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第十一章 練習とワンナイト

台湾出身の陸坡と申します。


この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

地下にある巨大なジム。

カウンターの受付係は不機嫌そうにタオルを挟み、

一列に並んだランニングマシンの上ではおじさんたちが走り、

水筒や私物で場所取りをしているおばさんたち。

そして延々と流れ続ける欧米風のビート音楽。


そのおなじみの生態系を見て、林志林は思わず昔の自分を思い出した。

まだ若くて自制心が強かったころ、毎日のようにジムに通い、

青春の汗を流して、罪悪感なく美味しいものを食べるために頑張っていた。

そして何よりの楽しみといえば……


隣で彼女と一緒にトレーニングしている坊主頭のディディくん、

あの上腕二頭筋と三頭筋、きっと体育大学の学生だわ!

ダンベルベンチプレスをしている無精髭の男も渋くて素敵、

白いトレーニングウェア越しに胸毛も乳首も浮き出てる、誰を誘惑してるのよ!

シャワーを終えて湯気を立てながら上半身裸で歩いてくる数人の筋肉男、

下は白いタオルだけ、あぁもう! そのお尻、タオルを突き上げてるじゃないの、

歩くたびにちらちら見える……!


そんな林志林が妄想モード全開の時、

その中の一人が彼女の横に来て、隣のロッカーを開けた。

その瞬間、夢見心地だった林志林はびっくりして、

手にしていた水筒を吹っ飛ばしてしまう。


慌てて拾おうとしたその時、

筋肉男が片手で水筒をキャッチ。

もう一方の手でタオルを押さえたが、半分ほど滑り落ちて、

屈んだ林志林の目に飛び込んできたのは――

草むらの中のゾウの鼻!


林志林の心の中で悲鳴が響いた。

「うわっ、見えちゃった……!」


――実際は、たいしたことなかったけどね。

(思ったより小さいじゃないの、この野郎)


その後、筋肉で頭まで埋まってそうなトレーナー・藤毅騰ふじ・たけるは、

いつも以上にスパルタモード全開だった。


林志林は「水筒の水が切れた」と嘘をついて休憩を装うも、

スクワットの重さに祖先の顔が見えそうになる。

なぜ彼女のような華奢な女に100キロも担がせるの!?

「この楚楚とした宮腰に五寸釘を打ち込む気!?」


……とは思いながらも、林志林は100キロを見事に持ち上げた。


「やっぱり、その重さでいけるじゃん。」

藤毅騰がうなずきながら言った。


「ほら、やっぱりできるじゃん!」って、何が“やっぱり”よ!?

何百キロの重さがこのあたしの肩に乗ってんのよ!

押さなかったら即死案件でしょ、バカ!

自分で押さなかったらその場であの世行きよ!他にどうしろっての!?


見なさいよ、隣のトレーナーたちはどうやって生徒を励ましてるか。

この藤毅騰フジ・タケル、ただの筋肉バカでホモフォビアのストレート男。

情緒指数ゼロ、IQも疑わしい。

せめて「頑張ってるね」とか「前よりずいぶん良くなってるよ」とか言えないの!?

はぁ、腹立つわ!

このジム、イケメンが多いからまだ我慢してるけど、

そうじゃなきゃ誰があんたなんかと一緒にトレーニングするかっての!


――「ビルの電力設備に不具合が発生したため、修繕中はスタジオが使用できません。」


勤務中、林志林の携帯に藤毅騰からメッセージが届いた。

既読だけつけて仕事を続けていたが、

次々と通知が飛び出してきて、

「なに、こいつ……何通も送ってきてる?」と不思議に思う。


普段の二人のやりとりは極めて事務的。

レッスンの予約時間とか、今日のトレーニング内容、食事記録ぐらい。

なのに今日はやけに多い。気になってチャットを開いたら――


そこには、自分のトレーニング中に撮られた“体型記録写真”の数々!

さらに機械で測った体脂肪や筋量のデータ表まで!


