表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

第七章 ロッカーの前で

はじめまして、こんにちは。台湾出身の陸坡ルポと申します。


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

藤毅騰が涙をこぼした瞬間、林志林は完全にパニックになった。

成人してから、同年代の男が目の前で泣き出すなんて初めてで、言葉が出てこない。


(いや、顔はイマイチだし、ホモフォビアって言われてるけど……抱きしめただけで泣く?俺、そんなに怖い?)


そう思ったら、藤毅騰が赤い目でこちらを見て、無垢な声で言った。


「アルコール……目に……しみて……」


「……は?」


あっ。


さっき自分の手にべったりついてた消毒用アルコールを、そのまま藤毅騰の顔に擦りつけたのを思い出す。そりゃ、目に入ったら泣くだろ!


「おいっ!触るな!」

反射的に声が低くなる志林。藤毅騰が目をこすろうとした瞬間、その手を掴んでロッカー横まで引っ張り、水筒の冷水を目にぶっかける。


「うわっ、ひゃっ!」

「動くな!開けろ目!アルコールは角膜焼くんだぞ!」


体格的には藤毅騰の方が断然強いのに、必死に抵抗しながらも志林には触れられず、バシャバシャと水をかけられる姿はまるで陸に打ち上げられた魚。

ようやく冷水の効果で痛みが収まり、ずぶ濡れになった藤毅騰は床に座り込んで、大型犬みたいにしょんぼりしていた。


「まだ痛むか?」

しゃがんで訊くと、首を横に振る。


「……よかった。」

志林は胸をなでおろす。第一回目のパーソナルトレーニングで、コーチを失明させるなんて洒落にならない。


けれど、思い返すと怒りも込み上げてくる。授業中は妙に距離を取るし、挙げ句の果てにはアルコールを噴霧。普通ならとっくにぶん殴ってる。

「顔がアホっぽい」「体はガチムチ」「下半身は……(でかい?)」

そんな不思議なミックスのせいで、気がつけば一括払いで契約までしてしまった自分が一番バカじゃないか?


その夜、志林の脳裏には、かつて夢中で観た宮廷ドラマの名シーンがよぎる。

――涙ながらにヒロインがつぶやく。

「この数年の愛も時も、すべては無駄だったのね……!」


(いやいやいや!待て待て!)


慌てて映像を巻き戻す。別に自分と藤毅騰の間に「愛」なんてない。ただの「カード一括誤爆」だ。


……そう自分に言い聞かせながらも、翌日の二回目レッスンが近づくにつれ、胃の奥がじわじわ重くなる。


だが事実、あの恐怖のコーチはマッサージやストレッチを「授業に含めない」と本気で言っていた。

――「リラックス指導はサービスだろ?君は鍛えに来てるんだし」


その言葉だけは、妙に誠実だった。


あのクソ藤毅騰テンテンめ……!

まさか満員のジムで、俺に大声出させるなんて。あいつ絶対、この前アルコール消毒を顔にぶっかけた仕返しだな……。


退勤後、コンビニのレジに並びながらそのことを思い出すと、林志林リン・ジーリンの顔はまた赤くなった。けど結局、あのバカのアドバイスを素直に守ってる――「トレーニングの1時間前に炭水化物を取れ、そうじゃないと筋トレに力が入らないぞ」って。


今日もまた前回みたいに、いくさになりそうな予感しかしない。


ジムの扉を開けると――


「センパイ!遅いよ!」

「やっほー!」


見慣れた顔、小美シャオメイ阿南アナンが待っていた。志林は一瞬驚いたが、すぐに眉間にシワを寄せ、不機嫌そうに言い放った。


「……あんたら、どんだけ暇なの?ゴシップのために、わざわざここまで来たわけ?」


「ちょっと待ってよねえさん。私だってたまにはジム行くんだから!」

豊満ボディの小美が反論。


志林は鼻で笑って即ツッコミ。

「“たまに”って何回だよ。」


「……二、三か月に一回?」


「それ、ほんとに“たまに”だな。」


横目で阿南を見る。どう考えてもジムに縁のない同僚だ。

「で、阿南。あんたなんで来た?運動とか興味ないでしょ。」


「見くびらないで。私だって“運動”はするんだから。ほら、同人誌即売会とか、ポケモンGOとか、大型筐体の体感ゲームとか……」


「……はいはい、もう結構。俺は着替えてくるから。」


林志林は作り笑いを浮かべて切り上げる。騰騰コーチを相手するだけでも面倒なのに、ここに見物人が二人増えるとか、ほんと勘弁してほしい。ジムって一体なんなんだよ。……あ、いや、一応ここには“本物の”トレーナーもいるんだった。


「おお、君が林志林だね?テンテンコーチの“初めての人”。」


「え……?」


……ちょっと待て。何その言い方。まるで俺がアイツの筆おろしでもしたみたいじゃねえか!?


