侯爵令嬢と、緑茶。
三話目です。本日12時にもう一話更新しています。
ミスティカがニンジャに抱かれて顔を真っ赤にしながらたどり着いた屋敷は、やはり一風変わったものだった。
二階建てや三階建ての石やレンガを主に使った建物が多いテスタム王国の屋敷と違い、一階建てで木造の平べったい建物だ。
屋根の上には藁葺きが敷かれており、その上に黒っぽく滑らかで平べったい石が綺麗に並べてある。
「アレは瓦というのでござるよ」
「……淑女の視線を、勝手に読まないで下さいませ」
丁重に降ろされて、地面に足をつけたミスティカは。
これ以上火照った顔を見られないよう、サッと顔の前に扇を立てながらニンジャを睨みつける。
「さ、こちらへ」
しかしそんな視線の方は全く気にした様子もなく、彼はさっさと屋敷に向かっていった。
その屋敷の周りにも、背の低い木を刈り込んで作られた生垣があり、ニンジャが入っていった先には庭が広がっている。
ここまで来て逆らっても仕方がないので、ミスティカは彼の後ろを追って庭に入っていった。
すると何故か、ニンジャは入り口に向かう道を逸れて庭の方に足を踏み入れる。
「この縁側に座るでござる」
と、示されたのは板で出来た軒先だった。
そこから家屋の中を覗き込むと、屋敷の床も板敷きになっており、座れと言われたのは外廊下に当たる部分のようだ。
「わたくしに、外で廊下に座れと?」
「む? この国では御無礼でござるか?」
言いながら、ニンジャは石の足置きに足をかけて、自分がまずちょこんと座ってみせる。
確かに、自然な様子ではあるけれど。
「某の故郷では、このように庭を眺める用途にも使う故。土足厳禁なので、綺麗でござるよ。掃除もしたでござるし」
「……」
ミスティカはやはり少々苦悩した後に、そっとハンカチを敷いて彼の横に腰掛ける。
そうして改めて見た生垣の中の庭は、緑と池で作られた……何というか、自然を感じさせるものだった。
王国の庭とは違い、色とりどりの花が咲き乱れている訳でもなく、一見味気ない。
池も噴水があったり人工的に石を組んだりしたものでもなく、大きな石で囲んであるだけで自然の池のように作られていた。
魚まで泳いでいる。
他に変わった点と言えば、土が剥き出しで曲がった木が植えられている辺り以外は、小さな、砂利というよりも小粒な石が庭に敷き詰められており、磨かれた大石が通路のように点々と続いていることだろうか。
不意にカコーン! という音が響いてそちらを見ると、池の近くにある、チョロチョロと流れる水を受けていた緑の棒が水の重みで倒れて音を立てたようだ。
水が落ちると、また元に戻る。
水飲み鳥の置物にちょっと似ていた。
「あの棒は何ですの?」
「あれはシシオドシというもの。棒は竹という名の植物でござる」
ーーー何の為にあるものなのでしょう?
