夏の章 鬼灯が照らす灼くる季節 枯灯籠4
人外へと変貌した彼女に残った感情。
ただ“恨めしい”という気持ちが身体を動かす原動力になっていた。
そして、その原動力になった原因の人物たちも覚えている。
「煉華、憎らしい……。 雪太郎八つ裂きにしてやる」
煉華は聞こえてくる呪詛の声(何で雪太郎の名前が?)と首を傾げる。
「何で、小僧が来てないのかしら?」
月を見て呻くように“なんで?”と野菊だったものは何回も呟いて居る。
野菊の呟きの内容に煉華は思考の中から天華の言葉が再生されていた。
「……雪太郎から手痛い仕返しをされたのか」
煉華の言葉に野菊は煉華を睨む。
「仕返し……? 違う、私は私の仕事をしただけ――! 半鬼なんだからいつの日か、鬼と同じになる。ならば問題が起こる前に滅するべきよ! 半分でも鬼は鬼よ……!! 鬼は滅ぶべきものなのよ!」
野菊は力強く叫ぶ。
「しかし、今のお前は?」
月は冷静に野菊を見つめて問いかける。
「今のお前は、鬼と同じものだ……最悪、鬼よりも……」
月は言いかけて口を閉じる。
野菊の様子が変化したからでもあるが、煉華の不機嫌な気配も感じたからである。
「嘘よ、嘘……違うわ」
野菊は自身の手を見た。
どす黒く変化した自身の手のひらを見て時が止まったかのように動きを止めた。
野菊はゆっくりと手を顔の前に持って行く。
「……人を殺して喰べたことでお前は鬼に堕ちたんだ」
煉華は野菊へと伝える。
首を横に振りながら“嘘”と何度も呟きながらも月と煉華を見ている。
村人たちは安全な場所からことの成り行きを見守って居る。
「お前だって鬼なのに!!」
野菊は煉華を指さして吠える。
「何で私がだけが消されないといけないの!?」
野菊は跳躍一つで煉華に襲い掛かって来ていた。
「煉華……」
月は素早く野菊と煉華の間に入って棒で野菊の手を爪を受け止めていた。
「邪魔……!」
野菊は受け止められた手を横に薙ぎ払って、野菊より体格のいい月を弾き飛ばす。
煉華はその間に後ろに避けて、何もない空間から抜き身の刀を出現させて野菊を斬ろうと振るう。
ガキンと素手で煉華の刀を受け止めて居る野菊。
「……手で受け止めた?」
煉華は驚いたが刀を持ったまま野菊から距離を取る。
「……もう人ではないじゃないか」
月もいつの間にやら復帰して呟いて居る声が煉華の耳に届いた。
「本当に……」
ふうと煉華は息を吐きながらうなづいていた。
「今は、力を使いこなせてないようだ……」
月は棒を構えて煉華も野菊を見て刀を構えた。
「ふと思ったんだが……お前も人喰えたらあれ以上の力持つんじゃないのか?」
「冗談でも言うな。……食べる気はない」
月の言葉に本気で怒りの雰囲気で呟く煉華に月はうなづいた。
「鬼なら鬼でもいいわ」
何かを受け入れたかのような野菊の様子に煉華は気を引き締めて野菊を見た。
「これは、力を理解して使いこなせたらキツいぞ」
月は煉華に伝え、その言葉に煉華はうなづいていた。
「私、あなたを喰えばそれでいいんだけど」
野菊の言葉に迷いがなくなったことを理解した煉華に緊張が走る。
ふっと野菊の姿を見失った煉華は冷静に気配を探る。
「……!」
後ろに気配を察知し、素早い反応で背中を狙った爪の攻撃を受け止めた。
その流れで野菊の首を狙い刀を振るうが野菊が避けたのだが月が攻撃に迫っていた。
月の攻撃を避けきれず背後の大木に吹き飛ばされて激突していた。
煉華は刀を構えたまま、ゆっくりと地面に落ちる野菊を見ていた。
どう助けるか、と考えても見つからない。
