その9
郊外の湖は青く澄んでおり緑の木々に囲まれた一角ではちょっとした野宿が出来そうな緑の草原となっていた。
しかもあまり人が寄り付くような場所でないようでフィオレンティーナは草原の一角で馬から降り立つと周囲を見回しながら
「こんなに良い場所なのに人がいないなんて」
勿体ないわね
とポツリと零した。
それを馬から同じように降りながら
「それはそうだろう」
ここはトンプソン家の特別な領地だからな
と言い
「一般の領民が入ってはならない場所になっている」
と告げた。
そして、フィオレンティーナを見ると草の上に座って
「座れ」
と言うと、登る太陽を見上げて
「取り合えず昼食を取りながら話をする」
と告げた。
フィオレンティーナも草の上に座りながら
「密談、と言うことね」
と心で呟き
「その前にお聞きしたいことがありますが、よろしいでしょうか?」
シャールさま
と告げた。
シャールは弁当を広げながら
「ああ、お互いに共犯になるんだ」
なんでも聞いてくれ
と告げた。
フィオレンティーナは「共犯」と心で突っ込みつつ
「まあ、良いわ」
とさっぱり答えを出すと
「アーサー王子がオズワンドの王族だということはご存じだと思いますが」
ご信用されているのですか?
と聞いた。
シャールは彼女をジッと見つめ
「お前は信用していないのにここへ来たのか?」
と聞いた。
フィオレンティーナは少し考えて
「今回の件に関しては信用しています」
けれど全面的に信用してるわけではありません
「彼はオズワンドの王子ですから」
恐らくフェーズラッドで今起きていることの背後にはオズワンドが関わっていると思っていますので
と答えた。
シャールが『共犯』と言った内容は恐らくは今の状況の打開策だと宿屋のサラアやアーサーの様子から判断できた。
彼は王女を王族の証と共にアイスノーズへと連れてきた。
フェーズラッドの乗っ取りを阻止するためだというのは明白である。
そのアーサーに力を貸し現状を替えようとするという答えは一つだけである。
『いま王族に成り代わろうとしている者と対峙すること』
混乱を収めようとしているということである。
そのためにフィオレンティーナも来たのでシャールに力を貸すことは吝かではないが……彼とアーサーの関係を知りたかったのである。
フィオレンティーナの知らないオズワンドの侵略の裏で動くアーサーの真意がわかるかもしれないと思ったからであった。
シャールはさっぱりと
「確かにアーサーさまはオズワンドの王子だがフェーズラッドの王を裏切ることはしないと俺は思っている」
と告げた。
「サラアおばあにしても王にしてもアーサーさまを良く知っているからな」
俺もよく遊んでもらった
「あの人は信頼できる人だ」
フィオレンティーナは目を見開くと
「アーサー王子はこのフェーズラッドへよく来られていたということですか?」
と聞いた。
シャールは頷き
「ああ、これはサラアおばあから聞いた話だがアーサーさまとオーロラさまの新婚旅行はこの町だったんだ」
二人とも子供子供してておままごとみたいで微笑ましかったっといっていた
「俺もお二人とここへ来たが……仲が良くて」
と目を細めて
「あんなことがなかったら今年も来ていたと思うとな」
と呟いた。
フィオレンティーナは腰を浮かせると
「何があったんですか?」
と聞いた。
シャールは腕を組むと
「もしかして、アーサー王子に惚れてるとか? だったら、あの人は靡かないから儚い思いは捨てた方が良い」
と言うと
「お前ほど器量も度胸もあれば引く手あまただから頑張れ!」
と告げた。
フィオレンティーナは「は?」と首を傾げると
「あ、私……結婚しております」
と答えた。
……。
……。
シャールはフィオレンティーナを見ると
「……そうか」
と答え、二人して沈黙を広げた。
シャールは息を吐き出すと
「5年前に……公にはなっていないがオズワンドの前王が暗殺された」
その暗殺の手引きをしたというのがオーロラさまの父親で一族が全員処刑された
「オーロラさまは絶対に違うと言っておられたので冤罪だと俺は今も思ってるけど」
何もできなかったんだ
と告げた。
「アーサーさまはオーロラさまを守るために一時サラアおばあの宿屋でオーロラさまを匿っていた」
オーロラさまは何も食べなかったし毎日虚ろにアーサーさまの帰りを待っていて
「俺も会いに行ったけど痛々しくて声もかけられなくて」
1年ほど滞在していていたけど迎えに来たのはアーサーさまではなくて王になったばかりのリヒャルト王だった
「それから暫くしてからはアーサーさまだけが時折やってくるようになって」
オーロラさまはあれから全く来なくなったな
フィオレンティーナは涙を浮かべると唇を噛み締めた。
痛いほどわかるのだ。
冤罪だったら……心臓が捥がれるほど悲しく辛いことなのだ。
フィオレンティーナ自身もあの過去があったから悪徳令嬢と言われても、どれほど、この手が汚れたとしてもグリューネワルト達を陥れずにはいられなかったのだ。
静かに涙を落とすフィオレンティーナにシャールは目を見開いて凝視し、そっと指先を伸ばして彼女の涙を拭った。
「お前もオーロラさまと同じ目をして泣くんだな」
でも結婚しているってことは
「その心の傷を受け止めて包んでくれた人が側にいるんだってことだな」
良かったな
フィオレンティーナはそれに綺麗に微笑むと
「はい」
とカイルを瞼に描いて答えた。
アーサーがあの時にさらりと言った結婚と離婚の裏にはきっと大きな何かがあったのだろう。
フィオレンティーナはアーサーがいまオズワンドの侵略の裏で動いている理由の一つに恐らくオーロラ王妃の悲劇が関わっているのだと何となく感じたのである。
同じような境遇の中で光と影の道をフィオレンティーナとオーロラ王妃が歩いているとはこの時はそこまで考えることができないでいたのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。