第5話 帰りの電車
「あの、今日は本当にありがとうございました......」
「ん、どういたしまして」
帰りの電車。横に座った心陽が開口一番そう言った。
俺自身時間もあったし、やったのはプリントをファイルに入れたりと整理しただけだ。
「好きでやったことだからな。まあ別に気にしないでいい」
「えっとそれもありますが、階段で助けていただいたことです」
「それに関しては咄嗟だ。あ、その......少し体触ってしまったのはすまん」
今頃感があるが、聖女様の体に触れてしまったのだと気づく。
受け止めようとした結果、抱き抱えるような形でキャッチしてしまったので不可抗力とはいえ色々申し訳ない。
「あーいえ、謝らないでください。助けてくれなければ今頃怪我していたでしょうし......むしろあなたの方が怪我していたかも知れないので申し訳ないと言いますか......」
心陽は胸の前で手をふっている。なんか可愛らしい。
「......何故手伝ってくれたのですか?」
「何故って、気分だ。暇だったし、帰ってもどうせ勉強しないし」
「気分ですか、では気乗りしなかったら手伝ってくれなかったと」
「ん、まあそうなる。もし課題残ってるんだったらプリント運び終わって速攻で帰る」
「それでもそこは手伝ってくれるのですね」
ぷふっと彼女は笑った。
この言葉に嘘偽りはない。実際、やっと課題から解放されるたという達成感があり、気分が良かったから手伝うか、と言った感じだ。
心陽とは接点があまりないので普段なら手伝う義理もない。
助けてくれと言われたらもちろん誰でも助けるが。
まあでも手伝った後というのは案外気分がいい。人のためになるというのはこういうことなのか。
そうしてしばし沈黙がやってくる。
話す話題もないので当然だ。まあでもこの沈黙もいいかも知れない。
と、しばらく沈黙が続くと心陽が再び話し出した。
「なんというか、あなたが罰ゲームとはいえナンパするような生徒だとは到底考えられないのですが」
「うっ......あれはもうしない。そもそも異性には興味がないというか、そういう気はない」
「......なるほど。納得です」
「納得?」
「ええ、自分で言うのはなんですが、私多分モテている方で、スタイルもいいのでクラス学年問わず男性の方からは良くアプローチされるんです。何かと接点を持ちたがる。そういう目で見られるんです。気持ちは嬉しいのですけど大変でして......」
「しかし俺はそういうことをしてこなかったと」
勝手に推しにして可愛いなとは思ってるけどアプローチはしてないからな。
「はい、そういうことです。ナンパはしてきますけどね」
「うっ......」
またまたぷふっと笑う彼女。学校でたまに見る慈悲溢れた微笑みとはまた違う。
美しさより可愛らしさがあるというべきだろうか。
「あ、そういえば名前を教えてくれませんか? あなたは私の呼び名含めて名前を知っているようですが、私はあなたの名前を知らないので......」
そうか。俺は心陽のことをクラスでも有名だったから知っていたが向こうは知らないのか。
「調月 柚李だ。改めてだがよろしく」
そう言って俺は手を差し出した。
「いい名前ですね。調月さんって呼んでもいいですか?」
「......同級生なのに堅苦しくないか?」
「で、では、調月......くん?」
「あー、まあ別にどっちでもいい。好きに呼んでくれ」
「それでは、改めてですがよろしくお願いします。調月くん」
彼女も俺の手を取った。
***
「今日はありがとうございました。それではお先に失礼します」
数分して、心陽が降りる駅に電車が着いた。
「ああ、まあ困ったことがあったら言ってくれ。普通に今日みたいに手伝う」
「それではお言葉に甘えてそうさせていただきます......そのセリフは気分ではないですよね?」
「当たり前だ。じゃあまた明日な」
「はい、また明日」
俺に華奢な手を振り、心陽は電車を降りていった。