瑠璃の作戦
「あの馬鹿は敵じゃないって言っているでしょ?? すぐに攻撃をやめて!!」
テントを出る前、瑠璃が必死に説得してきた姿を見て、翡翠は疑問に思った。
「私の判断を瑠璃があれだけ否定するなんて……珍しいなぁ。あのアナトって子、何者なんだろう」
ただの馬鹿、と言っていたが、科学の全盛期と言える魔女戦争時代のテクノロジーが、彼を危険と判断したのだ。翡翠にとって脅威であることは間違いない。森の方を見ると、止まっていたドロンの攻撃が再開された。
「瑠璃の力では彼を守りながらドロンを撃墜できないはず。でも……念のため、様子を見ておきますか」
翡翠は体をほぐすように伸びてから、森の方に向かうと、木々をかき分けるようにして、駆けるアナトの姿が確認できた。
「……一人? 瑠璃とはぐれたのかな??」
ドロンの攻撃は激しく、アナトはただ逃げ回るだけ。あれだけの猛攻では、瑠璃が彼を見失ってもおかしくないだろう。ただ、翡翠は弟子の実力を侮るわけではなかった。
「瑠璃、何か狙ってるなぁー? でもね、翡翠さんからは逃げられませんよ」
翡翠は足取り軽く、踊るように森を迂回する。ドロンの動きを見ると、そろそろアナトは森から出てくるだろう。そのとき、自分が正面にいたら、彼に逃げ場はない。できれば直接手を下したくはないが、危険は確実に排除すべきだ。
「お、計算通りだね。きたきた!」
翡翠の計算通り、逃げ回った挙句、アナトが森の外に吐き出されるようにして、こちらの方へ走ってきた。本当に何も知らず、森から出てきて、自分と挟み撃ちになるつもりらしい。
「いーや、ここで易々と敵の思い通りになる子じゃないのよ、うちの瑠璃ちゃんは」
弟子の目論見などお見通しだ。たぶん、あの男を囮にして、ドロンを攻撃するつもりだろう。気付かれないように、遠くから狙撃するつもりだったのだろうが、翡翠の魔力探知は、瑠璃が必死に隠蔽する魔力の動きも、すぐに把握してしまうのだった。
実際、翡翠が目を凝らすと、森に沿って移動しながら、こちらに察知されないように接近する瑠璃の姿が。
「やっぱりねぇー。でも、私相手にその作戦は、少しシンプル過ぎたと言わざるを得ないかなぁ」
しかし、少しだけなら騙されてやってもいい。それが弟子の成長につながるはずなのだから。翡翠は最初の計算通り、アナトの前に回って、行き先を遮る。
「はーい、残念! 追いかけっこはおしまいでーす!!」
進行方向に翡翠が突然現れ、アナトは足を止める。その背後にドロンも追いついた。アナトは逃げ場を失って、固唾を飲んでいるように見せているが、きっと瑠璃の狙撃に期待しているはず。後方に瑠璃を確認すると、森の中で身を隠しつつ、片膝を付いて魔力光線の発射に備えていた。この距離なら一秒半で瑠璃の攻撃が到達するだろう。
「後方に脅威! 回避と同時に攻撃!!」
ぎりぎりのタイミングで回避指示を出すと、ドロンは右側に回避行動を取りつつ、攻撃態勢に入る。これで瑠璃の狙撃は無駄に終わり、脅威の排除に成功した。成功した、はずだったが……。
「ウソ!?」
ドロンが青い閃光を浴びる。一秒半で到達するはずだった瑠璃の狙撃が、コンマ数秒ではあるが翡翠の計算よりも速く到達したのだ。
(瑠璃、私が思っている以上に成長が早かったんだね。でも……!!)
瑠璃の狙撃は直撃ではなかった。青い閃光はドロンのボディをかすめるだけで、青空へ消えていく。そして、ドロンは既に脅威に向けて攻撃を放とうとしていた。
(この距離でドロンを落とすためには、瑠璃は再び魔力をため込む必要がある。つまり、連射はできないから……私の勝ちだ!!)
ドロンから放たれる白い光。それは直進してアナトの背中を貫く……。
「な、なんで……!?」
アナトの背中が貫かれる、と思われたが、翡翠の計算が二度も狂った。アナトがドロンの攻撃を回避したのだ。振り向いてドロンの位置を確認することなく、ただ気配だけを察知して、躱したらしい。
(どういう反射神経なの? それとも偶然??)
考えを巡らせるが、どうやら回避は偶然だったのだろう。アナトはドロンの攻撃を躱したものの、自分の足に足を引っかけて、そのまま倒れてしまった。
「……なんてラッキーボーイ。ただ、もう逃げられないから!」
翡翠は攻撃の指示を出す。瑠璃が何やら叫んでいるが、ロステクが脅威判定しているのだから、助けてやるわけにはいかない。当のアナトは倒れたままだったが、仰向けになって何やら呟いていた。
「はぁ、やっぱりここまでか。最後に腹いっぱいメシを食べたかったけど……無念だ」
これが最後の言葉か。普通ならもっと命乞いするものではないか。人間らしいような人間らしくないような……。
「変な男。でも、容赦はできないよ。攻撃!」
最後の指示を出す。無慈悲な一撃が放たれ、今度こそ脅威を排除するはずだ。
「……どうしたの? 攻撃だってば!」
なぜかドロンが攻撃しない。宙に浮いたまま、停止しているのだ。
「おーい! 聞いているの?? こ・う・げ・き!!」
強く命令するが、ドロンはやはり動かない。もう一度指示を出そうとしたが、急に赤い光を放って点滅を始める。
『脅威を感知しました。距離二百メートル。攻撃を開始します』
そして、なぜかフワフワと思わぬ方向に飛んで行ってしまった。
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