その2
長い髪を編み込み鮮やかな彩の華で飾り付け、白いベールと白いウェディングドレスを身に纏いフィオレンティーナは聊か落ち着かない面持ちでアイスノーズに来た頃から侍女をしていたアンに
「どうしてかしら、断罪の場より落ち着かない気がするわ」
とぼやいた。
あと数時間でアイスノーズの第三皇子であるカイル・ホワイト・アイスノーズとの婚礼の儀式が始まるのだ。
アイスノーズで起きた騒乱の後始末に時間がかかり、漸く今日めでたく結婚と言う運びになったのである。
だが、フィオレンティーナの気持ちは何時になく緊張が走り、ふぅ~とため息を朝から何度も零していた。
嬉しいことは嬉しいのだが。
何故か緊張が走る。
彼女はブーケを差し出すアンに
「アンも断罪の場の方が落ち着くと思わない?」
と聞きながらそれを受け取った。
アンは冷静に
「いえいえいえ、それを私に聞かないでください」
絶対に思いません!
と心で突っ込み
「お綺麗ですよ、フィオレンティーナさま」
と微笑んだ。
扉の向こうではザワザワとざわめきが広がり、結婚式を前に誰もが慌ただしく働いているのだとアンは少し笑みを浮かべた。
こういう活気はよい活気である。
フィオレンティーナはふぅと息を吐きだして
「覚悟を決めることね」
と呟いた。
アンは心で
「どんな覚悟ですか!」
と更に突っ込みつつ、そこは声に出さなかった。
が、その時、一際大きな悲鳴が響き、扉が開くと煤汚れた男が少女を片手に抱いて姿を見せた。
美しく着飾ったフィオレンティーナを前に男は笑みを浮かべると
「これは、アイスノーズの聖女にふさわしいいでたちだな」
と言い
「そうか、今日は婚礼の儀か」
と呟きながら、少女を下ろして彼女に引き渡すと
「彼女を頼む」
俺はしなければならないことがある
と告げた。
フィオレンティーナは驚いて
「アーサー王子!? 貴方と私は……」
敵同士、と言いかけて言葉を飲み込むと代わりに
「いえ、何故?」
と聞いた。
アーサーは笑むと
「君しかいないからだ」
と答えた。
フィオレンティーナは少女を見下ろしてペンダントに目を向けると
「これを見たことがあるわ」
確かフェーズラッドの
と言うとハッとして顔を上げた。
アーサーは彼女に背を向けて
「やはり、君と話すのは楽でいい」
そういうことだ
と言い、足を踏み出しかけた。
が、フィオレンティーナはそれを止めると
「待って!」
と言うと、現れた兵士たちが慌てて捕えようとするのを
「捕まえないで! アーサー王子と大切な話をしているの」
と言い
「それより、カイル皇子とアルフレッド皇子とジョン皇子を急ぎ呼んでちょうだい」
と指示を出した。
隣で立っていたアンはフィオレンティーナの凛とした横顔を見ながら
「……先よりフィオレンティーナさまらしいと思っては不謹慎の気がするけれど」
と心で呟いていた。
フィオレンティーナは少女の目線に合わせて屈み
「私はフィオレンティーナ・フォン・コルダと言います」
お名前をお聞きしても良いかしら?
と告げた。
少女は視線を伏せて唇を閉ざした。
余程恐ろしい目にあったのだろう。
そして、その瞳の憂いと暗さにフィオレンティーナはかつての自分を思い出していたのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。