王太子殿下と、もう一人の侯爵令嬢。
「殿下」
「……スウィ嬢、何か?」
スウィが訪ねると、カーシィ殿下は少し目を逸らしながら応じた。
ミスティカが婚約者になってから、何か用事でも話す時にはいつもこの感じなので、気にしない。
少し寂しい気持ちと、ミスティカに対する罪悪感があるのはスウィも同じだった。
殿下も寝ておられないのだろう、少しだけお疲れのご様子が見える。
「あの、ニンジャに関することなのですが……」
そう口にした瞬間、カーシィ殿下がこちらに鋭い視線を向けて眉根を寄せ……少しだけ右肩が上がった。
ーーーこの場で話されたくない……?
右肩を上げる仕草は、殿下が何か言われたくないことを言われた時に見せる仕草なのである。
昔からそうで、ミスティカと二人で話してクスクス笑い合ったことだった。
この部屋の中にいるのは、カーシィ殿下の従者と、スウィのお父様、そしてミスティカのお父様であるサルピス侯爵である。
この中の誰かに、聞かれたくないことなのだろうか。
「ニンジャに関して、何か」
本当は、その正体について口にしようとしていた。
スウィもカーシィ殿下にも共通するのは、あの人物の口調についてなのだ。
『ござる』というあの特徴的な口調。
スウィは本……特に物語が好きなので、実はこっそり【ニンジャ伝説】を読んでいたのだけれど、あの口調のニンジャが出てきたことはないのである。
ーーーもしかして、殿下も?
カーシィ殿下とスウィには、あの口調の人物に関する共通の記憶がある。
だから、スウィの言葉を聞いてニンジャについて話したくないのなら、きっとそれだ。
「……正体について、何か手がかりは掴めたのでしょうか?」
スウィは言葉をぼかして、普通の質問に差し替える。
するとジッとこちらを見つめた殿下は、スッと視線を左下に下げる。
ーーー正解、ですわ。
カーシィ殿下は、図星を突かれた時の目線の動かし方だ。
それもまた、昔の記憶。
殿下との記憶には、いつだってミスティカもいた。
だって彼女は、スウィの恋を応援してくれていたのだから。
相談だって、いっぱいしたのだ。
「……いや、掴めていない。そんなことを訊ねる為に来たのか?」
「申し訳ありません……」
素っ気なく応じられたけれど、スウィは内心で少し希望が見えた。
もしあのニンジャの正体が考えている通りであれば、少なくともミスティカに命の危険はない。
予断は禁物な状況だけれど。
「では、今少し急いでいるので、退出を……」
と言いかけたところで、ふとカーシィ殿下は言葉を途切れさせた。
「いや、良い機会なのでこの場で話しておこう。サルピス侯爵とティオ侯爵にも聞いていただきたい」
「我々も?」
「ということは、娘に関する何か、ですかな?」
カーシィ殿下よりもさらに疲れた様子のサルピス侯爵と、娘である自分の珍しいワガママに申し訳なさそうな顔をしていたお父様が顔を見合わせる。
「ミスティカ嬢にも、スウィ嬢にも関係することなのだが……先日、私の元に皇国皇太子殿下から書状が届いた。両家にも、何か届いていないだろうか」
そう殿下が問いかけると、サルピス侯爵とお父様が顔を強張らせる。
「……届いておりますね」
「どういうことかと思っておりましたが」
「何のお話ですか?」
スウィが尋ねると、三人はそれぞれに探り合うような視線を交わした後に、カーシィ殿下が応えて下さった。
「ーーーかの国の皇太子が、突然、『スウィ嬢ではなくミスティカ嬢を婚約者に望む』という旨の文面を送って来たのだ」
「……え?」
スウィは、思わず目を見開いた。
「もちろん、ミスティカ嬢は私の婚約者であり、かの国にはスウィ嬢との婚約を提案していた」
「受け取り方によっては、宣戦布告に等しいですからな……」
「どういう意図なのかがイマイチ分からず、保留にしておりましたが、まさか三方に手紙を出していたとは」
ーーーミスティカを……?
スウィ自身が嫁ぐかどうかは、どうでも良かった。
カーシィ殿下以外の方であれば誰が相手でも変わらないからだ。
けれど、であれば。
「その返答をどうするにしても、ミスティカ嬢はあのニンジャから取り返さなければならない」
カーシィ殿下が厳しい表情で言い、サルピス侯爵もお父様も重く頷く。
「このタイミングで『ニンジャに誘拐された』などと言っても、何を荒唐無稽な話を、と言われるだけでしょうしな……」
「ミスティカ嬢を渡したくない言い訳をしていると取られましょうな。逆の立場であれば、下手な言い訳にすらなっておりません」
確かに、スウィももし、それを他国から聞かされたとして信じはしないだろう。
皇国は、広大な領地を持つ大国である。
テスタム王国も小国ではないけれど、もし関係が悪化して戦争となれば、かなりの苦戦を強いられることは想像に難くないくらいには差があるのだ。
今までも友好的な関係ではあったけれど、より国同士の絆を深める為に、わざわざ皇族と侯爵家の婚姻を結ぶ。
そういう話だった筈である。
「この段に至って約束を違える、ような何かが、ありましたかな……」
「特段に悪いことというのは、重なるものなのでしょう」
両侯爵の沈痛な顔に、カーシィ殿下は首を横に振る。
「そこまで重く受け止める必要はない。少なくとも現状では向こうの意図も分からず、今すぐどうこうという話ではない。まずはミスティカ嬢を取り戻すことだ」
「は」
「それは、そうですな。……足止めをして申し訳ありません。急ぎのご用事ということでしたし」
重い空気を断ち切るような殿下に、サルピス侯爵が短く答え、お父様が話を終える為に頭を下げる。
「何があったのでしょう?」
「ああ……私もまだ、信じられないのだが」
スウィが最後に訊ねると、カーシィ殿下はまた眉根を深く寄せた。
「ーーー『ミスティカ嬢の部屋のものが全て無くなっている』と、サルピス侯爵に先ほど報告があったそうだ」
続きは明日の昼12時更新です。
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