第四話:イカサマ花屋、出会う
振り返った先に立っていたのは、平民の服に身を包んだ一人の女性。
けれど、その所作も、靴の質も、漂う香りも――どう見たって、ただの市民じゃなかった。
「……あれ、絶対そうだよね」
艶やかな黒髪が、光を受けて揺れるたびに、周囲のざわめきがかき消えていくような錯覚すらあった。
何より、その周囲だ。
一見ただの通行人に紛れているが、明らかに目を光らせてる連中が数人。……たぶん、私服の衛兵。
確信した。彼女がアルメリアだ。
「よし……やるしかない……!」
僕は人混みをかき分けて、その女性の前へと立ちはだかった。
途端、周囲の空気がぴりつく。
案の定、私服の衛兵たちがこっちに向かって動き出したけど――彼女が身分を隠して出歩いている手前、あからさまに介入もできないらしい。じりじりと距離だけ詰めてくる。
そして、目の前の彼女がこちらをまっすぐ見つめた。
深い青色の瞳。雪のように白い肌。
そして、まるで氷でできた彫刻を思わせる冷めた表情。
――間違いない。“絶対零度のお姫様”だ。
「……誰だ?」
冷たい声に、僕は慌てて口を開いた。
「ぼ、僕、他国から来たばかりで……この国の仕事を紹介してもらえないかなって!あの、詳しい人に聞こうと思って……!」
うわ、完全にしどろもどろ。
けれど、彼女は興味もなさそうに言い放った。
「残念ながら、私はそういうのに疎い。……他を当たってくれ」
はい、終了――!!
心の中でゴングが鳴った。
極刑確定!無理ゲー!撤収ー!!
彼女は僕に一瞥もくれずに、すれ違おうとする。
けれど――僕は咄嗟に、その手を取っていた。
「……どういうつもりだ?」
にらむようにこちらを見上げる彼女。
やばい、今の完全にアウトだったかも……!
でも、もう引けない。
(このままじゃ終わる、何か……何か、話題を……)
「一目惚れなんだっ!!」
え? って自分で思った。
いや、言ったの僕だけど。
「さっきすれ違った瞬間、なんかもう……話しかけなきゃって思って……!勝手に声かけちゃってごめんなさい!」
必死にまくし立てる。視界の端で、衛兵たちが怒りのボルテージを上げてるのがわかる。
でも、彼女の表情は微動だにしない。
まるで……道の端に落ちてる石ころでも見てるような、そんな目。
あー……無理だこれ。
終わった。マジで終わった。顔もよく思い出せないけど、お父さん、お母さん、ごめんなさい。
僕は近いうちにそっちに逝くみたいです。
そう、この世界との別れを覚悟したそのときだった。
≪……えっ!? 一目惚れって本当!? はじめて言われたんだけど……ということは、私と結婚したいということ?え、どうしよう!≫
……んん?
聞き間違えか?
僕は彼女の顔を凝視する。
でも――その顔は、さっきと同じ。氷のように冷たく、微塵も感情が見えない。
やっぱり、僕の勘違……
≪こんなことってあるの!?これ絶対運命だよね??どうしよう、恥ずかしくて顔見れないよお≫
勘違いじゃない!?
これは、もしかして……ワンチャン、あるのでは?
「ねえ、改めて聞くけど……君の近くで働けるような仕事って、ない?」
期待を込めて聞いてみたけれど――
「ない」
即答。冷たい。
でも、心の中ではこうだ。
≪どうしよう……城の中で空いてる仕事あったっけ? とりあえず使用人系は人手足りてるけど、うーん、この人はなにが得意なのかなあ≫
「僕ね、前いた国では花屋をやってたんだ。でも、君と働けるなら、どんな仕事だって頑張るよ!」
「……興味ない」
≪お花屋さんなら庭師が楽しいかしら?でも、庭師は足りてる……うーん、でも、グレイはおじいちゃんだし、そろそろ弟子を取ったほうが良いと思ってたのよ!……いや、本当に。でもさすがにお城に誘うのは早すぎる?引かれちゃうかしら≫
めちゃくちゃ悩んでる!
なのに顔はずっとポーカーフェイス!
それを横で見ていた衛兵たちは、もはや爆発寸前の顔で、今にも飛びかかってきそうな勢いだ。
「……もういいだろう。手を離せ」
そう言って、彼女は踵を返した。
「待って! あの、僕――この街の外れにある宿屋に泊まってる! 君に呼ばれたら、どこにでも行くし、なんだってするから! だから……また会えると嬉しい!」
遠ざかる背中に声を投げかけるが、彼女は振り返らない。
でも――その後ろ姿に、何かが残った気がした。
*
翌朝。
「おい、兄ちゃん……あんた、王国から伝令が来てるぞ!?」
宿屋のおじさんの声に、僕は思わず目をこすった。
……ん?え?
僕は唖然としながら、ぽつりとつぶやいた。
「……もしかして、第一関門、突破した?」