大人になったら忘れてしまうのかな
卒業式の予行練習日、まだ寒さが残る風が体に当たった。正直卒業したくない。たくさんの思い出がある高校で、大事な人たちと離れ離れになりたくない。入試を経て久々に友達と会った。その談笑は入試の疲れを忘れるほどに楽しく、予行練習は少し寂しい思いをしながら過ごした。
放課後、俺は美術部の部室に向かった。部室といってもこじんまりした小教室だ。美術室をいつも使えたわけではなかった。別に用があったわけではなかったが、なんとなくやり残したことがあった気がした。
部室には誰もいない。後輩の作業途中の作品が乱雑に立てかけられている。それを綺麗に立て直してやると、今度は前に自分が使っていた鍵の引き出しを探した。少し配置が変わっているものの、その引き出しはそのままに部屋の奥に放置されていた。俺は財布から鍵を探し出すと、その引き出しを開けた。
「お!リュウジじゃん」
その声に反応して俺は扉のほうを見た。美術部の友達のソウタである。引き出しをいじっているのを反射的に隠そうとしたが、今さら遅いし隠しても何にもならない。
「さっきは練習なのにお前泣きそうだったの笑ったわー。」
からかうように言いつつ、ソウタも寂しげな表情に変わった。
「随分長い時間、ここで過ごしてたよなー。そういやお前その引き出し、何を入れてたんだよ。後輩が扱いに困ってたんだぞー。まさか薄い本...」
「ドアホ!!学校に持ってきて放置するわけないだろ!」
俺はソウタに中に入れていたものを見せた。
「文化祭のとき、今年は特別に校内の装飾を大々的に俺たちに任されたじゃん。そのときほんとにわくわくして、調子に乗ってみんなで出来もしない学校ダンジョンなんて考えちゃってさ。」
「うわぁぁそんなこともあったねぇ。先生と生徒会には、もっと現実的になれ、予算をちゃんと見ろって怒られたっけ。」
「なんていうか、出来もしないことに夢中になってたよね。でも本当にあの時間、空想に過ぎなかったのに楽しかったなあ。ていうか美術部の8割は空想だった気がする。」
「そんなんだから授業中いつもボーっとして怒られんだよお前。」
「残りの2割はちゃんと頑張って市民賞入選しましたけど!?ていうか、ソウタも一緒になって楽しんでたじゃんか!」
「ははは、なんかお前が熱中してるのを見てこっちまで元気もらってたんだよな。楽しかったな、本当に...。」
そんな会話の空気感が鮮明に蘇ったのは、同じ美術部出身の妻に誘われ30年ぶりに母校を訪れた時である。同窓会が教室で開催され、思い出話に花を咲かせ、次に今年新しくなった体育館を見学しに行った。卒業のとき体育館の傍にタイムカプセルを埋めたが、体育館の拡張に伴い掘り返されたという。正直当時の記憶もかなり薄くなっていた。
しかし、新しくなった体育館のデザインには見覚えがあった。余裕があり、雅な雰囲気も漂う大きな入口。最上部には、休み時間にも遊びに行けるような屋根裏の秘密基地。
俺はハッとした。夢中になって体育館のステージ裏に向かった。あの日、ソウタと交わした会話が蘇る。
「ソウター!俺が考えるなら、せめて体育館くらいこんな感じじゃなくちゃ。」
「え、体育館って運動部の住処じゃないの?」
「それだけで終わらせるの勿体ないだろ~。例えばステージの裏に、マンガ図書館を作るとか...」
「それは図書室でいいじゃんか!!笑......確かに夢あるけど」
さすがにマンガ図書館はなかったが、そこは学校の歴史の資料館のようになっていた。自分たちが埋めたタイムカプセルがメッセージとともに机上に載っている。
〈誠に勝手ではございますが、工事開始に際して我々29期生のタイムカプセルを掘り返させていただきました。思い出の母校でタイムカプセルを掘り返した後の、少し張り切った工事となりました。ちょうど30年後に当たる今年、皆様が元気にこの場所を訪れてくれることを祈っています。工事長 高月ソウタ〉
同級生が30年後の自分へ向けた多くの手紙が目に入る。後から来た妻も、手紙を見つけて懐かしさに浸っていた。そんななか、俺がタイムカプセルに入れていたのは、あの日ソウタに見せた体育館の設計図だった。
「一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで。」
ー『千と千尋の神隠し』より 銭婆の台詞
最初は卒業式の恋愛ものを書こうとしたのですが、自分に恋愛ものは無理だ!となった結果、途中からこの言葉を軸に書き進めていきました。でもリュウジの恋模様もいつか書いてみたいですね。甘酸っぱいやつ。