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皇帝陛下の苦難。


 ーーーワズナ皇国、茶室。


「あんの大バカ者がァ!!!」


 ワズナ皇国皇帝トツカノ・ワズナは、庭のハズレにある趣味の茶室の中で、ワナワナと肩を震わせていた。


 わざわざ城から遠い場所に作った六畳程度の狭い部屋。

 何故茶室が、皇城の庭の片隅にこじんまりと作られているのか、は、それが格式高い形であるから……というのは、建前である。


 人前で激情を見せるわけにはいかないが短気なトツカノが、思う存分怒鳴り散らす為の部屋なのだ。


「この大事な時期に!! また出奔じゃと!? 一体何を考えておるのだぁ!!!」


 どう育ったらああなるのか。

 奇人変人のさがが極まり切った息子、クサナギは、やることなすことトツカノの理解を超えていた。


「廃嫡じゃ!!!」

「そ、それはおやめ下さい!!」

「流石にマズいです!」


 怒号に対して慌てて口を挟んだのは、同じ茶室にいる老中オカズ・タヌマガツと、将軍アシナガ・ソンヤマタである。

 だが二人が止めたのは、決してクサナギを買っている訳ではなく……。


「アレを野放しにしたら、それこそ皇国がどうなるか分かりませぬぞ!!」

「そうです!! まして行方をくらませるなどいつもの事ですし、どうせ生きています!!」

「おぬしら、そんな理由で廃嫡を止めることを情けないと思わんのか!?」


 バカ息子の評価に、むしろ怒りを削がれたトツカノはガックリと肩を落とした。

 二人の中年は目を見交わした後、少々沈痛な面持ちになる。


「一応、国を預かる責任感だけは……一応、そう、自由奔放であるということ以外は、一応ですが、ありますからの……それがなくなれば、今以上に好き勝手し始めてしまいますでしょうしな……」

「そもそも単身動いたところで、心配する必要自体はないのが殿下です。殺せるものであれば、既に誰かにとっくの昔に殺されていておかしくはないでしょう……刺客は全て返り討ち、抜け出して何をしているかと思えば盗賊成敗、挙句に【ニンジャ伝説】などという珍妙な書物を流布する始末ですが……それ以外は、ええ」

「それ以外は、と言っても、今は『それ』が問題なのだろうが!!」


 いないのである。

 そしていつ帰ってくるかも、いつも通り分からないのである。


 いつも通り、阿呆な書き置き一つ残して、何処かへ行っているのである。

 こんな時に。


 トツカノがわなわなと肩を震わせていると、二人は遠い目をしながら、滔々とうとうと言い、最後に口を揃えた。


「「全て、あの『忍法』とかいう意味の分からない・・・・・・・・代物のせいで……」」


 ーーーそう、そうなのだよな……。


 トツカノは眉根を寄せて目を閉じた。

 クサナギの使う妙な技の数々は、本物の『忍者』が扱う技の数々とは全く種類が違うものなのである。


 忍者というのは、草の者、とかつて呼ばれていた間者スパイの別称。

 訓練によって身体能力が優れている点や、妖術が得意であったり、潜入が得意であったりという要素こそ、似通ってはいるものの。


 普通の忍者は、刀一本で魔獣を討伐したりは出来ない。

 普通の忍者は、屋敷を異空に作り出したりは出来ない。

 普通の忍者は、皇城を自由に出入りしたりは出来ない。


 クサナギは忍者という人の枠の中に収まる者ではなく……『ニンジャ』を名乗る規格外の存在なのだ。

 確かに妻が産み育てたトツカノの息子である筈なのだが、正直妖怪変化が成り代わっていると言われても驚かないほど、意味不明な強さを備えていて、突飛(とっぴ)な行動をするのである。


