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魔女たちの終末  作者: 葛西渚
第1話 アンドロイドは恋の夢を見るのか
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プロローグ② 汚染犯

 瑠璃は朝日に照らされるアナトの白い肌を眺めながら、彼の背景を想像する。



(もしかして、マーユリー教の人間かしら。邪神信仰に耐えられず、逃げ出したってところ?)



 しかし、アナトの横顔は邪神を信じているとは思えないほど、純真に見える。日々の生活が苦しいコーラルで、子どもでもないのに、これほど曇りのない目をする人間は珍しい。少しでも間違った方向に進まなければいいが、と瑠璃は彼の今後を気にかけた。



「間違ったことをしたくないなら、命は大事にしなさい。ほら、大地がぬかるみ始めているでしょ?」



 瑠璃は足元を示し、アナトは確かめるように足を持ち上げた。すると、土が粘着性をもって足の裏に糸を引く。間違いなく、土が腐り始めている証拠だ。



「あっちから腐敗が進んでいるみたいだから、ノモスが見える方に向かって歩けば安全よ。だから、行くとしたらこっちの方向かな」


「ありがとう。一条はいいやつなんだな」


「……別に礼を言われるほどじゃないわ。自分ができることを怠ったせいで、誰かが死んだら後味が悪いって思っただけだから」


「だとしても、僕は助けられた。ありがとう」



 穏やかな表情だが、真っ直ぐな目で礼を重ねる青年を前にして、瑠璃は居心地の悪さを感じた。自分も二十を超えて大人と言われる年齢である。そうなってから、子ども以外にこれだけ純粋な目で礼を言われたことはなかったからだ。



「もういいから。早く行きなさい」



 照れ隠しというわけではないが、虫を追い払うように手を仰ぎ、アナトに立ち去るよう促すと、彼はなぜか嬉しそうに微笑んでから背を向けて歩き出した。



(変な男だったなぁ)


 アナトの背中を眺めながら、瑠璃は束の間の奇妙な出会いを思い返す。


(ただ、二度も会うことはないでしょう。コーラルは貧しさの中、トラブルを抱えている人ばかり。あんな変な男だとしても、何度も私が手助けすような場面は訪れない。そういうものよね)



 十分にアナトの背中が離れてから、いつまでもこうしてはいられない、と一息吐く。



(さて、汚染犯の足取りも掴めなかったわけだし、私もクシェトラに帰るか)



 彼女が帰路に就こうと振り返りかけたが、アナトの向こうに不審な人影を見た。一人は金髪の巻き毛をスカーフで隠した女。もう一人はハットを深く被る青い目の男だ。



「あっ……!!」



 思わぬ発見に声が出てしまったが、向こうはこちらには気付いていないらしく、身を隠すように廃墟の奥へ消えようとしている。目を凝らして確信した。瑠璃が探していた、正しくない祈りを捧げた「汚染犯」に違いない。



「そこ、待ちなさい!!」



 思わず声をあげてしまう。戦闘に備え、黒いグローブを右手に装着しながら走り出すと、つい別れたばかりのアナトが振り返る。



「ん? 大丈夫だよ。もう廃墟で寝たりしないから」


「邪魔!」



 場違いな反応を見せるアナトを突き飛ばし、瑠璃は男女の背中を追う。ただ、瑠璃は騒ぎ過ぎた。汚染犯の二人は瑠璃の方を見て脅威が接近していると身構えてしまうのだった。



「動かないで。抵抗するなら、こっちも実力行使に出るわよ」



 男女を追いつめながらも、瑠璃は距離感を慎重に図る。なぜなら、相手が人間なのか、それとも魔術師か、もしくはそれ以外の何かなのか、確信が持ててなかったからだ。迷う瑠璃に女の方が問う。



「……なぜ私たちを追うの?」



 女の声は震えている。いつかは追っ手がやってくる、と懸念していたのかもしれない。そんな彼女に瑠璃は毅然とした態度で言い放った。



「貴方たちがノモスに捧げた祈りのせいに決まっているじゃない。止めなければ、コーラルが汚染される。何を企んでいるのか知らないけれど……そこまでよ」


「汚染なんて私たちは知らないわ。私たちはただ……幸せになりたいだけ!」



 これは話し合いにならないだろう。決断して一歩前に出るが、その瞬間、男の方が女を担ぎ上げたかと思うと、凄まじい跳躍力で瑠璃の頭上を飛び越えていった。そのとき、瑠璃を見下ろす男の青い瞳を見て確信した。



「やっぱりアンドロイドだったか!!」



 人をはるかに超える身体能力。彼は人工的に作り出されたメカニックな生命体なのだ。そんな彼は凄まじいスピードで駆けて、一気に瑠璃から離れようとしている。が、その行く先を阻む障害が。



「突き飛ばすなんて……酷いじゃないか」


 瑠璃に倒され、立ち上がろうとするアナトである。


「その二人を止めて!!」



 一縷の望みをかけて叫ぶが、アナトが瑠璃の意図を理解するよりも早く、彼の横をアンドロイドの男が駆け抜けていく。まるで、突風のようなアンドロイドの走力に、アナトはバランスを崩して再び倒れてしまうと、汚染犯は朝日の方へ消えてしまった。



「ちょっと! 貴方のせいで逃がしちゃったじゃない!!」



 この男がいなければ、もっと的確な対処ができた。そう思うとつい声を荒げてしまうが、当のアナトは自分の身に何が起こったのか、まだ理解していないらしい。



「謝罪を要求しているようだけど、謝ってほしいのは僕だ。急に突き飛ばされたんだぞ?」


「変なところに突っ立っているからでしょ!?」


「言いがかりだ!」



 明らかにアナトの言っていることの方が正しい。瑠璃は何とか自分の感情を抑えようとするが、汚染犯を逃がしてしまったことが悔しくてたまらなかった。この邪魔者がいなければ……奥歯を噛み締める瑠璃だが、アナトの方は既に怒りも主張もないらしく、涼しい顔である。それどころか、地面に落ちた何かに気付き、視線を落としながら、屈み込んでいた。



「これ、なんだろう」



 アナトが拾い上げた円柱型の物体は、先程の汚染犯が落としたものだった。

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