勤務中の会社PCの画面に、自分のプライベート写真がズラッと表示され、

志林は青ざめて即ウィンドウを閉じ、ノートPCをパタンと閉じる。

そして逃げるように非常階段へ出て、電話をかけた。


「藤毅騰! 今仕事中だってわかってる!? 何送ってくんのよ!!」

声を抑えながら怒鳴る志林。

電話の向こうで、藤毅騰が情けない声で弁解する。


阿奇哥アーチーさんが言ってたんだ、

 こういうビフォーアフター写真を見せるとモチベ上がるって。

 だから送っただけで……」


「問題はそこじゃないの! 今はあたし仕事中!

 しかも全部の写真、あたしをブスに撮ってどういうつもり!?

 あんたカメラの才能ゼロでしょ!? なんでこんなデブに見えるのよ!」


林志林はジム通いも長いから、本当は彼が悪気ないのはわかってる。

でも、仕事中にそんなもの送りつけてきて、しかも写りが最悪――

それはもう、死罪レベルの罪。


「デブに見えるのは、お前が俺の言う通りに食事管理しないで、

 精製された炭水化物ばっか食ってるからだ。」


「うるさいっ! それを“撮り方が悪い”って言ってるのよ!」


……たとえ正論でも、今それを聞きたいわけじゃないのだ。


冷静になれ、林志林。

ジムのイケメンたちを思い出すのよ。

このあと観る予定の大好きなドラマもあるし、

今夜は韓国のボーイズグループ初来日のチケット争奪戦!

今の藤毅騰フジ・タケルは、その“秒殺チケット”を取れるかどうかの試練だと思えばいい。

この地獄を乗り越えたら、きっと今日はツイてる日になる――そう信じるしかない。


最近の林志林にとって、藤毅騰と向き合うことは、

まるで人生修行のようなものだ。

彼の一挙一動が、志林に「心を落ち着け、怒るな」と教えている気がする。


もともと今日はスタジオのトラブルで休みになるはずだった。

だけど、林志林と藤毅騰のトレーニング時間がどうしても合わない。

こっちが会議なら、あっちは大会に向けた自主練。

電話であれこれ調整しても埒があかず、

ついに志林はため息まじりにこう言った。


「もうさ、今日できる場所ならどこでもいいでしょ?」


「え? でも、修理は無理そうだよ。電気工事のおっちゃん、ずっと眉間にシワ寄せてたし。」


「じゃあ、他のジム行こう。」


こうして二人は、林志林が昔カードを作っていた24時間制のジムに向かった。

幸い店長が顔見知りで、こっそり入場料を割引してくれた。


このジム、実は“その筋”の人が多い。

志林いわく、「ちょっと歩けば背中パックリのタンクトップ姉妹がいっぱいいるし、

プライドパレードでも見た顔がチラホラいる」らしい。


水筒を手に戻ってくると、藤毅騰が器具の中に入り、

スクワットの準備をしていた。

志林が目を細めてバーベルを数える。

25キロプレートが6枚、バーの重さを足して……180キロ!?


思わず二度見。

そして周りを見渡せば、他の会員たちもチラチラ視線を送っている。

巡回していたインストラクターまで動きを止めていた。


本気かよ……。

そういえば藤毅騰が本気でトレーニングしてるのを見るの、これが初めてかも。

いつもは掃除してるか、掃除道具を持って移動してるか。

知らない人が見たら、完全に“専業ハウスキーパー”だと思うレベル。


藤毅騰はゆっくり腰を落とし、同じスピードで持ち上げる。

脚に力が入り、お尻がギュッと締まるたび、

腿から尻にかけての筋肉ラインが浮き上がる。

毛深いふくらはぎと盛り上がったヒップ。

もし相手が藤毅騰じゃなかったら――志林の心拍数は確実に上がってた。


だが今はそれより衝撃だった。

180キロを背負っているのに、まるで5キロでも担いでいるような軽さ。


昔は他人の筋トレなんて何とも思わなかったけど、

今では自分も鍛えてるからわかる。

ここまで安定してスクワットできるって、

相当な努力の積み重ねだ。


……だからこそ、理解できない。


実力あるし、教え方も悪くない。

顔だってまぁまぁイケてる。


なのに――なんで性格がああなの?