「天華であればなんか案は出してくれそうだけどな」
1人で考えを巡らせるが答えは出ないなか、しょうがないので切るしかないと煉華は思い悩んでいた。
ゆっくりと身を起き上がらせて野菊は煉華を見て笑う。
「よく見るとあなた、命の輝きがすごく、すごく美味しそう」
ゾッと背筋に寒気が走る。
「お前を救える方法を探していたんだが、もう無理なようだ」
悲しげな光を瞳に宿して煉華は月を見た。
「月、標的の足を止めて」
煉華の言葉に月が動く。
野菊の動きを止めたところに煉華が後ろから袈裟斬りに振り下ろしていた。
そのまま野菊の喉元に刀を突きつけて見下ろして居る。
月も反対側から棒で野菊を抑えていた。
「鬼の部分だけ焼き切るか?」
「……無理だな」
煉華の言葉に月が答える。
「もう人の部分と鬼の部分が曖昧になって居る。先ほどお前が言ったように無理だ。 救うには斬るしかない」
月は野菊を見下ろしつつ煉華にいう。
「斬って救ってやれ」
月は煉華に力強くいう。
最後の力を振り絞るかのように野菊は月の棒を弾き飛ばして立ち上がり爪を振りかぶって煉華を殺そうと爪を振り下ろして来ている。
「煉華さま!」
大きな声が耳に届くのと同時に野菊は黒く燃え崩れ落ちていた。
「あっ……」
「夢茨」
煉華は崩れ落ちて行く野菊に向けて、月は野菊を斬った夢茨の姿を見て声を上げていた。
「怪我ない?!大丈夫?!」
武器を手放して黒い馬から降りて煉華を見た。
「お前……」
いきなり出現した夢茨を見て煉華は驚いた。
「怪我はない……お前のおかげでな」
夢茨にうなづいていた。
夢茨の後ろに控えている黒馬は“間に合った! よかった!”という雰囲気を醸し出している。
「夜、お前なんでここにいるんだ?」
月は馬の姿の夜に向かって睨む。
月の睨みに気づいて身震いをして脂汗を流す黒馬は月の目線から自分の目線をゆっくりと外して行った。
灰となり崩れた野菊の残骸は風に乗って消えて行く。
「夢茨、この馬は俺が見ていてやるから問題が解決したんだ村長と話してこい」
ゆっくりと夜の方に近寄り月は夢茨に向かって言う。
「あ、うん。わかった」
素直に夢茨は向かい、心配だからと煉華も歩いていった。
月は夜と向き合った。
「さて、天華様を置いて来たのか?」
ドスの効いた声で夜に問いかけていた。
(ご。ごめん!!)
夜はアワアワと月の声色に対して誤り倒して居る。
(天華様、今夜はどこにも行かないって言ってたし夢茨は慌ててたし……)
涙を流しながら言い訳を連ねていた。
「夢茨のせいにするんじゃない。 何のための護衛なんだ」
月の言葉に夜は項垂れていた。
(久しぶりに全力で走り倒せると思ったら思いの外頑張っちゃった)
夜の精神では正座して笑いながらであった。
「村長様に、挨拶して来た」
夢茨は声を上げながら戻って来た。
「この馬はいい馬だよね。元気にここまで走ってくれたんだけど」
黒馬を見て夢茨は“すごい馬”と褒めていた。
「調子に乗るからやめとけ」
「ん?」
月の言葉に夢茨は首を傾げていた。
「……この子は夜だよ」
煉華も黒馬を見て言う。
黒馬はうなづくようにして首を縦に揺らして居る。
『夢茨が動くってことはと考えたら煉華様の危機なんじゃないかと思って思わず走っちゃった』
てへっと笑いながら人語を話し出した夜である。
小さく胸を張る夜の幻を見た気がした。
「それより、疲れたから早く帰ろう」
煉華と月は村の出口を指差す。
野宿をしながらのんびり帰った夢茨たちであった。




