夏の章 鬼灯が照らす灼くる季節 枯灯籠2
血に塗れた肉塊を見下ろす。
それは、人の形の様なものに見える。
「ふむ、面白いものがあるね」と血塗れの肉塊をみて笑いを顔に貼り付けて口を開く。
「その恨み晴らしたいか?」
肉塊の側に居るモノを見て問いかけるものは、黄金色の瞳を持っている……鬼だ。
それが、生前敵対していたモノであるのは理解できた。できたのだが、それ以上に恨めしいのだ。
うなづいたかは定かではない。だが、彼が消えた後に血に塗れていた肉塊がゆっくりと起き上がっていた。
時間が巻き戻るかの様に身体が修復され、ぎこちない動きで立ち上がっていた。
【あ……ああ、動けない。先に体力つけないと】
彼女は近くにある墓を暴き、まだ肉の残っている死体に喰らいつく。
これは、生前の仲間だったのは、もう気にしない。
土がついた死肉を骨ごと食い千切り咀嚼をして嚥下する。
甘美な味が口内に広がる。
「絶対に、赦さない」
口の端から赤黒い液体を流し呟く。
死肉を食べすすめて行くに連れて、ゆっくりと確実に元の動きを取り戻した。
【力が足りない】彼女は考える。
「そうだわ、力を持つのを食えばいいんだ」
口についた血を腕で拭いとりニヤリと笑いながら彼女、屍人として生き返った野菊は【あの女を喰べよう】と歩き出す。
その姿を木陰からのぞいていた皪魄は笑って見ていた。
「あの死人は鬼狩りの組織に戻るのかな?」
ふふふと笑いながら呟く。
「組織を潰してくれたら、煉華と天華を喰える。そしたら兄上に並べるはず」
煉華と天華を思い浮かべながら呟く。
「兄上を超えて、兄上を喰えたら……鬼王になれるよね」
楽しみ、と笑いながら姿を消す。
ただ、野菊が喰おうと狙ったのも煉華であったのだ。
桜の館にある、桜の根元に煉華は手を置く。
「母上様」と煉華の呟きは風に消えていく。
「……弱まっている……」
桜の中の生命の光が弱くなっているのを感じて煉華は眉を顰めている。
「封じられた奴の生命が尽きかけているのか……?」
一体、どういう状況なのかと桜の木を眺めて悩んで居ると隣に銀髪の男が並んだ。
「どうも、巫女を守ろうとしている結果だな」
「月か」
ちらっと月を見て煉華は桜に再び目を向けた。
「封印の中に居られるお二人の生命は、もう幾許もないと思う」
「そうか……」
月の言葉に煉華は目を閉じた。
夢茨は届けられた文字を目で追っている中
「……能力あるものの失踪……か」と頭上から声が降って来た。
ビクッと夢茨が身を震わせて飛び退いて、煉華を認めた瞬間強張っていた身から脱力していた。
「煉華様……いつの間に?!」
「何回も声はかけた」
夢茨の言葉に煉華はムッと言葉を返していた。
「ごめん……。煉華さま、この文の事で相談しようと思って呼んだんだ」
夢茨は咳払いをしつつ煉華に見せた。
「ふむ……」
煉華は夢茨から文の束を受け取り眺めた。
かなりの量が届いて居る。
「こっちの里は能力のある村人が数日のうちに何名か行方不明」
文の束を捲りつつ煉華は読み上げていた。
「この事件の始まりは、……以前雪太郎が鬼を倒したところから始まってるようだ」
夢茨は「雪太郎たちにはまだ行ってないけど……」とつぶやいて居る。
「……」
煉華は文を見つめながら悩んで居る。
「小鬼なら能力ある者以外も食べる」と文から目線を夢茨に向ける。
「鬼王とかに近しい鬼は?」
「あの人たちは、好みのものしか喰わない。霊的な能力があったりとかもあるけど、それでも能力があっても食べないこともある」
夢茨の問いに煉華は首を振りながら説明をした。
「……へぇ」
夢茨は思わず声が出てしまっていた。
「……ってことは?」
「産まれたてで好物がまだ分かってない個体くらいか」
夢茨の言葉に煉華は呟く。
「……いやでも、人でも好みが固定化するだろ? 鬼も好みが固定したら、喰べたいもの、喰えないものは分別される」
煉華の言葉に夢茨は頭を抱える。
「巻き込まれて喰われた?」
「……それは、ありうる」
夢茨の言葉に煉華はうなづいていた。
「ただ、こっちの地区に近づいて来てる様なんだ」
夢茨は他の文を取り出して煉華に見せる。
「……巫女様、僧、尼…」
煉華の目は真剣な光を宿して文を読みあげた。
「……全員……か?」と煉華の言葉に夢茨は首を横に振る。
「力がなく、普通の人間は見向きもしなかった」
夢茨は煉華の言葉に答えていた。
「……そして、その人間は報告するものとしてか」
煉華の言葉に夢茨はハッと思い至った。
「まるで、呼ばれて居るみたいだ」
夢茨の言葉に煉華は深く考えて居る。
「……こっちに来られるより先に出て倒したほうが早いと思うが」
煉華はぼそっと言い出した。
「待て待て!! 今から出るってこと?! 相手の状況が分からずに出るってこと!?」
夢茨が慌てて声を上げる。
「私が出たら早い」
あわあわと夢茨は煉華を見て止める言葉を探しているようだ。
「ちゃんと2人で行く」と夢茨に伝えると頭を抱えて悩み始める。
「月と一緒に行くならまぁ、問題は減らせるだろう」
「確かに、月さんなら」
夢茨は納得した。
「ん、なら、今から行ってくる。 そうそう、組織の頭になるなら、こんなことで慌てるな」
煉華は立ち上がり部屋から出ようとしてふと夢茨を見て笑って言い、そのまま止まらずに準備のために遠ざかって行く。
「煉華様が心配なんだよ」
小さくなった煉華の背中に向かって夢茨はつぶやいていたのだ。
月に声をかけて煉華は依頼として投書された里の方へ向かっていた。
「よく、あいつは煉華さまを外に出したな」
隣を歩く煉華に声をかける。
「月と一緒に行くと言ったら渋々と了承もらったけど」
「本来は、あいつが同行したかったんだろうな」
くくっと笑いながら肩をすくめて言う煉華に月は噛み殺しながら呟いたのだった。