更衣室に入った途端、上半身裸で体つきのいい男が独特な言い回しで話しかけてきた。どうやら、以前アノー教練が言っていたことは本当らしい。自分が藤毅騰テンテンの最初の生徒で、しかも彼がゲイ嫌いで、自分はゲイ――その噂はすでにジムのスタッフ全員に知れ渡っているようだ。


「俺はシャオポン。元ナショナルチームの選手で、今はここでトレーナーしてる。なぁなぁ、テンテン教練のレッスンってどう? 俺、彼が授業してるとこ見たことなくてさ。すごいって聞いたけど、本人に聞いても何も教えてくれなくて、いつも俺から逃げるんだよな。」


今日はどうやら“ゴシップ記念日”らしい。元国手まで自分にテンテン教練のことを聞いてくるなんて。林志林は適当にごまかして答えた。

「……特に大したことは……」


(危うくアルコールで彼を“真っ赤な目”にするところだったなんて、言えるわけないだろ。)


「えー、みんなして教えてくれないとか。これじゃテンテンをイジれないじゃん。」

シャオポンは困った顔で肩を落とし、つまらなそうに去っていった。どうやら暇人は会社の同僚二人だけじゃなかったらしい。


着替え終わった林志林は水筒に水を入れながら、今日テンテン教練がダンベルの正しい持ち方を教えてくれるって話を思い出す。


正直に言うと、林志林は「ジム行ってる、筋トレしてる」なんて口では言っていたけれど、実はダンベルゾーンに足を踏み入れたことすら一度もなかった。大手ジムではいつもマシンばかりで、ダンベルはどう見ても藤毅騰みたいなマッチョ専用エリア。自分みたいなのが入ったら恥をかくだけだと思っていた。


まるで下っ端の宮女が、皇后や妃の集まりに紛れ込むようなものだ。通り過ぎるだけで、マッチョたちの視線が突き刺さる――「確認済み」ってやつ。志林は、自分がダンベルを握るタイプじゃないとよくわかっている。


……とはいえ、そんな自分にダンベルを教えるテンテン教練。彼がどんな距離感で見てくるのか。もしダンベルが落ちてきたら、顔が原型を留めないレベルで粉砕されるに違いない――。


更衣室を出た瞬間、耳に飛び込んできたのはテンテン教練の困った声だった。

「え? 俺に教えてほしい? いやいや、俺そんなことしてないよ。あの、その“同……そのアプリ”はもう使ってないし! ほんとだって!」


目の前には管理職らしい短髪の女性が立っている。ヨガ用のタイトなレギンスにウエストのタトゥーがのぞくスポーツブラ、いかにも自信に満ちたフィット女性。テンテンは「シュウ姉」と呼んでいた。


「テンテン、相手が誰だろうと関係ないでしょ。あんた前まで生徒ゼロだったのに、今は一人いるし、さらに二人もやりたいって言ってるの。いいことじゃない。」


「でも……あの人たち、あいつ(林志林)と同じ“タイプ”っぽい……」


「どんなタイプよ?」


――その瞬間、後ろで聞いていた林志林が反射的に声を上げた。

「……おい、俺のことか!?」


驚いたテンテンが振り返り、数歩下がる。

「な、なんで後ろから出てくるんだよ!」


「更衣室が後ろにあるからだろ!」


……こいつ、ほんと何聞いてんだ。


「とにかく、騰騰テントン、あの二人の体験者にはちゃんと挨拶して、トレーナーらしい姿を見せなさい。もっと自信を持って。あとで営業が説明したあとに彼らをあなたに紹介するとき、恥をかかせないでよ、わかった?」

琇姐(シウ姉)はそう言って、象徴的にクリップボードで騰騰の頭を軽く叩き、事務作業をしに去っていった。ため息をつく藤毅騰だけが残る。


「どうした?」林志林リン・ジーリンは、しょんぼりした騰騰の様子に気づき、声をかけた。だが騰騰は多くを語らず、ヨガマットを敷きながら「まずはフォームローラーで筋肉をほぐして、ストレッチ。そのあとケトルベルでウォームアップしよう」と言った。


