第8話 聖女様とぬいぐるみ
朝の電車では基本心陽に会うことはない。登校時間が違うからである。
おそらく心陽は校門が開くと同時に学校に入れるように電車に乗っている。
対して俺は校門が閉まるギリギリに学校に入れるように電車に乗っている。
しかし今日は少し早起きしてしまったので早めの電車に乗った。
本当はもう少し寝たかったが俺の体がそうさせなかったというべきか。
眠い。電車に揺られながら寝たいのだが、寝過ごしてしまいそうである。
重い瞼をなんとか必死に上げる。
しばらくして停車のアナウンスが聞こえてきたので俺は目を覚まして、電車を降りた。
すると別車両から、群を抜く光を放つ美少女が1人、舞い降りてきた。
「あ、おはようございます。調月くん」
「おはよう、七瀬」
心陽である。
この時間帯の電車に乗ってたのか。
「今日は早いのですね」
「ん、まあ早起きした」
「いつもは何時ごろに起きてるんですか?」
「......黙秘権を行使しておこう」
いつもはこの次の電車の15分前に起きている。乗り遅れれば遅刻確定。
朝ごはんはというと適当にコンビニで買っておいたパンを胃袋に放り込んでいるのだ。
「早起きは三文の徳ですよ」
そう言って聖女様は微笑んだ。
俺は心陽と一緒に学校まで登校することにした。
心陽と友達ということに男子から妬まれかねないが、学校では話していないし、話す機会もないのでセーフだ。
友達と言ってもたまに話す程度の仲だし。
そうして歩いていると、心陽が新しくできたゲームセンターを指さした。
「ゲームセンター......ですか。新しくできたのですね」
「みたいだな。この辺になかったから放課後手軽に遊びに行けるな」
心陽とかゲームセンター行くイメージないんだが、行くのかな。
「七瀬とかゲーセン行くのか? 行かないイメージなんだが」
「うーん......行ったことないです」
「流石優等生」
「で、ですが、行ってみたいです! その......と、友達と!」
心陽は少し頬を赤くしてそう言った。
可愛いな、おい。
ん、ちょっと待てよ。いや、流石に違うか。
「ダメ......ですか?」
心陽は上目遣いでこちらを見てきた。
少しドキリとしてしまい、視線を逸らしてしまう。
......まあ友人とどこかへ行くと言うのも良いよな。
「じゃあ、放課後2人で行くか?」
「はい!」
そう言うと心陽は聖女様スマイルとは打って変わって可愛らしく満面の笑みを浮かべた。
「というか友達本当にいないのか? 七瀬のことだし人気者だと思ってるんだが」
「中学時代の友達はいますけど、この高校に入ってから女子に妬みとか悪口とか言われて......もちろん全員が全員そういう訳ではないと思うんですけど、表面上で仲良くしているだけで内心どう思ってるのかって不安で。それにお母様が厳しい方だったので今まで行ってこなくて......あ、すいません、朝からこんなこと」
心陽の言い回しに少し違和感を覚える。しかしそう簡単に人の闇に触れてはいけないだろう。
にしても、大半の男子が心陽をそういう目で見ているので男子に信頼が置けないのは当然だが、女子でさえ信頼できないとは。
その分俺は信頼してもいいっていう認識なのだろう。それは普通に嬉しい。
「誰でも悩みはあるからな。別に謝らなくてもいい。あと俺は愚痴とか嫌いだから安心してくれ。絶対に言わない」
心陽ははにかんで笑った。
***
「む、難しいです......」
放課後。俺は心陽と約束通りゲームセンターに来ていた。
必然と心陽と学校から一緒に帰ることになるので、正直言うと男子からの妬みの視線が多かった。
そして今、心陽はクレーンゲームの台と戦っている。
掴むところまではいっているのだがアームから景品が落ちてしまう。
取れそうで取れないというのがUFOキャッチャーの醍醐味だ。
俺は何度かいつもの3人と行っているのでコツは掴んでいる。
まあいつも俺は学校では心陽の美しい面しか知らない。ただこうしてみていると可愛い一面も持っているというか。
しばらく見ていると、心陽が潤んだ目で俺に助けを求めてきた。
「ぜ、全然取れないです......調月くんやってみてください」
「ん、任せとけ」
俺は100円玉を入れてクレーンゲームを始めた。
これのコツは掴むより引っ掛けるだ。
「あのぬいぐるみでいいのか?」
「は、はい......ですが結構難しいですよ?」
「多分大丈夫だ」
心陽はくまのぬいぐるみを狙っているらしい。
俺は位置をセットし、ボタンを押した。
すると、アームが狙っていた通りにぬいぐるみに引っかかり景品取り出し口に落ちた。
「す、すごいです......」
「まあ何回かやってるしな」
俺はくまのぬいぐるみを取り出して心陽に手渡した。
「え......よろしいのですか? これは調月くんが取ったものでは......」
「俺はそもそもぬいぐるみはいらない。七瀬が持っててくれていた方が嬉しい」
「あ、ありがとうございます」
心陽は顔を少し赤くしてぬいぐるみをギュッと抱き抱えた。
その仕草にハートが打ち抜かれたことは心の奥底にしまっておくことにした。