「水、入れてきたよ。」

藤毅騰フジ・タケルが一セット終えたタイミングで、林志林リン・ジーリンが声をかけた。


藤毅騰は志林が自分のスクワット姿をじっと見ていたのに気づき、

なぜか急に気まずそうにして、慌ててバーベルをラックに戻した。


「お、おぉ……あ、あの、続きやろう! べ、別にサボってたわけじゃなくて、

待ってる間ヒマだからちょっと触ってただけで……えっと、すぐ戻すから! 

重さ調整して、あと消毒もしないと!」


はぁ……。

横で誰かがクスクス笑ってるのが聞こえて、

林志林はそっちに鋭い視線を投げた。

笑ってた男はビクッとしてすぐ逃げていく。


藤毅騰がアルコール綿を探しているのを見て、

志林は自分のジャージのポケットから新しいパックを取り出し、

彼の手からスプレーを奪い取ってコットンに吹きかけた。

そして無言で、さっき彼が使っていたバーベルの部分をサッと拭く。


「はい、これでキレイ。」


「…………お、おう。」

藤毅騰は志林の手際のよさに、呆然と立ち尽くした。


「突っ立ってないで、プレート替えなさいよ!」


志林が言うと、やっと我に返って動き始めた。


しばらくして、地獄のようなスクワットを終えたあと。

水を飲みながら次のマシンへ向かう途中、

志林がぽつりと口を開く。


「ねぇ、前から思ってたけど……あんた、もしかしてゲイが使った器具、触りたくないタイプ?」


予想外の質問に、藤毅騰は一瞬固まり、すぐ首を振った。


「そ、そんなことないよ。」


「じゃあ、なんでいつも消毒してんの? 

私と話すときも、なんか一歩引いてるじゃん。」


「お、俺……別に、同性愛者を差別してるわけじゃないから。」


その答えを聞いた志林は、ため息をつきながら目を細める。


「はいはい。どうせまた“アーチー兄貴”にそう言えって教わったんでしょ?」


「同性愛者を差別してない」って言う人ほど、だいたい心のどこかで偏見を持ってる。

――林志林リン・ジーリンはそう思っていた。


この手の「俺、差別してないけどさ」っていう“ホモフォビアの常套句”、

もう聞き飽きた。

今の時代、「政治的に正しい」ことにみんな敏感で、

公の場で堂々と「俺はゲイが嫌い」とか「女は〜」「障がい者は〜」なんて言う人はいない。

せいぜい少し言い回しを変えて、自分の偏見を“正当化”するだけ。


――でも、そこでふと我に返る。

藤毅騰フジ・タケルって、そんなふうに自分を取り繕うタイプだっけ?


少し距離を取って歩く彼の背中を見ながら、

志林はさっきの質問を言い直そうかと思った。

けれど、口を開くより先に、彼がぽつりとつぶやいた。


「……俺、ゲイには近づかないほうがいいんだ。」


「は?」


レッグプレスのマシンにプレートをはめながら、

タケルは視線を落としたまま小さく言った。


「そのほうが……トラブルにならないから。」


――トラブル?


何それ、昔なにかあった?

志林の頭の中に疑問が渦巻く。


そんな中、タケルは無言で次々とプレートを重ねていく。

志林はそれを見て、眉をひそめた。

……多くない? いや、ちょっと待って。


「ちょっと藤毅騰、あんた私を殺す気!?」


「えっ?」

タケルが素っ頓狂な顔で振り返る。


志林はマシンを指差して怒鳴った。

「これ、プレート両側で120キロあるじゃないの!

