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悪役令嬢とスパダリニンジャ~皆の為に破滅を望んだ悪役令嬢は、突如現れたニンジャに救われるようです。~  作者: メアリー=ドゥ
王国の騒動

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悪役令嬢と、対話。

 

「そこで止まるでござる」


 クナイの立っていた場所から繋がっていた、霞を抜けた林道の先。

 屋敷にたどり着いたカーシィ達にそう声を掛けて来たのは、腕を組んで門の前に仁王立ちニンジャだった。


「ここは私有地。何用でござるか?」

「それを問うのか? ミスティカ嬢を返して貰おう」


 カーシィが剣を抜き、スウィ嬢を背に庇いながら告げると、ニンジャは特に戦う気配を見せずに顎を撫でた。


「ふむ。と、カーシ殿は述べているが、どうするでござるか? ミスチカ・サン」


 門の向こうに向けて彼が問いかけると、静々と進み出て来たのは、ミスティカ嬢だった。


 彼女の横には、行方不明になっていた侍女イスネも付き従っている。

 どちらも特に怪我などはしていないようで、カーシィは安堵した。


「ミスティカ! 良かった、無事で……!」

「まだだ」


 そう言って駆け寄ろうとするスウィ嬢を制して、カーシィはニンジャに問いかける。


「何の目的で、ミスティカ嬢を誘拐した?」

「誘拐とは言葉が悪いでござるな。それがしは、彼女をただあの場から救い出したに過ぎぬ」

「……やはり、貴殿は」


 おそらく、もうニンジャの正体は『彼』で間違いないだろう。


「ちょうど良かったでござる。ミスチカ・サンは、先ほどそなたらとの対話を望んだ故。ここで済ませるが良かろう」

「ミスティカ嬢が?」


 言われてカーシィが彼女に目を向けると、どこか緊張した様子で、ミスティカ嬢は口を開いた。


※※※


「カーシィ殿下。お話がございます」


 ミスティカが話しかけると、彼は小さく首を横に振った。


「すまない。話があるというのなら、私の用件から言わせてくれないか」

「何故ですの?」

「言っておかなければならないことだからだ。ミスティカ嬢……私は、君との婚約を解消しようと思う」


 彼の言葉に、ミスティカは息を呑んだ。

 まさか今この状況で、今まで頑なに口にしなかったその言葉を聞くと思わなかったからだ。


「……ようやく、わたくしを見限ったということですのね?」

「いいや、逆だ。私は、自らの間違いを正してかつての君を取り戻す為に、それが必要だと思った。これは、ケジメだ」


 ミスティカは、決意に満ちた顔をしたカーシィ殿下に、数度瞬きをする。


「私は、君の気持ちを考えていなかった。この状況をミスティカ嬢を憂いている本当の理由を……我々が自分の気持ちに『嘘』をついていることが、君を苦しめていたのだと、この件があってようやく気づいた」


 彼は背筋を伸ばしたまま、自分の胸に拳を当てる。


「すまなかった。私は、今のままではミスティカ嬢の前に立ち、話をする資格がないと思ったのだ。だから君の憂いを断ち、その上で話し合いたい。……友人として、昔のように」


 その言葉に、思い出が蘇る。


 顔を合わせるだけで幸せそうだった、カーシィ殿下とスウィ。

 それを見守るだけで嬉しい気持ちになって、笑みを抑え切れなかった自分。


 この傷を負った、事件さえなければ。


 ーーー昔のように。


 彼の発言で、ミスティカはイスネの言う通り、こちらの態度の理由が全てバレていたことを悟った。

 

