第14話 他の誰かが必要としていなくても
「......あ、起きたか。おはよう」
「ん......おはようございます」
心陽は俺の太ももから体を起こした。
「どれくらい私寝てました?」
「15分くらいだな」
「......すいません。その間ずっと膝枕を?」
「まあ、うん」
心陽の心地よさそうな寝顔が可愛くてずっと見ていられたのは内緒である。
「少し落ち着いたか?」
「はい、おかげで......えっと、ありがとうございます」
俺に甘えたと言うことが冷静になって恥ずかしくなってきたのだろうか。
心陽はほんのりと頬を赤く染めて視線を合わそうとしなかった。
「髪の撫で心地良かったぞ」
「う、うるさいです!」
心陽は顔を真っ赤にしてそう言った。口が少し悪くなっている。
何と言うか、可愛い。
「今の七瀬の方が正直好きだな」
「え、今の私......? 甘えたりとか......」
「あーいや、そう言う意味じゃない......まあ確かにそう言う意味もあるが、何と言うか今の方が可愛らしいし好感持てる。普段の学校だと作ってるんだろ?」
「......お見通しですか」
「別に学校の七瀬も好きだが、俺は今の素の七瀬の方が好きだ」
「す、好き!?」
「あーいやそう言う意味じゃない! あーえっとまあ、あれだ。その......俺の前だけでもこうして素でいてくれ! 疲れるだろ? あー、えっと、別に俺じゃなくてもいいんだが......」
「ふふ、分かりました。調月くんの前『だけ』こうして素でいさせてもらいます」
不意に飛んでくる胸キュンセリフに俺の心は撃ち抜かれた。
心陽の表情は元に戻っていた。いつも光はないが、可愛さがある。
そしてすうっと息を吸い、心陽は話し始めた。
「......少し落ち着いたので話を聞いてもらってもいいですか?」
「もちろんだ。愚痴でも何でも」
「今日、お母さんに会ったんです。久しぶりに」
心陽の表情が再び強張る。家族関係が上手くいってない口か。
「お母さん?」
「......はい。1年前に離婚して親権が父に移ってからは会っていなかったんですけど、偶然会ってしまって」
心陽は俺の手を握った。その手は少し震えている。
俺はその華奢な手を優しく握り返した。
「お母さんは昔から怒りっぽい人でした。だから怒らせないようにとお母さんの機嫌を常に伺って生きてきました。......そしてお母さんはモデルをやっていて、元々の夢は女優だったみたいなのでその夢が叶わなかったから私に代替わりを務めるように何度も何度も小さい頃から演技の稽古を私のさせたり、オーディションを受けさせられました。全部落ちましたけど。......でもそうすることでお母さんの機嫌が保たれたんです。お母さんが笑顔を見せてくれるんです。その時の私はお母さんに認めてもらおうと必死でした。
「......」
「ただ、私は中学生になってそれに反抗し始めました。それが誤りだったのかもしれません。そこからお母さんが癇癪をよく起こすようになって、離婚......お母さんがやっといなくなった。その時の私はそれで解決だと思っていました」
心陽の声がだんだんと震え始めた。そして黙り込んだ。
しかし俺がぎゅっと握ってあげると少し落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりとまた喋り始めた。
「でも......そこから自分の価値が分からなくなったんです。今まで学校生活は2の次だったので友達の1人も作れなかった。どうすればいいかわからなかった。できるのはただ勉強やスポーツ、ありきたりなことを頑張るだけ」
思っていたよりも心陽の悩みは重いものだ。予想はしていたが、何も口出しなどできない。
どう慰めていいのかも分からない。
心陽はよく頑張っているなどの相手のことを考えていないノーデリカシーの発言などできない。
「そして今日お母さんに会いました。変わっていませんでした。......稽古の調子はどう? とか、結局私を見ていない。見ているのは夢だけ。うんざりしました。そもそも稽古を続けているはずがないのに。だから少し怒ったんです。『もう自由に生きさせてください! 私のことは放っておいて!』って。そしたらお母さんは激昂しました。『お前なんて元々無価値な人間なんだからそんな権利なんてあるはずない! うるさい! うるさい! 娘の癖に! お前なんて必要にしてくれる人いないんだよ』って」
「......親が子供に言っていい言葉じゃないだろ」
俺はついそう口に出してしまった。
心陽の心情を思うと胸が痛い。
「そうですよね。一般的には。......私、そのことでちょうど悩んでいたので余計に心に刺さったんです。そこから本格的に自分の価値が分からなくなって。自分って必要とされてるのかなって......ただ、それだけです」
「......」
......酷い、あまりにも胸糞悪い話だ。
こちらが怒りでどうにかなってしまう。
こんな少女に夢を押し付けて何が良いのだか。
心陽を握る手が自然と震えていた。
「......優しいんですね。私のために怒ってくれるなんて」
「なあ、七瀬」
本当はこんなことやったらいけないのかもしれない。
でも勝手に体が動いていた。そして気づけば心陽を抱き寄せていた。
「つ、調月くん!?」
「七瀬は必要だ。他の誰からも必要とされてなくても俺が必要としてる。七瀬がいなかったら困る! 七瀬は俺にとって1番の友人だ」
「......は、はい」
心陽の啜り泣く声が聞こえる。
「......ではもう少しだけこの胸を貸してもらっていいですか?」
「ああ、もちろんだ」
俺はしばらく心陽を腕の中に収めた。