林志林は、片手にフォームローラー、もう片手に十数キロのケトルベルを軽々と持ち運ぶ藤毅騰の姿を見て、一瞬「男らしい」と思った。だが次の瞬間、彼が器具を横に置くと三歩も距離を取って「始めて」と言うのを見て、幻想は一瞬で崩れ去った。


――やっぱりリアルなマッチョ直男は、妄想を壊すのに一秒もいらない。


林志林は胸背、太腿、ふくらはぎを順番にローラーでほぐしていった。すると藤毅騰が口をぽかんと開け、いかにも間抜けな顔で見つめているのが目に入る。


「なに?ずっと見てるけど、俺の動作、間違ってる?」


「い、いや……ただ驚いただけだ。お前……」


ちゃんと俺が教えたストレッチを覚えていて、しかも順番まで正確にやっている。


「別に大したことじゃないでしょ。放っておくと筋肉痛がひどくなるからさ。それより藤毅騰……正直言って、もう少し前に来てくれない?この距離だと話しづらいんだけど。」


ヨガマットに寝転がった林志林がそう言うと、藤毅騰は間抜けな返答をした。

「だ、大丈夫、ここからでも聞こえるから……」


「今すぐ来て、ケトルベルのやり方を教えろ!」林志林は声を強めて怒鳴った。


すると渋々と数歩前に出てきた藤毅騰。林志林は彼を見上げ、腕を胸の前で組みながら言った。

「もっと近く……もう少し……」


藤毅騰は小さな歩幅で一歩、また一歩と近づいてくる。顔が近づくにつれて、その表情はどんどん緊張していく。最後に彼の口から弱々しく言葉がこぼれた。

「こ、ここでいい……大丈夫だから……」


「大丈夫、もっと近づいてもいいんだよ。」


まるで昔の化粧品CMのセリフみたいだな、と自分で心の中で突っ込みながらも――。


少なくとも、ようやく自分と騰騰教練の距離は「普通」になった。


「俺が一回振ってみるから、動作を見て。」

林志林リン・ジーリンは、自分から少し積極的に仕掛けることにした。藤毅騰テンテンは“教えるモード”に入れば真剣で一生懸命だと分かっている。問題は、その“恐同ホモフォビアでポンコツ”状態からどう切り替えさせるかだった。


壺鈴ケトルベルを振る林志林を見ながら、藤毅騰の表情は次第に緊張から集中へと変わっていく。気づけばまた一歩近づいてきて、真剣な声で言った。


「君は背が高いから、もう少し足を開いた方がいい。壺鈴が振りやすい。それと、体を一緒に振らないように。全身でしっかり安定させて、振り子みたいに規則的に弧を描くんだ。そう、もう一回。違う、安定してない、もう一回。……そう、今の方がいい。あと五回、四、三、手をしっかり、二……」


「はぁ、はぁ……」――やればできる顔するじゃん。


真剣に教える藤毅騰は、さっきまでの“殴りたくなるポンコツ男”とはまるで別人だった。林志林は思わず笑みを浮かべる。しかし、その瞬間“魔法”が解けたかのように、藤毅騰はまた後ずさりを始める。