「……殿下だけの責任ではありません」


 気持ちに嘘をついていたのは、ミスティカも同じ。

 話し合うことを拒絶したのは、ミスティカも同じ。


 カーシィ殿下がスウィへの気持ちに嘘をついていたように。

 ミスティカも、二人への気持ちに嘘をついて、背を向けたのだ。


「わたくしも、間違ったのです。ニンジャとイスネに、それを気づかせて貰いました。だから、殿下とスウィに、お会いしようと思ったのです」

「ミスティカ嬢……」

「ミスティカ……!」


 スウィが、一歩足を踏み出してくる。

 その悲しそうな表情に、後悔を含んだ瞳の色に、伸ばされた手に……ミスティカは顔を綻ばせた。


 すると、スウィが大きく目を見開く。

 彼女にこうして笑みを見せるのも、いつ以来だろう。


「スウィ、聞かせてくれるかしら。……貴女は今でも、殿下をお慕いしていて?」


 唇を引き結んで、泣くのを堪えるような表情をした彼女は、小さく答えた。


「……ええ」

「でも、わたくしが居るから、その気持ちを押し殺していたわね」

「ごめんなさい……」

「謝る必要はないわ。元々、二人の間に割り込んだのはわたくしの方なのだから」


 分かっている。

 

 一度婚約が決まった以上は、婚約解消などすれば『何か瑕疵があったか』と囁かれ、サルピス侯爵令嬢の名誉が死ぬ。


 ミスティカの為を思えばこそ、覆す訳にはいかないこと。


 さらに問題なのは、その後。

 もし仮に他家との婚約が成立したとしても、嫁いだその日の夜に暴かれるのだ。


 誤魔化しの利かないほど深く、大きくつけられた、ミスティカの背中と足の傷跡が。


 それもまた、ミスティカの為を思えばこそ。

 令嬢の体に傷がついているなど、あり得ぬこと。


 その風習に囚われた者らから、ミスティカを守る為。


 分かっている。

 カーシィ殿下も、スウィも、そしてミスティカ自身も。


 ーーーけれど。


 風習に囚われていたのは、ミスティカらも同じだった。


 その上でカーシィ殿下は、ミスティカの立場ではなく、気持ちを守る選択をしてくれたのだ。

 スウィも、嘘をつかずに自分の気持ちを教えてくれた。


 だから後は、ミスティカさえ、自分の気持ちに素直になれば。


「ねぇ、殿下。わたくしは貴方を、誠実で優しい人だと思うわ」


 ミスティカは、スウィから彼に目を向ける。

 後悔と責任感から、精一杯、友人であるミスティカを世間から守ろうとしてくれた彼に、はっきりと告げた。


「―――けれどそんな誠実さは、わたくしには息苦しかったのです」


 それが、素直な気持ちだった。


 ずっと苦しかった。

 ずっと。


 もう二度とあんなことが起こらないように、強くなろうと努力するカーシィ殿下の姿も。

 そんな彼を諦めと共に見つめる、親友のスウィも。


 自分の力ではどうにもならない、自分の状況も、何もかもが。


 だからいっそ、嫌われようと思った。

 カーシィを貶して、スウィを遠ざけて、まるで王太子妃に相応しくない女として振る舞えば、その内、二人とも自分に愛想を尽かすだろうと。


 ミスティカはそう思っていたのに。


 二人は決して、悪様なことは口にしなかった。

 それどころか、どんな酷い言葉を吐いても、振る舞いをしても、ミスティカを絶対に責めなかった。


 ただ、悲しそうな目をするばかりで。


「……ミスティカ」

「わたくしの貴方への想いは、決して恋ではないわ。そして貴方からわたくしへの想いもまた、ただの友愛でしかないのですもの。だから、幸せになって欲しいの」


 どこまで行っても、今のままではミスティカは邪魔者なのだ。

 親友達の心を知っていれば知っている程、自分の境遇を呪っていた。



「貴方がスウィと添い遂げることが、わたくしが一番望む幸せの形なのです」


 

