悪役令嬢と、ニンジャの名前。
光が収まった気配を感じて、ミスティカは恐る恐る目を開けた。
「今のは……?」
「とんでもない光でしたねぇ〜」
驚いたのだろう、思わず、といった様子で言葉を漏らしたイスネを振り向こうとして。
ミスティカは、自分の体の異変に気づいた。
「足、が……?」
動かない、のではない。
逆だ。
何の違和感もなく、動く。
「今の……は……」
腕に抱いたスウィが呆然と呟くのに、ミスティカは問いかける。
「どうしたのです?」
「脳裏に、言葉が。これ……」
それを聞いて、ミスティカも目を見開いた。
「まさか、スウィに祝福が!?」
でも何故、今になって。
ミスティカが混乱していると、カーシィ殿下が剣を納めながら歩み寄ってきて、問いかける。
「スウィ嬢。浮かんだ言葉は?」
「……『無病息災』です」
彼女の言葉に、殿下が固まった。
ミスティカも一瞬、頭が真っ白になる。
ーーーその祝福は……!
これまで、数える程しか歴史に現れたことのない祝福の名。
歴史に名が残るような事件や疫病の蔓延等に際して現れることが多く、最も女神に愛された者に与えられるという、奇跡の力。
「スウィ嬢は……〝女神の聖女〟だったのか……」
『無病息災』は、ありとあらゆる病や怪我を癒し、瀕死の重症であろうとも快癒するというとてつもない祝福である。
もしその祝福の持ち主が現れたら、決して国外に出さず、必ず王家との婚姻を望まれるという程の。
「まさか……まさか」
昔から、魔力も豊富で、誰にも教わることなく魔術を操っていたスウィ。
言われれば納得しかなく……徐々に喜びが湧き上がったミスティカは、スウィをもう一度抱きしめた。
「スウィ! やっぱり貴女は特別だったんだわ!!」
「ミ、ミスティカ……?」
「そうよ! 貴女が『無能』なわけがないのよ! あんなに凄かったんですもの! もう、何の障害もなくなったわ!」
〝女神の聖女〟の存在は、その初代の生誕の日を、国の祝日とするくらい素晴らしいものなのだ。
「わたくしとカーシィ殿下の婚約を解消する理由としても十分よ!!」
「あ……」
そう。
もしカーシィ殿下が最も懸念していたこと一つ。
婚約解消によってミスティカの名誉に傷がつくことは、なくなる。
国として、〝女神の聖女〟を手放す選択肢など、ないのだから。
「それに……触って、スウィ」
ミスティカはスウィの手を取って、自分の背中を触らせる。
すると、彼女も気づいた。
「傷が……!?」
「ええ。治ったわ。スウィ、貴女の力よ!!」
足の傷痕も背中の傷痕も、消えている。
今の光と共に解き放たれた、スウィの祝福の力によって……本当に何の憂いも、なくなったのである。
「ああ……ミスティカ!!」
スウィも喜びと共に、また涙を流した。
カーシィ殿下も安堵したような顔をしていたが、同時に訝しげに呟く。
「しかし、何故今……?」
「何かあるとは思っていたが、やはりでござるな」
そこで口を開いたのは、ニンジャだった。
「何がやはりなんだ?」
「スウィ嬢の内に、力の気配をずっと感じていたのでござる。が、おそらくは己が在りようを心のどこかで受け入れておられなかった……故に、力が封じられていたのでござる。大きな力を受け入れるには、それに足る心の器を要するもの故」
ニンジャは特に感慨を覚えた様子もなく、変わらぬ調子で顎を撫でる。
「ミスチカ・サンと心を通じ合わせたこと、己が想いを口にする勇気を持ったことで、女神とやらに認められたのであろうな」
「心……そうですね。私の心が、弱かったから……」
スウィは、ちょっと情けなさそうな顔で、ミスティカを見上げてくる。
「もっと早く、貴女と向き合う勇気を持っていれば、きっとこんな事にはならなかったのね」
「そんなの、スウィのせいではないわ」
勇気がなかったのは、彼女だけではないのだから。
カーシィ殿下も頷く。
「そう、スウィ嬢だけの責任ではない。……しかし、ニンジャよ」
「何でござるか?」
「貴殿、ミスティカ嬢に求婚したのか?」
「してないでござる。何となく危うそうな気がした故、とりあえず一晩匿った次第」
「ニンジャと呼ばれているが、名乗ってもいないのか?」
「問われなかったでござる。ニンニン」
「あのな……」
カーシィ殿下が深く溜め息を吐くのに、ミスティカは首を傾げた。
「先ほどから、何の話をしているのです? 殿下、このニンジャとお知り合いなのですか?」
「ああ、知っている。……貴殿はこれから正式な手続きを踏め。騒ぎを起こすだけ起こして、この期に及んで逃げようとするなよ?」
「む?」
「誰なんですの?」
頭痛を覚えたようにこめかみを押さえたカーシィ殿下は、眉根を寄せながらミスティカに告げる。
「少し前に、彼は王家、サルピス、ティオの三家に書状を送りつけてきた。『スウィ嬢ではなく、ミスティカ嬢を伴侶に望む』とな」
「は?」
意味が分からない。
そう思っていると、カーシィ殿下は重々しく、彼の名を告げた。
「この男は……東のワズナ皇国皇太子、クサナギ・ワズナだ」