 物心ついた頃から、あの珍妙な『忍法』を使う息子に手を焼かされ続けて来たトツカノは、深くため息を吐いて正座で座り直した。


「して、どうする? 正直、テスタム王国に気取られる前に、巫女をこちらに引き込みたいのじゃが。肝心のバカ息子が居らねば、それも難しい」

「しばらくすれば帰ってくるかとは思いますがのう……」


 老中オカズは背中を丸めて、疲れたように目線を下げる。


「何故今になって行方をくらましたのか、お心当たりは?」

「……まぁ、あるといえばあるな。行き先も分からないではない」

「あるのですか!?」


 将軍アシナガがギラリと目を向けてくるのに、トツカノは視線を彷徨わせた。


「あ〜……どうやらバカ息子は、以前テスタム王国に赴いた時にもう一人の婚約者候補であった『ミスチカ』というご令嬢にご執心のようでな……」

「「は?」」

「どうしてもそちらを嫁にしたいと駄々をこねたので、少々口喧嘩をな……?」

「「……は??」」


 二人の視線が少々痛い。


「つまり、説得に失敗したと?」

「どうせまた、頭ごなしに怒鳴りつけたのでは?」

「まぁ……当たらずとも遠からずというところかのう……」

「「つまり、図星ですね」」

「ではどうすれば良かったというのじゃ! みすみす巫女を諦めろと!?」


 クサナギは、別に乱暴者ではない。


 勿論、皇太子として破天荒過ぎる点は有り余りすぎて捨て去ってしまいたい程にあるが、それでも別に他人との争いを好むような性格をしているわけではないのだ。

 むしろ普段は穏やかで優しい気質である。


 そして理解し難い程に性格や格好が珍妙である点を除けば、頭も別に悪くはない。

 しかし、一度こうと決めると頑固だ。


「……殿下に、巫女殿が欲しい理由はお伝えしたのですかな?」


 老中オカズの言葉に、トツカノは小さく首を横に振る。



「言えるわけなかろう……母が呪われて寝込んでいる、などと……」



 対外的には秘匿されている話である。


 誰が呪ったのやも、いつ呪われたかも不明。

 しかし三年ほど前から寝込みがちになっていき、徐々に徐々に眠る時間の方が長くなってしまう呪いらしいことは判明した。


 今までは何とか誤魔化していたが、それも難しくなって来たので……クサナギがいなくなったタイミングで、『長期の旅行に出ている』と誤魔化して、後宮の奥深くに医者と呪術師をつけて匿った。


 今後目覚めなくなる可能性もある、と言われている。

 その前に呪いをどうにかしなければならない、と考えていたところ、ふとクサナギの言葉を思い出したのである。


 ーーーあらゆる病を癒すという〝天照す巫女〟であれば。


 その為の準備を進めていたところ、喧嘩になったのである。

 だが、クサナギに妻である皇妃タオヤの状況を知られるわけにはいかない。


 もし知れれば。



「もし知れれば……あの馬鹿者、王国に乗り込んで巫女を拐ってきかねん……」



 アレには、そういう類いの常識は欠けているのである。


 普通なら躊躇うところを、必要とあれば実行する……そういう性格なのだ。

 老中オカズと将軍アシナガも骨身に染みてそれを知っているので、重々しく肯く。


 力尽くでどうにかなることなら、幾らでも任せておいて構わないが。

 巫女誘拐など画策すれば、それこそバレた時にテスタム王国と戦争になりかねない。


 だから少しでも穏便に済ませようと、婚姻に向けて動いていたというのに。


「どうする……もしバカ息子がテスタム王国に向かったとするのなら、向こうで既に騒ぎを起こしている可能性も高い……」

「そうですね……いっそ、伝えますか?」

「誰に、何をじゃ?」


 老中オカズの言葉に、トツカノが目を瞬くと、彼は西の方角に顔を向ける。


「テスタム王国に、出奔の事実を、です。それをしたら巫女は現状得られませんが、逆にミスチカという少女との婚姻も結べぬでしょう。何せ、本人がいないのですからな。少なくとも話は止まるかと」


 それに反論したのは、将軍アシナガ。


「だが、皇后陛下の件はどうする? それならいっそ、出奔の事実を隠して早急に巫女だけを得てしまった方が……どうせ帰ってくるのだ」

「ですが、向こうで騒ぎを起こした上で身分でも明かそうものなら、余計にややこしくなりますな。皇国への信頼も失われますぞ」

「時間がないのだぞ。もし皇后陛下が身罷(みまか)られれば、それこそ悔やんでも悔やみ切れぬだろう」


 トツカノは二人の話を聞いて、悩んだ。

 様々な影響や、不確定なクサナギの動きを秤に掛け。


「……出奔の事実のみ明かそう。事態がどう転ぶかは分からぬが、もし多大な借りとなっても、最後はタオヤが呪われたことも明かして、協力を仰ぐのも致し方ないと考えよう」

「……宜しいのですか。出奔も皇后陛下が呪われた事実も、皇国の醜聞ですぞ」

「どちらも開戦よりはマシじゃ。後はバカ息子が余計なことをしていなければ、良い」


 トツカノの決断に、二人は黙って頭を下げる。

 だが、書状が届いた時には既に遅かった。


 ーーークサナギは、とっくの昔に騒ぎを起こしていたのである。

 

第二章開始ですー♪


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― 新着の感想 ―
[良い点] 殿、手遅れにござります・・・ 忍者とニンジャは別物だったのか!
[良い点] トツカノ、オカズ、アシナガの三人にもう遅いです、お疲れ様です、と言いたいですね(笑)。クサナギの忍法はやっぱり摩訶不思議だったんですね。今後も皆の活躍に期待です。
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