その8
領主の館は広々とはしていたが豪華と言うほどではなかった。
フィオレンティーナはロッシュと分かれると迎えに来ていた侍女と共に廊下を歩いていた。
廊下の装飾や飾られているモノでその館の主の在り方が見えるというものである。
フィオレンティーナはチラリチラリと観察しながら
「意外と倹約家というか……贅沢をしない領主のようね」
と心で呟いた。
「最も、グリューネワルトとかは権勢を誇ろうと必死だったから比較の対象にはならないけれど領民から搾取するタイプではなさそうだけど」
町の中には兵士が多く徘徊していたところを見ると風見鶏タイプかもしれないわ
彼女はそう判断すると言動と行動に注意することにしたのである。
権力に弱い者は良くも悪くも言う上に誰が立とうと立ったものの言う通りにするのだ。
恐らく、今は王と王女の行方を追っているだろうと彼女は考えたのである。
フィオレンティーナを案内していた侍女はそれなりに飾りのある華やかなドアの前に立つと
「ここがご子息シャールさまのお部屋でございます」
貴女の仕事はシャールさまの身の回りの世話をすることです
と告げた。
「シャールさまは気難しい方なので指示はシャールさまからありますのでくれぐれも粗相のないように」
フィオレンティーナは頭を下げると
「かしこまりました」
と答え、侍女がノックをした後に声が返り部屋へと共に足を踏み入れた。
高い天井に大きな窓が部屋の奥にあった。
綺麗なベッドに壁には絵画が飾られており、机が一つ右の壁に置かれ、その隣に本が並ぶ書棚があった。
やはり、子爵の息子の部屋としての最低限レベルの華やかさはあったが豪華と言うほどではなかった。
フィオレンティーナはその机の椅子に座っている栗色の髪の青年を見た。
シャール・トンプソン……領主であるハリス・トンプソンの息子である。
シャールはフィオレンティーナを見ると隣に立って頭を下げて「宿屋のサラアが連れてきた娘でございます」と告げた侍女に
「マリ、お前はもう下がって良い」
と言い、彼女が立ち去るとフィオレンティーナに
「こっちへ」
と呼び寄せた。
フィオレンティーナはシャールの前に進み
「本日より勤めさせていただきますフィオレンティーナと申します」
と頭を下げた。
シャールはジッとフィオレンティーナを少し見て
「サラアの親族ではないな?」
と聞いた。
フィオレンティーナは冷静に
「はい」
と答えた。
「しかし、表向きはサラアさんの親戚の娘となっております」
そう正直に付け加えた。
シャールがサラアが連れてきたことに拘っているということは彼女との間に密約が交わされていると思ったのである。
シャールは腕を組んでフィオレンティーナを見ると
「……そんな正直なことを言ってサラアが困ると思わなかったのか?」
と聞いた。
フィオレンティーナは微笑むと
「シャールさまがサラアさんの紹介であることに拘っていたので私のような者が来ることは前提だと思いました」
と告げた。
「恐らくアーサー王子とも面識があると考えます」
シャールは目を見開くとクククと笑って
「なるほど、アーサーさまはかなり人選をしてくれたようだ」
と言い
「アーサー王子が貴女を選んだということは信用に足る人間だと判断したと思うので俺も信用することにする」
と告げた。
「ただし一つだけ守ってもらわないといけないことがある」
フィオレンティーナは冷静に
「内容によりますが」
と返した。
シャールは笑みを深め
「領主の息子にも物怖じしないとは余計に良い」
と言い
「例え我が父であっても、いやそれ以上の権力のある者であっても俺が、俺たちがすることは口外しないこと」
それだけだ
と告げた。
フィオレンティーナは頭を下げると
「かしこまりました」
と答えた。
シャールは頷いて笑むと
「では、今から遠乗りに行こう」
馬は乗れるか?
と聞いた。
フィオレンティーナは目を瞬かせつつも
「大丈夫でございます」
と答えた。
シャールは彼女を連れて部屋を出ると廊下を掃除していた侍女に
「今から遠乗りに行くのでフィオレンティーナに昼食を持たせてくれ」
と告げた。
侍女は頭を下げると
「かしこまりました」
とフィオレンティーナを連れて厨房へ連れて行った。
彼女はフィオレンティーナを見ると
「気難しいシャールさまの第一段階は超えたようだね」
と言い
「頑張っておくれよ」
とシェフから弁当を受け取りフィオレンティーナに渡すと馬小屋の前へと連れて行った。
シャールは馬に乗りながらフィオレンティーナから弁当を受け取り
「その馬を使うと良い」
気性が穏やかで気立てが良い
「パレアナだ」
と告げた。
フィオレンティーナは白い綺麗な馬に乗ると優しくパレアナを撫でて
「お願いね、パレアナ」
と告げた。
侍女はそれを見ると
「馬に乗れるのかい」
ひゃー
と声を零した。
シャールも少し驚いたものの
「よし、じゃあ行くぞ」
と馬を走らせた。
フィオレンティーナも軽くふくらはぎで馬の腹に触れ、馬を走らせた。
太陽の高度はゆっくりと上がり、二人は町中へ出ると家々が並ぶ通りを抜けて郊外の湖がある森へと出掛けた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。