「それで、新しい生徒を見つけたんだって?」林志林は引き留めるために話題を投げた。予想通り、藤毅騰は素直に立ち止まり、「え?何のこと?」と返す。


「新しい生徒だよ。さっき誰か君に教わりたいって言ってたじゃない。いいことじゃん。君、今は俺一人だけの担当なんだろ?」


しかし藤毅騰は首を振った。

「新しい生徒なんていない。俺の生徒は君だけだ。」


――なにその“浮気バレたときのクズ男”発言。


「でもさ、急に二人も君を指名するなんてラッキーじゃない?」林志林が続けると、藤毅騰は真顔で言った。

「そんなうまい話ある?詐欺って大体そういう感じだろ。……それに、あの二人も、あの……あの……そういう人たちっぽいし。」


「ゲイでしょ?」林志林はあっさり口にした。藤毅騰は慌ててうなずく。


――ゲイって単語すら口にできないって、どんだけ怖がってんのよ。ここまで来ると怒りよりも笑えるレベル。


林志林はわざとからかうように言った。

「じゃあ“死ぬほどゲイ”って言ってみなよ。あの二人は“死ぬほどゲイ”って。」


「それは悪口でしょ?なんで俺がそんなこと言うの?」


予想外の答えに、林志林は一瞬固まった。――礼儀正しいホモフォビア?こいつ、やっぱり掴みどころがない。


チャットで藤毅騰を引き留める作戦はうまくいった。二人は次の正式なセッション──ベンチプレスに進んだ。藤毅騰は7.5キロのダンベルを手に取り、林志林に動作を示す。大腿の前にダンベルを置き、そのまま脚に沿って寝転がり、瞬間的に高く押し上げる。動きは一気呵成で無駄がない。林志林は初めてダンベルをこんな近くで見て、「ああ、あの椅子に寝転んで押してるのは、こういうことだったのか」と今さら気づく。これまでは「寝転んだら楽そうだから」程度にしか思っていなかったのだ。


「騰騰コーチ、この二人が授業を見学したいって。横で見てもいい?」

営業スタッフがさっき話題にしていた二人を連れてきた。藤毅騰がまだベンチから起き上がる前に、林志林はその二人がもう目を白黒させているのを見た。


「授業見に来たよ、志林先輩~」小美がニヤニヤと笑う。

「要するに、笑い話を見に来ただけね。」阿南が補足。


「お前ら、本当に暇すぎだろ……」林志林は思わずぼやく。なるほど、藤毅騰が「同類」って言った意味が少し分かった気がする。小美はともかく、阿南まで同類ってどういう判定だ。


「え、えっと……じゃあ、ちょっとだけね……」藤毅騰は間抜けに営業へ答える。ちょうどその時、通りかかった小龐コーチが生徒を連れていきながら、藤毅騰のお尻をポンと叩き、笑って言った。

「おいおい騰騰コーチ、もっとシャキッとしろよ。このままだと琇姐に怒られて、無料プロテインもなくなるぞ~」


「うるせーよ!自分の授業しろ、鬱陶しい!」藤毅騰は不機嫌に睨み返す。


その様子を林志林、小美、阿南は横で見ていた。小美が小声で言う。

「志林姐、なんかドジっ子で可愛いけど、普通の直男にしか見えないよ? 本当にホモフォビアなの?」


林志林も小声で答える。

「彼の恐同ホモフォビアはね、ちょっと普通じゃないんだよ。すぐ分かるから見てな。」


そう言った直後、藤毅騰は自分が寝転んだベンチを慌ててタオルでゴシゴシ拭き、真剣な顔で林志林に向き直る。

「じゃ、始めよう。」


「……恐同じゃなくて、ただの潔癖症じゃん?」小美が囁く。


「黙って見てな。」林志林は冷静にそう返した。


ダンベルを押すのは初めてでも、7.5キロくらいなら普通の男には問題なかった。林志林は難なく15回を終えた。藤毅騰はそれを見て、重さを調整しようとした。そして林志林の目に入ったのは──


12.5キロのダンベル。

さっきより5キロも重い。


そのずっしりとした重みを太ももに乗せただけで、林志林はすでに「やばい」と感じた。とてもじゃないが、このまま仰向けになって押し上げる姿は想像できない。絶対に無理だ。さっきの軽い重量を見比べて、思わず逃げ腰で言った。


「これ……多分無理だな。さっきの軽いのでいいよ。」


「ほら~先輩、逃げようとしてる。」

小美がすかさず突っ込む。


「ちょ、押すのは俺だぞ?もしケガしたら、コーチもジムも困るだろ!」

林志林が反論すると、阿南が冷静に刺すように言った。

「志林主任、仕事でも難しい案件に当たると、毎回こんな風になりますよね。」


「……お前ら、もう十分見ただろ。他行けよ。」


心を見透かされて、林志林はイライラ。


すると横の藤毅騰が口を開いた。

「……君なら、できると思う。」

相変わらず目線は合わせず、ちょっと緊張した声で続ける。

「筋肉はね、ちょっとオーバーするくらいの負荷をかけてこそ成長するんだ。楽な重さばかりじゃ意味がない。この重さはキツいけど、絶対に上げられる。」


……おお、なんか急に名言っぽい。


林志林は内心「お前、まともなこと言えるんだな」と驚いた。


──でも悪いけど、やっぱりこの重さは嫌だ!


