三つの理由
「瑠璃、どうして敵を連れてきたの!?」
師匠である翡翠に睨まれ、瑠璃は激しく動揺した。
「敵って……!! こいつはただの馬鹿なんだから。危険な人物じゃないわ!」
しかし、球体のロステクは赤く激しい点滅を繰り返しながら、今にも攻撃を始めようとしている。
「あの、僕はどうすれば?」
呑気に片手をあげて、指示を請うアナト。しかし、ロステクは悠長に待ってくれることはなく、銃口と思われる部分の先端に、魔力らしき光を集中させている。今にも攻撃を発射しようとしている証拠だ。
「この馬鹿、逃げなさい!!」
瑠璃に蹴り飛ばされ、アナトは座った状態のまま、テントから吐き出されるように吹っ飛んだ。それを追いかけるように、白い閃光が地を裂きながらアナトに襲い掛かる。
「冗談じゃないぞ!!」
さすがのアナトも自分がどれだけ危機的な状況にあるのか理解したらしく、素早く立ち上がって駆け出した。白い光がアナトがいた場所を切り裂くように撫でつけると、今度は大地を抉るようにしてから、上空へ伸びていく。瑠璃が放つ魔力光線と同様のものらしい。だとしたら、普通の人間であれば、触れただけで致命傷だろう。
「アナトくん、こっち!!」
いつの間にか瑠璃もテントから出ていたらしく、右手に黒いグローブを装着しながらアナトを先導する。必死に方向転換したアナトのすぐ後ろを魔力光線が通過し、彼は冷たい汗をかきながら、瑠璃が待つ林の中に駆け込んだ。
「なんだあれは!?」
「翡翠にとって危険な人物を自動で攻撃するドロンみたいね。故障したものを無理やり動かしたせいで暴走してるみたい!」
「そんな、絶望的じゃないか。……そうだ、翡翠の所有物なんだから、彼女なら止められるんじゃないのか!?」
「ダメ、翡翠はロステクが好きだから、私よりもドロンの判断を信じている。完全に翡翠自身も貴方を敵だと決め付けているわ!」
「弟子なんだろ?? メカの方が信頼されるって……一条の日頃の行いがそんなに悪かったのか!?」
「う、うっさい!! 助けてやるって言っているんだから、黙って助けられてなさいよ!」
言い合っていると、アナトの横手にあった大木が崩れるように倒れた。どうやら魔力光線によって切り裂かれたようだが、これだけの大木をケーキのように両断してしまうのだ。当たってしまえば一溜りもない。想像して、アナトの恐怖心が膨れ上がってしまう。
「もうダメだ。仕事をやめて、やっと自由な生活が始まると思ったのに。正しいことをしたつもりが、ここで死ぬのか。やっぱり……魔女は怖い存在だったんだな」
「諦めるな、馬鹿!」
叫ぶ瑠璃の右手に装着したグローブは、手の平にある球体部分に青い輝きが集中していた。
「シャルヴァ!」
そして、彼女が振り返りつつ手の平を突き出すと、敵のドロンと同じように魔力光線が放たれた。青い光によっていくつか木々が倒れたようだが、手応えがないのか瑠璃は顔をしかめる。
「もう! 的が小さい上に速い! これじゃあ、何発撃っても当たらないわ!!」
やはり外したらしい。
「一条は魔女なんだろ? 何とかならないのか??」
「だから、それを考えているところ!!」
瑠璃は再び手の平に青い光を集めると、今度は魔力光線を足元に叩きつけた。すると、低い轟音と共に地鳴りが発生し、周囲に土と葉が舞い上がる。
「よし、攻撃が止んだ。アナトくん、こっちよ!」
目くらましが効いたのか、ドロンの攻撃が止まっていた。瑠璃はアナトの手首を掴んで引っ張り、地面から露出している、巨木の根の下に隠れる。
「今のうちに……作戦を考えましょう」
アナトは息を切らせる瑠璃の横顔を見つめていた。しかも、心底珍しい生き物でも見つけような眼差しで。
「なんなのよ、その目は……」
「いや、驚いているんだ。どうして……一条はここまでして僕を助けてくれるんだ?」
出会ってまだ半日。しかも、最終的な目的だけで言えば、相反するものがある。それにも関わらず、瑠璃は命を懸けて助けてくれるのだ。誰もが自分の生活で精一杯なコーラルでは、珍しい存在と言えるだろう。しかし、瑠璃は明確な答えを持っているらしかった。
「理由は三つ。貴方とは今朝協力関係を結んだばかりだから。私の仕事は信用が大事なの。簡単に約束を破ったりできないわ」
「あとの二つは?」
「さっき、貴方がやっと自由を手にしたのに、って言ったでしょ? この不自由ばかりのコーラルで、自由を求める人間が踏みにじられるなんて、私は黙ってみてられない。それから、三つ目……」
瑠璃がこちらを睨みつける。あまりの迫力に身を退くアナトに、彼女は言うのだった。
「貴方は魔女が恐ろしい存在だって言うけれど……そうじゃないって分からせてやらないと」
彼女の真っ直ぐな目を見て、アナトは思う。魔女である瑠璃からしてみれば、恐怖の対象として見られるのは、穏やかではないのだろう。それは分かる。しかし、こう睨まれて危険な目にも合わされているのだから、恐怖を抱いても仕方ないのでは……と。
「でも、一条はいいやつだ」
ただ、これまでの道のりを想うと、自然と笑みがこぼれる。そんな思いを、そのまま口に出すと、瑠璃が驚いた表情で固まってしまう。それでも、アナトは続けて言うのだった。
「だから、僕は一条を信じる。……この状況、僕に何ができることはあるか??」
その言葉に、瑠璃の固まった表情が少しずつ笑顔に変化する。ただ、年相応の女が見せる可憐なものではなく、どこか不敵で破壊的な何かが含まれているように……アナトには見えた。
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