私の脚、鉄でできてるとでも思ってんの!? 元に戻しなさい!」


「で、でもさ……普通は自分の体重の倍は押せるはずだし、

君の体重は――」


「体重の話すんなっ!!!」


最近太った自覚がある志林は、

数字の話題を出されただけでブチ切れた。


「いい? トイレ行って戻ってきたとき、

前回の重さに戻ってなかったら……藤毅騰、あんた……」


――その場でキスしてやるからね。


「すぐ戻しますっ!!!」


タケルは即座に反応し、まるで火がついたようにプレートを外し始めた。


藤毅騰のホモフォビアには、正直かなり振り回されてきた。

けれど、そんな彼の“ゲイ嫌い”があるおかげで、

逆にコントロールしやすい時もあるし、無茶な要求もわりと通る。


でも――。


志林はわかっている。

藤毅騰が、決して無神経にメニューを組んでいるわけじゃないことを。

ちゃんと自分の体力を見て、できると判断して作っているのだと。


……なのに、ついワガママを言ってしまう。

バカなことされてムカつくのに、どうしても彼のことを嫌いになれない。

あんなにわかりやすい“ホモ嫌い”なのに。


むしろ、誰かが彼をバカにしたり笑ったりしているのを見ると、

なぜか腹が立つ。


ネットでも友達の間でも、

みんな口をそろえて「ホモフォビアは無理」って言う。

けど、実際にこういうタイプと接してみると――

自分は、なんで嫌いになれないんだろう?


顔?

身体?

それとも……性的な妄想?


いや、まさか。そんなわけ。


ゲイだって、そんなに無差別じゃない。


志林は首を振って、すぐにその考えを追い出した。

確かに、アプリで見かけたら「この体、いいかも」と思うかもしれない。

でも、実際に知れば知るほど、

不思議とそういう欲はどんどん消えていく。


――藤毅騰には、まったく性的魅力がない。


やっぱり自分は、セクシーでかっこよくて、

ちょっと陰のあるヒゲのオトコが好きなんだ。


洗面台の鏡の前で手を洗いながら、志林はふと気づく。

……あれ、これって。

もしかして、タケルの上司で既婚者の“アーチーさん”、

あの人、完全に自分のタイプじゃない?


まずい。

今の考え方、かなりやばい。


気づけば、頭の中の妄想はさらに暴走していた。

――自分がアーチーさんと寝るんじゃなくて、

アーチーさんが藤毅騰を調教してる映像を見たい……?


スーツ姿の色気ある人夫が、バカ正直な直男トレーナーを手のひらで転がす――

そんな設定、

もし本当にあったら、絶対に界隈で話題になるGVネタだ。

 

