだし」
「でも、危ないんじゃないか??」
心配のあまり身を乗り出して前方を観察するアナトがおかしくて、瑠璃はつい鼻で笑ってしまった。
「あのね、アナトくん。翡翠は私の師匠なのよ?」
「でも、同じくらいの歳の女の子だろ? 相手の実力によっては、危険な状況に陥ってもおかしくないじゃないか」
「もしかして、翡翠は私より少し魔力やロステクについて知識がある程度の女だと思ってる?」
「……違うのか?」
アナトは眉を寄せて、混乱したような表情を見せるが、瑠璃は特に答えず、ただ前方を指さした。つまりは、見ておけ、と言う意味だ。敵は二人の男で、人間かアンドロイドなのかは分からない。が、一方が手の平を翡翠に向け、そこから炎を放った。
「一人は魔術師みたいね」
瑠璃は冷静に見守るが、アナトは心配で堪らないらしい。遠くにいる翡翠に対して「危ない!」と警告していた。しかし、当の翡翠は後方に跳躍して、炎による攻撃を躱している。しかも、その飛距離は目を見張るものがあった。かと思えば着地すると同時に、横へ駆けて移動し、追いかけてくる炎から逃れる。が、逃げ場を奪おうと、もう一人の敵が進路を阻んだ。
「あの感じ、アンドロイドかも」
どういった特徴から確信したのか、瑠璃はそう言い切る。そのアンドロイドは、翡翠の前進を遮るように、拳を突き出した。が、翡翠は高い跳躍でそれを回避すると、アンドロイドの頭頂部に手を置いて方向転換しつつ、その背後に着地する。アンドロイドは背後を取られることは許すまいと、振り返りながら拳を振るうが、翡翠は身を低くしながら足払いで敵のバランスを奪った。
「翡翠、逃げろ!」
アナトが声を上げたのは、魔術師の方が距離を詰め、翡翠に向かって炎を放ったからである。しかし、翡翠は回避ではなく、魔術師に向かって直進した。彼女の体は炎に包まれたように見えたが、それをものともせず、魔術師に接近して、その手首を掴んでからニヤリと笑ったようだった。
「大丈夫。防御魔法で炎を防いだから」
どうやら、瑠璃の言う通りらしく、翡翠は魔術師の手を掴むと、強引に振り回してから、アンドロイドの方に投げつける。そして、二人が重なるように倒れたところを、跳躍した翡翠が彼らの上に着地して踏み付けた。どれだけの衝撃があったのだろうか。その一撃によって、敵の意識は完全に失われたようだった。
「ほらね? なんの問題もなかったでしょ」
「何て言うか……師弟関係にあるとは思えないほど、翡翠は一条と違ったタイプの魔女なんだな。翡翠はとにかく素早く動いて、基本は格闘戦で敵を制圧していたように見えた」
「そうね。色々教えてもらっているけど、翡翠の戦い方は真似できないわ。あの身体能力、とてもじゃないけど――な、なに!?」
瑠璃の解説の途中、アナトが突然身を乗り出した。
「一条、あれ!」
彼が指をさした方向は小高い崖の上だ。それなりに離れた場所ではあるが、目を凝らしてみると……。
「狙撃手がいる??」
翡翠に警告を出すには遅すぎた。遠距離から放たれる魔力光線が、彼女を狙う。ただ、それは翡翠を捉えることはない。彼女はそれが届く直前に、軽くステップを踏むように移動して、危機を免れたからだ。
「無駄なことしたわね。翡翠による魔力感知は正確かつ広範囲なの。例え魔力を隠蔽して長距離による狙撃も試みても、決して当たることはないわ」
「……はぁ。とんでもないな。ん?」
関心するアナトだったが、またも何かに気付いたようだ。
「一条、翡翠が何か合図を送っているぞ」
目を凝らしてみると、彼の言う通り、翡翠は狙撃手がいる崖の方を指さして、笑っているようだった。
「……あれくらい、やってみせろってことでしょうね」
瑠璃は師に与えられた課題を受け取り、右手に黒いグローブを装着すると、トラックの窓から半身を乗り出して、腕を伸ばした。
「狙撃じゃあ負けられないものね。シャルヴァ!」
トラックから崖に向かって一直線に伸びる青い閃光。瑠璃の魔力光線は見事に命中し、崖の上にいる敵の足元を崩した。派手に落下したようだが、敵も魔術師であれば死にはしないだろう。翡翠も戻って、再びトラックを走らせたが、瑠璃は一人思うのだった。
(それにしても、アナトくん……凄い視野が広いのね)
瑠璃よりも先に、敵の動きや翡翠の合図に気付いていた。ぼんやりした顔をしているが、意外に敏感なのかもしれない、と。
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