正しいことをする魔女
「え!?」
しかし、無残な姿を見せたのは子どもたちではなく、ドロンの方だった。空中で何かに弾かれたと思うと、バランスを崩したように変則的な動きを見せ、地上に落下したのである。その衝撃は凄まじいものだったらしく、ドロンは黒い煙を吐き出しながら完全に沈黙した。
「なになに??」
「あ、瑠璃だ。どうしたの?」
子どもたちは自分たちに命の危機が迫っていたことも気付かず、無邪気な顔で瑠璃に手を振っている。
「よかったぁ……」
安堵のままに座り込む瑠璃。だが、翡翠は背後から近付くものを察知して振り返った。
「……アナトくんがやったの?」
「悪い。壊してしまったようだ」
彼女たちの背後に立っていたのはアナトである。グラスでも割って反省するような顔をしているが、翡翠は見ていた。アナトが投擲した石が、ドロンに直撃した瞬間を。
「ああ、アナトくん……無事だったのね」
だが、瑠璃は気付いていないらしく、彼の無事を素直に喜んでいた。
「あ、翡翠。これでドロンは暴走してたって分かったでしょ? ここの子どもたちが貴方の脅威になるわけがないんだから!!」
「ひえええ……言い訳できません。ごめんねぇ、みんなー!!」
翡翠が子供たちに謝ると彼らは困惑しているのか、何もリアクションがなかった。瑠璃はそれを見て、どこか苦い顔をするが、それだけでは満足しないらしい。
「アナトくんにも謝って! 貴方の勘違いで死にそうになったんだから」
「アナトくんもごめんねぇ」
両手を合わせて謝罪の意思を見せる翡翠に、アナトは笑顔を返す。
「構わないよ。こうして無事に、生きているわけだし」
「いやー、アナトくんがいい子でよかったぁ」
「僕も翡翠がいい魔女で安心している」
殺されかけた相手を前にして、本当にすべてを水に流したと言わんばかりのアナト。だが、突然彼の表情が失われたかと思うと、その場に座り込んでから、大の字に寝転んでしまった。
「どうしたの??」
翡翠が顔を覗き込むと、彼は呟いた。
「ダメだ、もう動けない」
どうやら、さすがに疲れたらしい。それを見て、いくら何でも無防備すぎないか、と瑠璃は神経を疑ったが、なぜか笑みがこぼれた。
「それにしても……貴方の度胸には驚かされるわ。よくドロンと翡翠の挟み撃ちを覚悟で囮の役を引き受けたわね。普通なら怖くて腰を抜かしても、おかしくないところよ?」
「怖かったさ。でも、一条が必ずドロンに攻撃を当てて見せる、って言っただろ?」
実際のところ、瑠璃の狙撃は失敗しているわけで……。彼女は決まり悪く感じながらも質問を重ねた。
「だからといって、普通は今日会ったばかりの人間を信じられないでしょ」
「信じられるさ」
平然と言ってのけるアナトに、瑠璃は聞かずにはいられなかった。
「だから……どうしてよ」
アナトは答える。微笑みを浮かべながら。
「一条は……正しいことする魔女だから」
「…………」
素直に「正しいことをする魔女」という言葉が嬉しくて、頬を赤らめる瑠璃。これまでの活動は多くの人に理解されず、苦しい思いも少なくなかったが、その言葉によって、これまでの日々が強く肯定されるようだった。しかし、不器用な彼女は、その気持ちを素直に言葉に現すことはできない。
「だ。だから言ったじゃない。魔女にもいいことをする人間はたくさんいるんだから」
「…………」
アナトから返事がなかった。またあの笑顔を浮かべてこっちを見ているのだろうか。だとしたら、この頬の熱さも誤魔化せないかもしれない。しかし、いつになってもアナトは何も言ってこなかった。
「な、何よ。何とか言ったら?」
「ねぇ、瑠璃ー」
黙ったままのアナトに代わって反応したのは、翡翠の方だった。彼の傍らに屈んで、その表情を観察しているようだ。
「アナトくん、眠ってるよ」
「はぁ!?」
確かに、アナトの表情を覗き込んでみると、安らかな寝息を立てて深く眠っているようだった。そういえば、連日硬いコンクリートの上で眠っていたせいで、寝不足だと言っていたような……。
「……仕方ない。まぁ、許してやるか」
溜め息を吐いてから空を見上げる。つい先程までアナトも見ていただろう、コーラルの空を。そこは大地の汚染が広がっているとは思えないほど、美しい青が広がっていた。
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