ジムの中で、藤毅騰フジ・タケルがバーベルのプレートを交換している最中、

背後からそっと近づく影があった。


彼の黒いフィットネスパンツは少し俗っぽいデザインだが、

引き締まった尻の形を完璧に浮き彫りにしており、

前側の膨らみまでもが、タイトな生地に包まれて際立って見える。

汗で湿った白いタンクトップの下では、

ピンク色の乳首がうっすらと透け、

コンテストに向けて整えられた薄い腋毛、

そして美しく割れた腹筋のひとつひとつが、光を受けて艶めいていた。


そっと肩に手が置かれる。

驚いたように振り返る藤毅騰に、

低くやわらかな声が囁かれた。


「君、すっごく鍛えてるね。最近、大会でもあるの?」


その手は、肩から腰、背中へとゆっくりと滑り落ちていく。

藤毅騰が怪訝そうな表情を浮かべる中、

囁きが続く。


「このあたりの筋肉も、完璧に仕上がってる。」


空気がわずかに張りつめる。

手つきは次第に不穏な熱を帯び、

藤毅騰の表情は戸惑いと動揺に揺れ、

そして――


「君、すっごく鍛えてるね。最近大会があるから、必死にトレーニングしてるの?」


――その声で我に返ったのは、トイレから戻ってきた林志林リン・ジーリンだった。


目の前の光景に、思わず足が止まる。

藤毅騰の隣には、超短いスポーツパンツとピチピチのタンクトップを着た短髪のオヤジ。

さっきまで頭の中で浮かんでいた妄想のシーンが、

まるで現実になったかのようだった。


ただし――違うのはそのオヤジの姿だ。

全身に脂肪をまとい、立派な腹を突き出したその男は、

逞しいアチ兄とはまるで正反対。


それでも、その手はいやらしく藤毅騰の胸筋を撫でている。

なのに、藤毅騰のあのバカ正直な男はまだ気づかず、

普通に会話を続けていた。


「おやおや、坊や。この胸、どうやって鍛えたんだい?」

タイトな服のオヤジが尋ねる。


藤毅騰は、触れられる感触に違和感を覚えた。

いや、違う。さっきからこのオヤジ、腕だけじゃなく太ももまで触ってきている。

けれど、相手は丁寧にアドバイスを求めてくるから、

拒めない。


知らない人にこう触られるのは正直不快だ。

それでも彼の頭には、アチ兄の言葉が浮かぶ。


――「たまにフィットネス初心者は好奇心旺盛で、変な行動を取ることもある。

テンテン、そんな時は辛抱して丁寧に教えてあげれば、新しい生徒が増えるかもしれないぞ。」


思い出してしまったせいで、藤毅騰はためらった。

それに、後輩も女の生徒によく胸筋を触らせているし、

三鉄のアーノルドも内腿の筋肉をチェックさせている。

だから――今の状況も、大丈夫……かもしれない。


そう思おうとしたが、

オヤジの手は次第に下へ、危うい方向へと滑っていく。


藤毅騰の身体がびくりと反応し、思わず身を引いた。

「えっと、僕、ゲイじゃないんで。」


しかし、オヤジは手を止めず、むしろ笑みを浮かべて言い返した。

「なに? 僕のこと、ゲイだと思ってるの?

どうしてそんなこと言うんだい?

ただ君のトレーニングを褒めてるだけだよ。」


「え、あの、その……」


突然の言葉に、藤毅騰の喉が詰まった。

何かに刺されたように身体が固まり、微かに震え出す。

頭の中にざわめくようなノイズが広がった。


――その瞬間。


オヤジの手首が、誰かの手によって力強く掴まれた。

「痛っ!」と声を上げ、振り向いたその先にいたのは、

アルコールスプレーで自分の手を消毒している林志林だった。


まるで汚れたものを触ってしまったかのような表情で、

彼は冷ややかに言い放つ。


「おじさん、お腹すごいね。

最近、遊びすぎて副作用でも出たの?」


オヤジの顔が、真っ赤に固まった。


性騒擾してきたオヤジが言葉を発する前に、

林志林リン・ジーリンの口が機関銃のように火を噴いた。


「何よ“你”って! うちの友達に何の用?

しゃべりながら手ベタベタ触って気持ち悪くない?

ここがどこだかわかってんの? そんなに何か触りたいなら、

ほら、そこにあるダンベルでも触ってみなさいよ! 

あれなら太くて硬くて誰も文句言わないわよ!

25キロのやつ、超でかいのがそこにあるじゃん!

買一送一で好きなだけ触ってな! 

それでもまだ居座るなら、このあたしの“太くて重いバーベル”を

アンタの体にぶっ刺して爽快にしてあげよっか!?」


――ジム中の空気が一瞬、凍りついた。


怒鳴り散らすジムの女傑に、

さっきまで威張っていたオヤジは、完全に白旗を上げた。

「す、すみません……」と鼻を押さえながら、

逃げるように退散していく。


「まったく……。ああいうヤツがいるから、

ゲイが無駄に誤解されるのよね。」

志林は肩で息をしながら、呆れたように吐き捨てた。


振り向くと、藤毅騰フジ・タケルがぽかんと立っている。

「アンタさ、普段あんなに“ゲイ怖い”って言ってるくせに、

あんな分かりやすい変態も見抜けないの? ほんと信じられな――」


言いかけたところで、藤毅騰の表情が一瞬曇った。

志林はその顔を見て、舌を止めた。


「……ま、いいや。続けよ。時間もったいないし。

金払ってんのにトレーニングできなかったら馬鹿らしいでしょ。」


そう言ってマシンに腰を下ろす。

藤毅騰は少し間を置いて「……あ、うん」と頷き、

黙々とプレートをつけ始めた。


「早くしてよ。いつまで待たせるつもり?」


「お、おう!」


慌てて準備を終えると、志林は脚のマシンに取りかかる。

意外にも、思ったほどきつくはなかった。

水を飲みながらふとプレートを見ると――

そこには、トイレに行く前のまま、重いままのプレートが。


「……はぁ?」


忘れてたんだ、あの色ボケオヤジのせいで。

でもつまり、さっきの重量をちゃんと押せたってこと?

