早朝に
その後も、色々と話は続いたが日が沈むころにはヘランはこの家を後にした。
「じゃあ、俺は街のほうで宿を探すよ」
「別にここに泊まっても大丈夫よ?」
「サラは酒を飲まないだろう? 俺は今日酒飲みたい気分なんだ」
「確かに内にお酒は置いていないわね」
「だろう。じゃあな、また来るから、その時はよろしくな!」
そう言って、私の横にいたリュイの髪の毛をくしゃりと撫でる。
「ヘランさん、また来てくださいね!」
「おお! リュイは大きくなれよ!」
そう言って、ヘランは手を振りながら街のほうへ向かって歩いていった。
「なんだか今日は賑やかでしたね!」
「そうね、ヘランも元気なようだったし……昔はもっと静かに笑う人だったのだけれど」
「そうなんですか? 意外です」
日が落ちて、少し気温の下がった空気が身体を包む。冷たい風が髪を揺らした。
「リュイ、もう中に入りましょうか。身体が冷えるわ」
「そうですね。夜になると、お昼の暖かさが恋しくなりますね」
そう言いながら、私たちは玄関のドアを閉め家の中に戻った。その後、夕食を摂りいつものように眠りについた。朝が近いのだろうか。意識が浮上してフワフワとした気分になる。何か物音が聞こえたような気がした。
コツンコツンと窓に何かが当たる音が部屋に響き、私はその音で目を覚ました。何の音だろうとカーテンを開け、外を確認する。
「何しているの? ヘラン……」
「おう! サラ、やっと気付いたか」
彼は小さな石を手に持ちながらそう答える。
「壁に穴が開くでしょう? それにまだ早朝よ」
「さすがにこの石じゃ壁に穴は開かないだろ……。いやあ、街のほうもう朝日が見えていたからこっちに来たんだがこっちはまだ日が見えないな」
静かな庭にヘランの笑い声だけが響いていた。
「まだ、寝ている人が多いのよ? 静かにしてくれないかしら」
「サラは朝は機嫌が悪いんだな」
「え? 普通だと思うけれど。それより、何かあったの?」
そう言うとヘランは立ち上がり、窓の近くに来る。
「あの街、迷路みたいな造りでさ髪を整えてくれる店を見つけられなかったんだ。だから、案内してくれないか?」
「急ぎなの?」
「ああ、今日の昼にはこの地域から移動するつもりだ」
私はその言葉に少し驚きつつ、彼に言葉を返した。
「分かったわ。準備するから少し待っていて貰える?」
「分かった。待つのは得意なんだ」
笑いながらそういう彼は玄関のドアの近くに腰を下ろした。私は、いつもより少しだけ急いで街に行く準備をした。部屋から出ると二階にいるリュイから声を掛けられる。
「サラ、何か音がしていたんですが……」
「ああ、あれはヘランよ。ヘランが街を案内してほしいみたいなの。リュイも一緒にどうかしら?」
「行きます! 急いで準備するので少しだけ待っていてください!」
そう言うと、リュイはバタバタと音を立て五分ほどで部屋から出てきた。部屋から出てきたリュイは着替えを済ませ、手には図書館から借りた本を数冊抱えていた。
「残りの内容も読み終わったの?」
「はい。これを返してまた新しい本を借りようかと思って……」
「リュイは努力家ね。頑張ることは良いことね」
そう言うとリュイは少し照れたような笑顔でこちらを見上げていた。
玄関を開け、庭の花を見ているヘランに声をかける。彼は振り返り、ニカっと笑った。
「思ったより早かったな。リュイもおはよう」
「ヘランさん、おはようございます。今日は街に行くんですよね?」
「ああ、そうだ。リュイも行くのか?」
「はい! 僕は図書館に用事があるので、さらに話を聞いて急いで準備してきました」
「リュイは勉強熱心なのよ? 昔の誰かとは違って」
「俺は感覚で覚えるからな―。ちなみに今でも勉強は苦手だ」
私たちは三人で話しながら、街までの道のりを進んでいった。途中少し重そうに本を抱えるリュイにヘランは声をかけ、代わりに本を手に持った。リュイはそんなヘランに憧れのような視線を向けながら、楽しそうに歩いていた。遠くに街の入り口が見える。朝日の光が差し込み、私はその眩しさにギュッと目を閉じた。




