その1
天才画家と言われたクリスティーヌ・セバンの天界の争乱が美しく描かれたドーム状の天井に、黄金で装飾されて等間隔に並ぶ支柱。
その唯一無二の豪華な空間はかつて聖皇国と謳われたオズワンドの玉座がある謁見の間であった。
左右両側には近衛兵が立ち並びその中央を目通りを望むものが歩いてくるのである。
オーロラ王妃は歩いてきたその人物を玉座の隣にある王妃の席から見下ろし綺麗な笑みを浮かべて迎えた。
黄金に輝く波打つ長い髪に青く透き通った瞳。
唇は紅を帯びて愛らしく一目見て彼女の容貌に落ちぬ者はいなかった。
いや、オーロラは心の中で一人の面影を描いた。
今、隣で虚ろに座るオズワンドの現王であるリヒャルト・オズワンドの実弟であるアーサー・オズワンドである。
彼だけが彼女の容貌に落ちることがなかった。
オーロラは跪いてアイスノーズでのことを報告する名も知らぬ兵士を見下ろし
「この私を殺しに来るのは貴方でしょ? アーサー」
早くしないと
「私はこのオズワンドを世界を根底から腐らせて壊してしまうわ」
私にはその資格も力もあるのよ
「そうでしょ? 愛しい愛しい……私の元夫である『あなた』」
と心で呟き、綺麗な笑みを浮かべると
「そうですか、サザンドラに続いてアイスノーズの崩壊まで失敗してしまったということですね」
と呟いた。
そして、何も言わず虚ろに前を見たまま座っているリヒャルトを見ると
「しかし、我がオズワンドが絡んでいると知られると困りますわね、リヒャルト王」
と微笑みを深めて見つめた。
オズワンドが今進めている計画に支障が出てしまう可能性があるということだ。
それに報告をしていた兵士は慌てて
「し、しかし……失態をしでかしたウッド公爵と今回の侵略を口外しそうなものについてはこの世にもうおりません」
と報告した。
オーロラ王妃は兵士を見下ろして
「それは良くやりました」
と言い
「しかし公爵を一介の兵士が手にかけたのは問題ですわね」
と困ったように告げ、近衛兵に向いて静かに頷いた。
兵士は驚くと
「し、しかし、それは…貴方様が…」
と言いかけたが、背後から胸元を剣で貫かれるとそのまま目を見開いて前へと倒れ込んだ。
オーロラは笑みを消し去ると後ろに立ち血に濡れた剣を手にしている近衛兵に
「愚かしいことだわ」
失敗しておきながらノコノコと戻ってきて命があると思うとは
「それを片付けなさい」
目障りだわ
と命令すると視線を下げて
「……サザンドラにアイスノーズ……いえ、それにフェーズラッドにイース……かつては全てこの聖皇国の領地だった反逆者たちの国」
アーサー、貴方はそんなものを守ろうと思っているのよ
「あの国たちが私たちにしたことも忘れて……」
私は貴方が守ろうとしている全てを壊していくわ
「それが貴方への愛の証であり貴方への復讐」
と小さく呟き目を細めた。
同じとき、フェーズラッドの王宮では火の手が上がり、王宮で働いていた侍女や従者たちは逃げ惑い王は周囲を血の海にして傷ついた身体で剣を突き立てて一人娘であるエリーゼ王女と向き合っていた。
近衛兵が反乱を起こしたのだ。
正に多勢に無勢である。
もう時間はなかった。
エリーゼ王女は常は闊達と遊びまわる明るい10歳の少女であった。
が、今は恐怖と悲しみで震えている。
当然と言えば当然だ。
しかし、それで蹲っていては王族は終わりである。
王は微笑み両手で彼女の頬を包むと
「エリーゼ、よく聞きなさい」
お前はフェーズラッドの王女だ
「常に正しくあれ」
フェーズラッドの国に恥じぬように
「何があっても、私が死んでもお前は生き残るのだ」
と言うと、ペンダントを外して彼女にかけた。
「愛しているよ、エリーゼ」
そう言って抱きしめると剣を手に足を踏み出しかけて、炎の中から響く足音に目を細めた。
甲冑を纏った兵士が血に濡れた剣を手に姿を見せたのである。
「フェーズラッド王にエリーゼ王女か」
その命をいただく
兵士はそういうと剣を振り上げた。
ロバート・トゥルー・フェーズラッド王は剣を構えて、エリーゼの背を押した。
「行きなさい!」
エリーゼは足を竦ませながらも前に出ると
「いや! お父様を守るってお母さまと約束したの!」
と叫んだ。
赤い炎に兵士の剣先の血が色を増してエリーゼは目を見開いた。
王は思わず庇うように彼女を抱きしめた。
兵士は鼻で笑って
「これでフェーズラッドも終わりだ!」
と振り下ろした。
が、それが2人に届くことはなかった。
兵士は途中で力を失うとそのまま前へと倒れ込んだ。
エリーゼは目を見開くと前に立つ人物を見つめた。
王もまたその人物を見つめた。
「……まさか……」
それにその人物は笑むと
「久しいな、間に合って良かった」
とエリーゼ王女を抱き上げると
「今は逃げるぞ!」
と炎の中へと足を踏み出した。
フェーズラッドの王宮は三日三晩燃え続け、鎮火した後に残ったものはかつてそこにあったモノを教える瓦礫だけであった。
しかし、フェーズラッドの宰相であるワルダー侯爵は兵士を使って辺り一帯をしらみつぶしに調べ始めたのである。
フェーズラッド王族遺体と国を治めるための証であるペンダント。
それを手に入れるためであった。
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