街での日常
私は響く足音も気にせず、図書館の中央にある棚まで歩いた。リュイも私の後を追い棚の前までやってくる。ズラリと並んだ本は歴史を感じさせる見た目だ。
「リュイ、この棚の本は全部基本的な魔力の扱い方についてのものよ」
「これ、全部ですか?」
リュイは驚いた表情で私を見た後、視線を棚の本に戻した。
「最終的には全部頭の中に入っているのが理想なのだけれど……そうね。これとこれ。あとこっちも」
私は棚から数冊の本を手に取り、リュイに見せた。
「最初はこのあたりの内容だけでも、把握しといた方が良いかもしれないわ」
「サラは全部読んだんですか?」
「ええ。時間はたくさんあったから覚えるくらいには読んでいるはずね」
「あの、ここで少し読んでみてもいいですか?」
「もちろん。でも一、二時間くらいね」
私の言葉にリュイは目を輝かせて近くの席に座った。
リュイが本を読んでいる間、私は薬に使えそうな資料を集めてその本を眺めていた。急ぎではないので、目を通すくらいの気持ちで軽く本を読んだ。
そうやって本を眺めていると、リュイに名前を呼ばれ振り返る。
「サラ、この地域は一年の中に季節が三つしかないんですか?」
「そうよ。花の季節、木の実の季節、星凍りの季節の三つね」
「そうなんですね。僕が生まれた地域には土地が干からびるほどの暑さの季節がありました。その季節が来ると、偉い人が水を土地に撒きに来ていたんです……もしかしてあの人たちも魔力を持つ人達だったんでしょうか?」
「私も詳しくはないけれど、おそらくそうでしょうね。そんな広範囲に水を撒くことは普通の人間には難しいことでしょう?」
そう言うとリュイは、コクコクと頷いていた。そして静かな図書館内にグゥという音が響いた。目の前のリュイは頬を赤くして俯いた。
「そろそろ、ご飯を食べないとね。残りの本は借りていきましょう?」
「はい。すみません……」
「お腹が減ることは健康な証拠よ?謝らなくて大丈夫。それより、何か食べたいものとかあったら言ってね?」
そう言うとリュイは少し考えてから、言葉を口にした。
「あの、僕お肉が食べてみたいです。実は一度も食べたことがなくて……」
「分かったわ。確か街中に肉料理を出しているお店があったはずだからそこに行ってみましょう」
「いいんですか! ありがとうございます!」
実を言うと私も肉料理は久しぶりなので、リュイの言葉を聞いて少しわくわくした気持ちになっていた。リュイに気付かれないように、平静を保ちつつ私たちは図書館を後にした。
昼食の時間ということもあり、街中はとても賑わっていた。はぐれないようにリュイの手は私が握っている。私はあたりを見回し、目的の肉料理店を見つけ歩みを進めた。
店内に入ると、多くのお客さんはいたが席はまだ空いているようだった。店員に案内され私たちは席についた。
「リュイは何が食べたいの?」
「えっと、これです……」
「じゃあ、私も同じのにしようかしら」
私は先ほど案内してくれた店員を呼び、メニューを指さし料理を注文した。しばらくして、机に並べられた料理を見て私は顔が緩むのを必死にこらえた。
リュイを見ると、満面の笑みで料理を見ていた。
「リュイ、食べていいのよ?」
「はい! これ、凄く美味しいですね!」
私も料理を口に運び、自分の表情が緩むのを感じた。思わず頬に手をあてるほどの美味しさだった。
「サラも、そんな顔するんですね!」
「こんなに美味しい料理を食べているんだもの……仕方がないじゃない」
「そうですね! 本当に美味しいです!」
私たちはあっという間に料理を完食し、美味しさの余韻に浸りながら店を出た。ふと近くの店が目に留まった。
「ねえ、リュイが使う食器もこの際だから買っておきましょうか?」
「僕専用のですか? 嬉しいです」
そう話しながら、私たちは店内に入りいくつか食器を買った。リュイは嬉しそうに包まれた食器を持ちながら私の横を歩いている。リュイが笑っていると、私も少しだけ楽しい気分になった。
「リュイ、次の角を右ね」
「はい。その先がレミナ先生の建物ですか?」
「そうよ。レミナにはリュイの事ちゃんと報告しないとね」
私たちが角を曲がると、レミナが住んでいる建物が見えた。玄関の前には、レミナが手を振りながら立っていた。
「レミナ先生、こんにちは!」
「リュイ!? 元気になったのね。さすがサラね」
「私はほとんど何もしていないわ。リュイがもともと元気な子だったのよ」
「そうだったの……。良かったわ。さあ、二人とも中に入って。座ってお話ししましょう?」
レミナに言われ、私たちはレミナの家にお邪魔することになった。どうやら今日は患者さんは来ていないらしい。
「さあ、こっちよ」
私たちは案内された部屋の椅子に座り、レミナが持ってきてくれたお茶を手に取った。レミナはそんな私たちの様子を見ながらニコニコと笑っている。
「サラ、リュイは無事に弟子に出来たの?」
「ええ。少し面倒なことがあったけどね……」
私はルカの事を思い出し、ため息を吐いた。
「ああ、彼ね。また何かしてきたの?」
「リュイを口実に、中央魔法局に呼び出されたわ」
「それは、大変だったわね……彼も変わらないわね」
「そうね……」
私たちがそんな会話をしていると、リュイは少しおろおろとしながら私の顔を見ていた。
「ああ、リュイは何も心配しなくていいのよ? もう終わったことだから」
「で、でも……」
「そうよ! リュイは元気に笑っていればいいの!」
「そうですか? こんな感じですか?」
リュイはそう言うと、ニコッと笑った。私たちもつられて笑顔になる。それからは、他愛もない話を日が暮れるまで続けた。楽しそうに会話に混ざるリュイを見て、レミナも安心したようなそんな表情をしていた。