第三話:イカサマ花屋、取引する
「……取引をしよう」
フィンの低い声が静かに部屋に響く。
「それが言いたくてここまで引っ張ったの?ずいぶん前振り長かったなあ」
僕は乾いた笑いを浮かべながら椅子にもたれかかる。けど、冗談めかして気を抜いてる場合じゃないのは分かってる。フィンの眼は一切笑ってない。こっちは命懸かってんだ。下手すりゃ、さっきの極刑が現実になる。
「……ノルザーク王国を知っているか?」
思わず笑みが引きつる。いきなりスケールがでかくなったな。
「雪と氷しかない、貧乏で有名な国でしょ?正直あんまり縁はないかな」
「それは昔の話だ」
フィンはそう言うと、懐から一枚の写真を取り出して机に置いた。
そこには、雪と氷に閉ざされたはずの大地から、草木が地面を割って芽吹いていた。霜の中から伸びる鮮やかな緑、咲き誇る花々。凍てつく風の中、まるで春だけがそこに根付いたような、異様で神秘的な景色だった。
「ここ数年で急成長した。農業、交易、インフラ整備。すべてが不自然な速度で拡大している。だが、原因は不明のままだ」
「成長するのはいいことじゃん?……違うの?」
フィンはそれを聞いて小さくため息をついた。あ、今絶対バカにしたな。
「現国王、カイの存在も不可解な点が多すぎる。婿入りで王となった男でありながら、その経歴は謎に包まれている。どこの国出身かも定かではない。……我々の調査網にも、何一つ情報が残っていない」
僕は無意識に腕を組んでいた。心の奥が、ぞわりと波立つ。この人、ほんとに全部調べ尽くした上で、話してるんだ。
「で?そんな謎多き国に僕が何を?」
「カイ国王にはアルメリアという一人娘がいる。彼女に接触し、ノルザーク王国と王家についての秘密を探れ。お前は……そういうのが得意だろ」
「……失礼だなぁ。僕は人の心を勝手に覗くような、そんな無粋な男じゃないんだけどなあ」
ふてくされたふりをしてみせるが、フィンはお決まりの無表情でこちらを見ている。どうせ心の中では「事実だろう」って思ってるんだろうけどさ。
「ちなみにそのお姫様、どんな人?」
「名はアルメリア・ノクターン。学問に長け、政にも通じ、武にも優れる。それでいて、常に冷徹で感情を表に出さないその姿勢から、世間では“絶対零度のお姫様”などと呼ばれているらしい」
「“絶対零度のお姫様”ね……。そんな不純な動機で近づくなんて、失礼だし気が乗らないなあ。僕なんかじゃ、視界に入るのすら憚られる高貴なお方でしょ……」
思わず本音が漏れる。そんな姫に近づいて秘密を探るだなんて、あまりに無理がある。いや、怖すぎる。
「もし、その“秘密”が分かったとして。……ノルザークやお姫様は、どうなるの?」
思い切って聞いてみる。けどフィンは、しばらく黙ったままだった。
「……悪いようにはしない」
「絶対信じちゃいけないやつだ」
つい間髪入れずにツッコんでしまった。いやいやいや、絶対悪いようにする顔してるじゃん。この人、もう心の声を読む必要もないくらい、極悪なこと考えてるオーラがすごいよ。
「僕ね、女の子を傷つけるのは主義に反するんだよ。だから、今回ばっかりは――」
「じゃあ死ぬか?」
即答だった。おかしいな、僕の命は、僕が思っているよりもうんと軽いらしい。
「ほんっと、いい性格してるよね」
ため息をついて、僕は渋々肩をすくめた。
「……分かったよ。行けばいいんでしょ、ノルザーク」