表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

チューリップ

作者: 芋姫


花屋の前を通りかかった時、チューリップを見かけた。


そのたびに俺は、あの出来事を思い出す。






***********************



サッカーボールが宙を舞う。


放課後、グラウンドで皆でサッカーをしていたときのこと。


見当違いの方向へ飛んでいったボールを俺は渋々、取りに行った。


ころころ転がるボールを追いかけて中庭まで来てしまった。


ちょうど今は春で、中庭はたくさんの花が咲いていてきれいだった。


スイトピー、マーガレット、、まるで花たちに出迎えられているようでさえあった。そのせいか、男の自分でも少しだけ目を奪われた。


横目で花をちらちら見ながら、転がっていくサッカーボールを

まっすぐに追いかけて走って行く。


やがてボールは中庭の中央付近でピタリと止まった。


俺は走るのを辞め、呼吸を整えながらボールのそばまで歩いて行く。

ふう、とひと息ついてボールを拾い上げると、さあっと春風が吹き抜けた。


その時だった。


俺は急に何かの気配を感じた。


思わず、周囲を見回すが、誰もいない。


(‥‥‥?)


気の所為かと思い、背を向けかけた時だった。


何故、そう思ったのかは分からないが、俺はズカズカと

チューリップの花壇まで歩いていく。



赤、白、黄色、、、子供向けの歌にもあるように、たくさんの色とりどりのチューリップが美しく咲き誇っていた。


俺はそれらの花をひと通りじろりと見回した。


‥‥やがて、端の方に咲いているひとつのピンクの

チューリップに目が行った。


この一輪だけ、やたらと花びらが外側に向かって反り返っており、茎が傾いている。


そっと近づいていき、観察する。一見、何の変哲もない様に見えるその花びらの内側を除いてみると、、、


 




‥‥‥‥‥え?


そこには人がいた。

めしべの上に座る様な格好で、花の中にとても小さな人間がいた。


体長は7センチくらい。


人形か? でも何故こんな場所に?


「‥‥‥‥‥‥。」


パニックのまま、だけど気になり過ぎた俺は、真相を確かめる事にした。


理科室へ行って、虫メガネを手に再び花壇へ走り戻る。

皆を待たせてるが、もう、サッカーどころじゃない。


花の中のそれに虫メガネを近づけて見てみる。





‥‥‥‥‥それは若い男の姿をしていた。


目を閉じて眠っている。


人形ではない。生きている人間だった。


小さすぎるせいなのか‥寝息こそ聴こえないが、呼吸に合わせて確かに胸が上下している。


男は、黒いシャツのような物と下は腰パンのような状態でズボンのような物を穿いている。

高校生の従兄と似たような格好をしており、年も同じくらいに思えた。


あまりの衝撃に動けずにいると、男がゆっくり眼を開けた。


こちらの気配を察したのか、俺の方に顔を向ける。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


俺達は無表情のまま、黙ってしばらく見つめ合った。



その時だった。


「いたいた!もう、何やってんだよ!!」


振り向くと友人がいた。


しかし混乱した俺はすぐに返事ができなかった。


「どした?」友人はキョトンとしている。


俺は答える代わりに黙って花を指差した。


友人はお尻を掻きながら、スタスタ歩み寄って来ると

固まる俺のそばまで来て、花を上から覗きこむ。


「‥‥‥‥‥」沈黙。


更に驚かせて気の毒だが、俺は虫メガネを彼に渡した。花に釘付けの彼は、視線はそのままに俺からそれを受け取ると対象物に近づける。


彼は口を大きく開けて目を見開いた。


そしてこう一言、



「お久しぶりです!アニキ!!」



‥‥‥‥‥‥‥‥??!


驚く俺を無視し、友人は花の中に向かって楽しそうに話し出す。あー、そうなんすね、そうなんすね、今日、休みなんすか、アッハッハ!


傍目からは友人が独り言を言っている様にしかみえない、妙な光景が広がっている。


俺はただ黙って聞いているしかできなかった。


やがて、話が一段落したのか友人がこう呟いた。


「じゃ、そろそろ戻りますけどぉ、こいつの事は許してもらえるんすよね? 一応、友人なんで。あっマジすか!ありがとうございます!!」


いきなり俺の名前が出て困惑する。しかし、友人は気にもとめずにまた、何か呟いてから俺を振り返ると「よかったな!」と白い歯を見せて爽やかに微笑んだ。


そして「帰ろう」と俺の肩をポンポン叩きながら、先を促す。


その時、何だかモヤモヤした俺は、よせばいいのに虫メガネを取り上げるともう一度、花の中を覗いた。


男は変わらずそこにいた。


ただ先程とは違い、起きた状態で座り、俺を見上げると少し小馬鹿にしたようにニヤッと笑った。そしてヒラヒラと右手を振った。


俺はそれを見て先程とは違う恐怖を感じ、

さっとその場を離れ、友人の所へ走り寄った。


そして、そのまま振り返らずに歩いて行った。




************************


**************


花屋の前を通りかかった時、チューリップを見かけた。


そのたびに俺は、あの出来事を思い出す。


‥‥‥油断して人間の子供達に姿を見られた時の事を。


それも2度も。


1度目は一昨年、公園の花壇のチューリップのそばで。


その時のガキは、俺がミツバチと話しているところに現れ、

目をキラキラさせながら、その日以来、ずっと「アニキ」と呼び、毎日毎日、花壇に来られてつきまとわれた。



そして2度目は去年、小学校の花壇だった。


花の健康状態を見て回るのが俺たち【花の妖精】の仕事だが

去年の春の担当区域は、小学校の花壇だった。


チューリップと話している内に俺はつい、居眠りしてしまったのだ。それから先はお察しの通りである。


まさかあのガキの仲間だったとは。


一瞬、二人まとめて始末しようと思ったが、子供に罪はなく、もとはといえばこちらの不注意。今回は見逃す事にした。




俺はチューリップから視線を外すと、背中の光る羽根をはためかせ、スイトピーの鉢へ降り立つ。


黒いシャツに付いた花粉をはらった時、

春のそよ風がひゅうっと吹き抜けて行った。







































































































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