自分でもちょっと驚く。


ただ、藤毅騰の様子はどこか上の空だった。


一時間半の臨時トレーニングが終わる頃には、

二人の間に奇妙な沈黙が流れていた。

いつもなら志林が文句を言い、藤毅騰が言い訳をする。

でも今日は――何か違った。


その時だった。


「すみません、ちょっとよろしいですか。」


制服姿のスタッフが二人に近づいてきた。

藤毅騰はプレートを持ったままきょとんとし、

志林の方を見て「え、俺、何かやらかした?」という顔をする。

……ほんと、筋肉以外は全部ポンコツね。


志林はため息をつき、代わりに近づいた。


スタッフが頭を下げて言う。

「先ほどの件、誠に申し訳ありません。

あの男性は以前からこちらで他のお客様に迷惑をかけていまして、

本日も不適切な行為があったため、すぐに退店していただきました。

大変ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。

今回の利用料金は全額返金させていただきます。」


「えっ……本当に? 無料になるの?」


藤毅騰の目が一瞬で輝いた。


スタッフが頷くと、彼はまるで少年のように喜び、

「やったぁ」と声を上げた。


――この男、どんだけ金欠なのよ。


志林は苦笑を浮かべ、代わりに深く頭を下げた。

「こちらこそ、対応ありがとうございました。」


藤毅騰は、もう少しここでトレーニングを続けるつもりらしい。

上着を脱ぎ、裸の上半身をあらわにした。


ロッカーの前で着替えを用意していた林志林リン・ジーリンは、

ふとその体つきを見て、少し驚いた。


――あれ、あいつ……前よりデカくなってない?


思い返せば、最近スタジオの他のトレーナーたちが話していた。

「藤毅騰、今“市長杯”のフィジーク大会に出るために減量中らしいよ」って。

アチアーチーもまるでペットでも育てるみたいに、

毎日のように“筋肉ごはん”を差し入れているらしい。

さらには、妹まで協力して、貧乏な兄にせっせと弁当を作っているとか。


「……藤毅騰。」


「ん?」


数個離れたロッカーの向こうから呼ばれ、タケルが顔を上げた。

志林はバスタオルを肩にかけたまま、

職業病のように彼の身体をじっと見て言った。


「肩、広くなったね。

でも脂肪、もう少し落とさないとラインが出にくいよ。」


「おいおい、もうレッスン終わっただろ。

俺の体チェックしなくていいって。……ほら、これ。」


呆れ顔の志林がバッグから取り出したのは、

有名フィットネスブランドの二千元クーポン券。


備賽びさい中なんでしょ?

これ、前に抽選で当たったやつ。

どうせ俺使わないし、君か、妹か、アチ兄にでもあげなよ。

プロテインとかサプリとか、俺には縁ないから。」


「え、いいの?」

タケルの目が一瞬で輝く。

“割引”という言葉に、反射的に反応した犬みたいに。


だが、受け取ろうとした手が途中で止まった。


「俺……その、交換できるようなもの、持ってないし。

ほんとに何もないんだ。

お金もないし、俺、筋トレしかできないから……。」


「いらないの? 藤毅騰、要らないなら返すけど?」


志林の眉がピクリと動く。

タケルは一瞬たじろぎ、

まるで怒られた子どものように言葉を詰まらせた。


「い、いる……。ありがと。」


「最初からそう言えっての。」


志林は小さくため息をつき、タオルで髪を拭いた。


彼が何でこんなにも不器用なのか、

もうわかってる。

そして、そんな彼に何かをあげようとする自分も――

結局、同じくらい面倒くさい人間なんだ。


“藤毅騰って、そういうヤツなんだよ。”