しばらく経つと、再びカコーン! と涼しげな音を響かせるシシオドシに、ミスティカは首を傾げる。
そうして、改めて庭を見回した。
「この庭、味気ないですけれど……何だか綺麗な気がしますわね?」
「調和というものでござるな。空と木と池、それらの配置で侘び寂びというものを表現しているのでござるよ」
「なるほど」
ワビサビが何かは分からないけれど、調和ということはつまり、音楽のような美しさを表現したものなのだろう。
音楽に代表される『調和の魔導学』は、呪文や魔導陣等にも応用される非常に重要な学問である。
ミスティカが感じたのは見た目の華やかさに対してではなく、美しく配置された魔導陣に感じる類いの美しさだったようだ。
「では、ミスチカ・サン。少々御無礼。すぐに戻るでござる」
そう言って、フッとニンジャが姿を消した。
一人取り残されたミスティカは、庭を眺めながら溜息を吐く。
ーーーこれから、どうしたものかしら。
多分、夜会の方は今頃大騒ぎだろう。
騒ぎを起こそうとしていた自分が、言えたことではないけれど。
戻っても良いことはない。
それでも、戻る努力をしないといけないだろうか。
カーシィ殿下や家族……それにもしかしたらスウィにも、多分心配をかけているかもしれないけれど、どうせ元々消えるつもりだったのだ。
消えた先がこの『雲隠れの屋敷』か、牢屋の中か、そのくらいの違いしかない。
ーーーただ、ニンジャの目的が全く分からないのが困りますわね……。
『心を奪われた』というあの発言の真意は何なのだろう。
もしミスティカを人質に王家や実家に何かを要求するつもり、という話であれば、この状況は少々不味い。
そんなことを考えていると。
「お待たせしたでござる」
「!?」
音もなく真横に出現したニンジャに、ミスティカはビクリと肩を震わせた。
「……せめて足音や気配くらい出されませ。そうポンポン消えたり現れたりされると、落ち着きませんわ」
「善処致そう。それが自然になっている故、多少はご勘弁願いたいでござる」
言いながら、ニンジャは手に持ったものを差し出した。
オボンの上に、持ち手のないカップのようなものが二つ。
『湯』という、見たことない形の黒い模様が太く描かれており、その中に、湯気を立てる緑色の透明な液体が満たされているのを見て……ミスティカは、スッと目を細めた。
「ーーー毒ですの?」
わざわざこのような場所に連れて来た上に、扱いが丁重だったので、その気はないと思っていたのだけれど。
あの『湯』という模様は、もしかしてニンジャの住んでいた場所では『毒』という意味を持つのだろうか。
しかし彼は、あっさり首を横に振った。
「いや、ただの緑茶でござる」
「お茶がこのような色をしている訳がないでしょう」
嘘なら、もう少しマシな嘘を吐いて欲しいものである。
茶と言えば、麦を煮出した茶色のものか、あるいは紅茶のような赤い色合いのものである。
「某の故郷では高級品なのでござるが。では、先に御無礼」
と言って、ニンジャは持ち手のないカップを手に取ると、あっさり口布を下ろしてズズ、と音を立てて啜る。
お行儀が悪い。
けれどそれ以上に、ミスティカは驚いたことがあった。
目以外に初めて見た彼の顔は、異国人のものではあったけれど……とんでもない美形だったのである。
しかしその顔はすぐに隠された。
「これでどうでござるか?」
言われて、ミスティカは我に返った。
パチパチとまばたきをした後、差し出されたオボンに置かれたもう一つのカップに目を落とす。
どうやら彼は、先に毒味をしてみせたらしい。
つまりこの緑の液体自体は、本当に毒ではないようだ。
「……持ち手がないのですけれど、熱くありませんの?」
「これは湯呑みという。熱くないように分厚く作られているでござる」
言われておずおずと手で触れると、ほんのり熱は感じるものの、確かに熱くはなかった。
が、流石に緑の飲み物は抵抗がある……と思ったけれど。
ーーーよく考えたら、死んで元々ですわ。
と、考え直した。
実際、喉は乾いている。
ミスティカが意を決して口をつけ、少し音を立てずに口に含むと、独特の苦味が広がった。
飲み下してしばらくしても、体調に特に変化は感じない。
本当に毒ではない、みたいだけれど。
「……苦いですわ。お砂糖やミルク、レモンはございませんの?」
「緑茶に、甘味を求めると!? あいにく、そういう飲み方は知らぬでござるな」
ミスティカの問いかけに、再度横に腰を下ろしたニンジャが、初めて驚いた声を上げた。
ーーーう〜ん……ストレートティー、と思えば、飲めないこともないかしら。
それにしても、お茶請けくらいは欲しいところだけれど。
疲れと緊張からか、思った以上に喉が渇いていたので、ミスティカはもう一度緑茶に口をつける。
会話も途切れ静かになった庭に、カコーン、とまた、シシオドシの音が響いた。
何だか、平和な気がした。
続きは明日12時更新です。
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