「もしダメでも、俺が補助するから。」


「いやいや!お前、そんなに遠くに立っててどうやって補助するんだよ!」


藤毅騰がまたあの妙な距離を取ったので、林志林は思わずツッコミたくなった。だが今回はさらに後ろへ下がり、トレーニングバッグをゴソゴソ……そして取り出したのは分厚いグローブ。


まるで子供のように嬉しそうな顔で近づいてきて言った。

「これは滑り止め付きのデッドリフト用グリップ手袋! これなら君に触れなくて済むし、俺も安心だ! この数日ずっと悩んでた“あの問題”──同性に触れる問題、ついに解決したんだ!」


「……はあ。」

林志林は、同志(?)を触れなくて喜ぶこの教練を呆然と見つめ、小美と阿南に小声でつぶやいた。

「ほら、こいつがどこかおかしいってわかったでしょ? まだ授業受けたい?」


小美はすぐさま営業スタッフに向かって「もう充分見ました」と告げ、去っていった。志林は胸をなでおろす。職場でも顔を合わせる同僚を、わざわざジムでも見たくはない。しかも見学とか気まずすぎる。


その時──藤毅騰がダンベルを持ってきて差し出してきた。

林志林は意外にも、その手を見つめ、伸ばし、そして……受け取った。分厚い手袋越しとはいえ、これが今までで一番近い距離。ずしりとした重みが大腿にのしかかる。


(……やばい、絶対これ上げられない。顔に落ちて「蒼天に目はないのか!」って叫ぶ未来しか見えない!)


「一気に、力を込めて上げろ!」


藤毅騰の言葉に、志林は観念した。もう逃げられない。哀家(?)はこの一息に賭けるしかない!


覚悟を決め、体を倒し、ダンベルを足に沿わせて──力を込めた瞬間。

なんと、意外にも持ち上がった! しかし勢い余って両腕が頭の後ろへ流れ、制御不能に。


(あ、やばい……これは完全に宮廷劇走馬灯コース……!)


その時、一双の腕がしっかりと彼を支え、両側のダンベルを安定させた。


宮廷劇の走馬灯は流れなかった。代わりに、林志林が見たのは自分を支える二つの大きな手──自分とは厚みの違う腕、そして黒いグローブだった。さっきまで意味不明に披露していたその手袋が、今は彼の頭上でダンベルを正しい高さへと導いている。


「大丈夫。俺が支えるから。」

声はまるでフィルターを通したように落ち着いて響いた。


十回のベンチプレスを終えた後、再び間近で見た藤毅騰のぽかんとした顔。さっきの瞬間は清宮ドラマに転生するより不思議だった。志林が見つめると、視線に気づいた藤毅騰はビクリと震え、数歩後ろへ下がりながら言った。

「お、俺……手袋してるから! 触っても大丈夫だろ?」


やっぱり恐同バカ。しかし、林志林にはもう分からなくなっていた。


──この男は本当に自分を怖がっているのか? それとも無意識に弄んでいるのか?


「阿南、志林姐のあの教練、どう思う?」小美が尋ねる。

「うーん……天然ボケ系の受け体質、弄ばれやすい筋肉バカって感じ?」

「そういう細かい感想じゃなくてさ。わざわざ『手袋してるから大丈夫』とか差別っぽいこと言うけど、悪意があるようには見えない。妙に微妙な教練じゃない?」


ジムでの冷やかしを終えた二人は、近くのイタリアンで夕食を取っていた。注文したのは健康食とは無縁の高カロリーなパスタ。


「無自覚な差別が一番怖いんじゃない?」阿南がパスタを口に運びながら言う。

「それもそうだけど、私はあの教練は完全に嫌ってるわけじゃないと思う。だって本当に嫌なら、志林姐みたいに“アーメイのライブで虹の曲を大合唱するタイプ”とか、“蔡依林のバラ色少年イントロで泣くタイプ”のゲイなんて絶対教えないでしょ?」

「小美同志、それこそゲイ像に偏見あるよ。」阿南はミートボールを突き刺し、肉汁があふれるのを見ながら言った。「……もしかして、彼自身もそうなんじゃない?」

「え? どういう意味?」コーラを飲んでいた小美が首をかしげる。

「ゲイだけど、わざわざストレートを装う人たち……いるでしょ?」

「……ああ、いわゆる“ストレートぶり”。でも今どきまだいるの? そんな直男のフリなんかして……」


言いかけて小美はハッと気づき、ストローから口を離した。

そして二人は同時に、その答えを口にした。


──クローゼット?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