――誰かがスタジオで言っていた言葉を、志林は思い出した。

確かに、その通りだ。


「ふざけんなよ。時間、無駄にしたくないわ。クーポン、ここに置いとくから自分で取れ。」


藤毅騰の間抜けな顔に堪えきれず、

林志林はくるりと背を向け、

そのままジムのシャワールームへと歩き出した。


毎回、少しだけ「この人も悪くないかも」と思った瞬間、

必ず何かしらのバカな行動で台無しにしてくれる。

この大バカ直男め。

こっちはあいつの機嫌が悪そうだから、

少し優しくしてやろうと思っただけなのに、

それすら察しない鈍感さ。

まったく、腹立たしいにもほどがある。


苛立ちを抱えたまま、志林は空いているシャワールームの扉を勢いよく開けた。

だが――中には、すでに誰かがいた。


棚に荷物を置き、シャツを脱ごうとしていた青年が振り向く。

「え?」と短く漏れたその声で、志林はようやく状況を理解した。


「あっ、す、すみません! 人がいるとは思わなくて!」


慌てて出ようとしたその瞬間、視線がふと相手の顔に吸い寄せられる。


深い彫りのある整った顔立ち。

細く長い輪郭。

そして、胸から腹にかけて流れるような筋肉のライン――。


――やば、どストライクなんですけど。


いつもは口の悪い雌豹のような志林が、

この時ばかりは頬を赤らめ、

まるで別人のようにおしとやかになっていた。


「ご、ごめんなさい。本当に知らなくて……。」


青年は軽く笑みを浮かべ、

落ち着いた、低く響く声で答えた。


「大丈夫。まだカーテン引く前だったから。

……驚かせちゃったね。」


その声のトーンが柔らかく、

ほんの少しだけ空気が甘くなる。


志林の心臓が、思わず跳ねた。


"卦投げ:みんな、XX路のGWチェーンジム行ったことある? あそこ、ゲイのイケメンが多いって噂だよ。"

"行った行った。トレーニングエリアだけでも、スタイル抜群の兄貴たちばっか。ゲイかどうかは知らんけど、顔も体もレベル高い。"

"何人かゲイのコーチもいるらしいぜ。アプリで約束したって話も聞いたし。メガネのあの人、相当デカいとか。"

"会員だけど、浴室がやばいんだわ。シャワー上がりにタオルも巻かずに出てくるやつ多くてさ、見てる方が恥ずかしくなるレベル。"

"いいなぁ、俺も行ってるけど、全然そういうのに遭遇しない。"


――そんなネットの噂、どうせデマでしょ。


スマホをスクロールしながら、林志林リン・ジーリンは小さく鼻で笑った。

ゲイのジムでのロマンスなんて、都市伝説みたいなもんだ。

仮に本当だったとしても、自分みたいな年増独り身には関係ない。

若いイケメンに誘われるだなんて、あるわけないじゃない。


そう思っていた、その矢先。


視界の向こう――水しぶきの粒が宙に舞い、

その向こうで、ひとりの男の肌が光を受けてきらめいた。


滴る水が肩から胸、そして腹へと流れていく。

無意識のうちに、志林は息をのんでいた。


(……綺麗。)


何気ない動作なのに、なぜか目が離せない。

光と水の反射が、まるでスローモーションのように見える。


その時、背後から静かな声がした。


「……大丈夫ですか?」


振り返ると、さっきの男がいた。

柔らかく笑いながら、タオルを差し出している。


「顔、濡れてますよ。」


志林は慌てて受け取り、

「ありがとう……」と小さく呟いた。


タオルの向こうで、心臟がひどくうるさく鳴っている。


まさか――こんな形で、噂が現実になるなんて。


そしてそのきっかけが、

あの鈍感な直男コーチ・藤毅騰と一緒に通い始めたことだなんて、

誰が想像できただろう。


ちょうどその頃――

シャワールームの奥では、林志林リン・ジーリンが蒸気の中で、思わぬ熱に包まれていた。

水音と心臓の鼓動が混ざり合い、世界がぼんやりと滲んでいく。


一方その外では、男女を問わず多くの視線が藤毅騰フジ・タケルに集まっていた。

自由ウェイトエリアの中央で、彼はデッドリフトのセットアップを終え、

両端に重く積み上げたプレートを、静かに引き上げる。


肩から腕へと走る筋肉のラインが、照明に照らされて際立ち、

背中全体が汗の光を反射して輝く。

脚の筋が緊張とともに収縮し、動きに合わせて硬くしなやかに揺れる。

息を吐くたびに、鋭い呼吸音が空間を貫いた。


「……あの人、誰?」

トレーナーたちが顔を寄せ合って囁く。


藤毅騰は周囲のざわめきも気に留めず、

二十回のウォームアップを、寸分の乱れもなくこなした。

口元には、満足そうな笑みが浮かぶ。


久しぶりに、思い切り身体を使える。

今日が無料だというなら、全メニューをここで仕上げてやろう。


こうして――

林志林と藤毅騰は、それぞれジムで全く違う幸(性)運に恵まれていた。

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