家族
コンコンと部屋のドアから響く音で意識が浮上する、ゆっくりと目を開けて窓の外を見ると、早朝の景色が広がっている。もう一度控えめに叩かれるドアの音に、身体を起こし返事をした。
「リュイよね? 入っても大丈夫よ」
「おはようございます」
そう言って、リュイは部屋の中にゆっくりと入ってくる。ドアを閉め、こちらに振り返った。
「もう体調は大丈夫?」
「あっ、はい! もう大丈夫です」
そう言ってリュイは両手をパタパタと動かして見せた。これは彼なりの元気を表す表現なのだろう。
「元気そうで良かったわ。着替えたら朝食の準備をするけど、スープは昨日の残りで大丈夫?」
「サラが準備するんですか?」
「当たり前じゃない。リュイは病み上がりのようなものなのよ」
「眠っていただけなんですけどね」
そう言ってリュイは小さく笑った。私はベッドから出て、リュイの目線に合わせるようにかがんで目の前のおでこをピシッと弾く。
「痛っ! サラ、どうしたんですか?」
「私は今少し怒っているわ。眠っていた間、凄く心配していたのよ?」
「……。ごめんなさい」
リュイは、落ち込んだ様子で小さな声で謝罪の言葉を口にした。
「『眠っていただけ』なんて言わないで。リュイは特殊な変化で魔力を持った人間なのだから、前例がないの。このまま起きなかったらどうしようってレミナも私も心配していたのよ」
私は落ち込んでいるリュイの頬を両手で挟み、ムニっと頬を押さえた。
「次、リュイ自身のことを軽く扱ったら怒るわよ? 私の家族を傷付ける人はたとえ本人であっても許さないわ」
私のその言葉に、リュイは頬を挟まれたまま嬉しそうに頷いていた。頬から両手を離すと、嬉しそうにリュイが話す。
「僕とサラは家族ですか?」
ニコニコと笑いながら聞いてきたリュイに、私は答えた。
「そうね。弟子であり大事な家族よ。じゃあ、私は着替えてから朝食を作るから、リュイは少し待っていてね」
「はい。僕は一旦部屋に戻りますね」
そう言って、リュイは嬉しそうにパタパタと走りながら二階の部屋へ帰っていった。私は急いで着替え、朝食の準備を始めた。
今日はいつもと違った飲み物を用意した。薬草を使ったものに変わりはないのだが、効能が少し異なったものだ。
「サラ、この飲み物いつもと香りが違いますね」
「リュイはにおいに敏感ね。これはいつもと違った薬草を使っているの」
「そうなんですね。果物みたいな香りで、美味しそうです」
「味は甘くはないけれど、美味しいと思うわ。熱を下げたり、痛みを取ったり、魔力方面では力の乱れを押さえたりする効能がある飲み物よ」
「もしかして、僕のためですか?」
「一応ね」
そう言って、私は飲み物が入った大きめのコップをリュイに渡した。リュイはそれを一口飲み、笑みを零した。
「美味しいです。ありがとうございます」
その後はいつも通り朝食を摂り、後片付けを済ませ私は部屋のソファに座って少しの間ぼーっとしていた。リュイが部屋から降りてこちらに近付く気配を感じる。私が振り向くと、リュイは本を持って立っていた。
「サラ、聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
「大丈夫よ。本の内容よね?」
「はい、そうです。この本に書いてあったんですけど、物質を変化させる基礎魔法ってサラの魔法に関係ありますか?」
「結果的に言うと、関係はないわね。その魔法なら……」
私は部屋の中を見まわし、棚の中にある木でできた小さな馬のおもちゃに対して魔法を使う。棚から出てきた、小さな馬のおもちゃは段々と大きくなる。その大きさは人が一人乗れるほどになった。その馬のおもちゃは、床から数センチのところをフワフワと浮いている。
「物質と言っても、こんな風に物や植物を変化させるのが一般的ね」
「これが基礎なんですか!?」
「今度、リュイも試してみたらどうかしら」
「その時はサラも見ていてくださいね」
「もちろんよ。危なくなったら止めるわ」
リュイはその馬のおもちゃの周囲をまわりながら、凄い凄いと言っていた。
「じゃあ、僕は部屋に戻って本の続きを読みます」
「頑張ってね。私も自分の部屋に戻るから、何かあったら声をかけるのよ?」
「分かりました」
リュイが部屋に入る音を聞いて、私も立ち上がり部屋に戻ろうと一歩を踏み出した。視界の端に手紙が来ているのが見えた気がして、私は机に近付いた。魔法陣の上に二通の封筒が置かれていた。
朝食の後片付けをしていた時はなかったはずと思いながら、その封筒を手に取った。




