リュイと卵
鞄の中から取り出した、小さな馬のおもちゃに魔法をかける。ここに来た時と同じサイズになったそのおもちゃに乗り、私とリュイは家に向かって中央魔法局のある街を後にした。
「リュイ、中央魔法局はどうだったかしら?」
「少し怖かったです……」
「普段はああいうことはないのだけれど、今日のアレが初めてだと怖くなるのも無理はないわ」
「普段はどういった時に行くんですか?」
「そうね……、私は魔法薬を届けに行ってすぐに帰るわ。でも、他の魔女や魔法使いたちは道具を買ったり試験を受けたり他にも色々な事をしているみたいよ」
「僕もまた行くことになりますか?」
「その卵からなにか生まれたら、行かないといけないし……おそらく呼び出しの文書が届くわ。ルカ様はそういったところには几帳面な人だから」
「そうですか……」
そう話している間に、遠くに私たちの住む村が見えてくる。
「リュイ、もうすぐよ。帰ったら何か食べましょう? お腹が空いたわ」
「そうですね。僕は飲み物も飲みたいです。緊張で乾いてしまったので」
乗っていた馬のおもちゃは、ゆっくりと下降して私たちが下りた後元のサイズに戻った。そのおもちゃをコロコロと掌の上で転がす。
「それ、また棚に直すんですか?」
「そうね……、リュイが持っていてくれないかしら?」
「僕がですか?」
「その馬のおもちゃにたまに魔法をかけて、大きく練習をすればいいじゃない。私がやったことを見ているから、魔法のかけ方もわかるでしょう?」
「……! そうですね! 僕、練習してみます!」
そう言うと、リュイは卵を持っていない方の手でその馬のおもちゃを受け取った。リュイは嬉しそうにニコニコと笑っている。
ソファのある部屋に戻り、私とリュイは預かったその卵を二人で観察していた。卵はピクリとも動かない。色は黄色で、丸く、冷たい。その冷たさはリュイの手の中にいたとは思えないほどだった。
「リュイ、この卵私が触っても大丈夫かしら?」
「どうでしょう……ってサラ!」
私はリュイの回答を待たずに、その卵を手で握った。何も変化がないので、少し魔力を込めてみる。何かに始まれるような感覚を覚えた。
「サラ、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。それに私の魔力は弾かれてしまったわ」
「ええ!? 魔力まで使ったんですか?」
「だって、知らないものは試してみたくなるじゃない?」
そう言いながら、私は卵を元の位置に戻した。
「リュイも持ってみたら?」
「ええ? 大丈夫でしょうか……」
リュイはそっと卵を手に取り、私のほうにそれをのせた両手を見せる。
「じゃあ、リュイその卵に魔力を込めたみてくれない?」
「魔力ですか? どういう風にすればいいんでしょうか?」
「その卵に意識を集中させて、身体の中の血液が卵にも流れるようなイメージを頭の中で作れればうまくいくはずよ」
そう言うとリュイは目を閉じ、卵のほうに意識を集中させていた。しばらくすると、卵のまわりが柔らかい光に包まれた。その光はリュイが目を開けると消えてしまった。
「サラ、卵が少し温かい気がします」
「……本当だわ! ルカ様が言っていたことは本当だったのね」
「僕は目を閉じていたので分からなかったんですが、何か変化はありましたか?」
「卵は柔らかい光に包まれていたわ」
「じゃあ、うまくいったんですね! 良かったです!」
喜んでいるリュイを見ながら、私は考え事をしていた。確かにこの世には妖精は存在する。でもその妖精たちは、自然発生的に生まれるのが一般的だ。基本的に魔女や魔法使いのように奇跡に近い環境下で生まれる。
私はこれまでにいろいろな本を読んできているが、妖精に関して卵で生まれるといった記述は見たことがなかった。ルカが持ち出したことから、おそらく特別なものなのだろうと私は推測した。
「サラ?」
「ごめんなさい、考え事をしていたわ」
そう言ってリュイに笑顔を見せた。
「サラもやっぱりこの卵不思議に思いますよね?
リュイは卵を持ちながら、うんうんと唸っていた。その途中で、何回も卵を確認する。
「リュイは何か分かった?」
「全然分かりません……サラもですか?」
「そうね。私でも初めて見たわ」
「そうですか……」
そう言うとリュイは少し落ち込んだように頭を下げた。私もこの卵から何が生まれてくるのか全く見当がつかなかった。時間だけが、流れていく……そんな一日だった。