 三人とも、自分のことを望んでいた訳ではないから、すれ違ってしまったのだ。


 ーーー言えた。


 その安堵で、じわりと目頭が熱くなる。


「たとえ生涯を一人で過ごすことになったとしても、わたくしは、あなた方に幸せに笑っていて欲しいのです。この傷は誉れだと、ニンジャは言いました」


 ミスティカさえ、そう思えるようになれば。

 殿下を守ったのだからと、胸を張れていれば。


 風習に囚われていなければ。

 そう、きっと、こんなにも簡単なことだったのだ。


 カーシィ殿下は目を閉じて、苦悶の表情を浮かべる。


「ミスティカ嬢。その答えを口にする前に、一つだけ聞かせて欲しい」

「ええ」

「君はどうなる。それで、幸せになれるのか?」


 そう問われて、ミスティカは微笑んだ。


「気になるのは、そんなことなのですか?」

「違う。私と……スウィ嬢にとって、それが一番大切なことだ。恩人で、最も近い友人である君に幸せになって欲しいと、ずっと、そう望んでいた」


 ミスティカは、ついに堪えきれなくなる。

 頬を一筋、涙が伝うと、もう、止められなかった。


 笑みを浮かべたまま、けれどとめどなく涙が溢れてくる。


「わたくしは、戻らぬ方が良いのではないかと考えています。ニンジャが受け入れるのなら、彼と共にここで過ごすのも、悪くないのではないかと。殿下の懸念した傷のことを、まるで気になさらない方です」


 何を考えているか分からない、珍妙な男性ではあるけれど。

 少なくともそう、カーシィ殿下が最も懸念していて、ミスティカ自身が呪っていた傷を、受け入れてくれる人ではあるのだから。


 ミスティカは昔のように少し茶目っ気を含んで、彼に正面から告げる。


「この人なら、きっと、わたくしを退屈させないでしょうし」


 ―――『だって貴方、退屈なんですもの』。


 それは、このニンジャが現れたあの夜会の時に、ミスティカがカーシィ殿下に告げた言葉の、ちょうど裏返し。

 彼は大きく息を吐いて、どこか複雑そうな目をニンジャに目を向ける。


「なるほどな。……だが一つ聞かせて欲しい。ニンジャ、貴殿はミスティカ嬢の傷を誉れだと、本当にそう思っているのか?」

「うむ。逆に何故、そうでないと思うのでござるか?」


 二人がそんなやり取りを交わす間に。


「ミスティカ!」


 ついに、スウィがこちらに駆け寄ってきた。

 今度は殿下も、それを止めない。


 彼女の目にも、涙が浮かんでいた。


 ニンジャは特に動くこともなく、その横をすり抜けたスウィは、ミスティカに抱きついてくる。

 その体を、ミスティカはしっかり抱きしめた。


「ごめんなさい、スウィ。ひどい言葉を、何度も……ごめんなさい」

「違うわ。違う……わ、私が、殿下への想いを捨て切れていれば、貴女をこんなに苦しめずに済んだのに……! ごめんなさい……」

「いいえ。いいえ。邪魔をしたのは、わたくしの方なのよ……!」


 顔を上げたスウィは、こちらの頬に手を伸ばしてくる。


「わ、私は、『無能』なのよ。皆、それを、女神の祝福を受けられなかった私を、哀れんで……けれど、殿下と貴女だけは、そうではなかったわ」


 彼女は、泣き笑いの顔で、嬉しそうに言った。


「貴女の傷痕も、同じよ。そのままの私を、ミスティカと殿下が愛してくれたように……きっとニンジャも、そのままの貴女を受け止めてくれたのね」

「……ニンジャが?」


 そう言われて、ミスティカは戸惑う。

 たとえ『無能』でも、スウィはスウィだと、ミスティカ達が受け入れたように。


 ニンジャも、ミスティカを。


「ええ、ミスティカ。そのままの貴女を、ニンジャも……殿下も、私も、愛しているのよ」


 そう、スウィが口にした瞬間ーーー彼女の体が、青い光を放つ。

 それは、女神の祝福を授かる時の輝きと、同じもの。


「スウィ?」

「え……?」


 その輝きが、どんどん強まってゆき。

 やがて目を開いていられない程の光が、周囲を包み込んだ。

 

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