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好き同士が恋人に

「あれ……。ここは?」


 アナトは見覚えのない天井に混乱する。ここ数日、目覚めれば必ず薄汚れた天井に見下ろされていたはずなのに。どこか涼し気な風もあって、爽やかな目覚めだった。


「そうだ、一条……」



 あの天井に見下ろされる日々から救ってくれた、恩人の存在を思い出して身を起こすが、そこには誰もいない。どうやら、ここはテントの中のようだが……。



「あ、起きたー?? おはよー!」



 外の様子を見に行こうとしたところ、逆にテントの中を覗く女の顔が現れた。緑色の髪と青い瞳が特徴的である。



「えっと……翡翠?」


「そうそう。翡翠さんでーす。で、体調はどう? お腹空いてないかな?」



 食事を想像したのか、テント内に響くアナトの腹の虫。それを聞いた翡翠はおかしそうに笑うのだった。



「歯ブラシ、用意しておいたから使ってね。あっちに綺麗な川が流れているから。汚染されていない綺麗な川だよー? 終わったらスクールの方に向かって。君の朝食、用意してあるから」


「朝食??」


「はい。翡翠さんによる魔女ご飯です。食べたら呪われちゃうぞー?? じゃあ、私は準備あるから」



 本当に明るく笑う人だ。そう思いながら、大事なことを忘れている気がした。そうだ、キーだ。ふと視線を横にずらすと、低いテーブルの上にそれが置いてある。どうやら、瑠璃がそこに置いてくれたらしい。その気になれば、取り上げることもできたはずなのに……と思わず笑みがこぼれた。



 今度こそ体を起こして、テントの外に出る。太陽の光が眩しくて、思わず目を細めた。どれだけ眠っていたのだろう。目が慣れると緑の景色が視界に広がった。かつて暮らしていた無機質な世界とはまるで違う。コーラルの汚染のことなど忘れてしまうほど、美しい自然だ。



「あ、お客さんのお兄さん!」



 ぼーっとしていると、子どもが二人近付いてきた。確か、村にきたとき最初に声をかけてきた子どもだ。ミラとゾルと言っただろうか。



「何しているの?」


「えっと……」



 純粋な目で問われて、つい自分はこれまでの人生で何をしてきたのか、と本質的なところまで考え込んでしまう。相手はそこまでの回答など求めていない、と分かっているはずなのに。


「あ、川の位置が分からないんでしょ? 案内しようか?」


 男の子の方、ゾルが心情を察してくれたのか、川が流れるであろう方向を指さした。



「こっちだよ」


「助かるよ」



 翡翠が用意してくれた歯ブラシを手にして、二人の案内に従って川へ向かう。女の子の方、ミラはアナトに興味津々だった。



「ねぇねぇ、お名前は何て言うの?」


「アナトだ。よろしくね」


「私はミラよ。アナトは、どこからきたの?」


「上司が用意してくれた寝床から抜け出してきたんだ。地名は……よく知らない」


「アナト、あまり勉強してなかったの? 自分が住んでだ村の名前を知らないなんて、大人なのに変だよ」


「こら、ミラ。失礼だぞ」



 ゾラは叱るが、アナトにしてみれば彼女の指摘通りである。



「構わないよ。実際、僕は勉強してこなかったから。ずっと仕事ばかりだった。たぶん、コーラルの子どもたちのほとんどが同じだと思う。だから、スクールを運営している一条のことは尊敬しているよ。それに、いいやつだからね」


「イチジョーって瑠璃のことだよね?」



 アナトが頷くと、ミラはさらに笑顔を見せた。


「アナトは瑠璃が好きなの?」


 その質問に先頭を歩くゾルの肩が揺れたように見えた。しかし、ミラの方は純粋な好奇心は止まらないらしい。



「大人は好き同士が恋人になるんでしょ? 翡翠もアナトのこと気にかけているって話だし……モテモテなのね」


「や、やめろよ! 困っているだろ!?」


「別に僕は……」


「ほら、行くぞ!」



 困っていない、と答えようとしたが、ゾルが大声を出しながらミラの手を取って、彼女を引っ張るように川の方に走って行ってしまった。



「子どもがいると……不思議と気持ちが明るくなるな」



 アナトは一人呟きながら、二人を追うのだった。このときの会話は、何てことのない子供の好奇心だった。そう、このときは。


 しかし、この好奇心が小さな誤解を生み、小さな誤解が大きな気持ちを生み出すとは……このときはまだ誰も知らない。

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