訪ねてきたのは
その日の夜、私はベッドに横になりながら昔のことを思い出していた。私の知っているヘランは旅をするような人物ではなかった。彼は国の中枢で活躍していたはずだ。私はそこで仲間たちと楽しそうに過ごしている彼を知っている。
夜は更けていき、段々と瞼が重くなる。目を開けると、太陽の光がまだ出る前だが朝になっていた。身体を起こし、ベッドの横にある机の上に置いた例の木箱の蓋を開ける。中に入っていた紙は燃えカスになっていた。
木の箱を棚にしまい、私は服を着替え部屋から出た。今日、ヘランは必ずこの家に訪れるだろう。私はリュイの部屋に向かいドアを叩く。
「リュイ、起きてる?」
「サラ……?」
部屋の中から今起きたであろうリュイの声が聞こえた。しばらくして部屋のドアが開く。
「どうしたんですか?こんな朝早くに……もしかして何かありました?」
「少しリュイに伝えたいことがあって……。今日は人が訪ねてくるの。その間、私が呼ぶまで部屋にいてくれないかしら」
「サラがそう言うなら、何か事情があるんですよね。分かりました」
「ありがとう」
そうして、私たちはいつものように朝食を摂りそれぞれの時間を過ごしていた。
外の空気が変わり、庭の花たちがザワザワと音を立てる。私はリュイに声をかけた。
「リュイ、二階に移動して」
「はい」
リュイはパタパタと階段を駆け上がり、部屋の中に入った。私はそれを確認して、玄関に向かう。念のため、自分に防御用の魔法をかける。
コンコンとドアが叩かれ、名前を呼ばれる。
「サラいるんだろう? 開けてくれないか」
私は無言でドアノブに触れ、玄関のドアを開けた。ドアの向こうにはもさもさとした黒髪の背の高い男性が一人立っていた。
自分の身体にかけた防御用の魔法から、パチパチと火花が飛び散る。
「久しぶりね、ヘラン。何か用事でもあるのかしら?」
「やあ、久しぶり。サラも元気そうで嬉しいよ。それに昔とあまり変わっていない」
身体から飛び散った火花が床に落ち、小さなシミをつくる。
「私に対して、魔法を使うのをやめてくれないかしら」
「ははっ、少し試してみたくてな」
彼はそう言い、おどけたように両手を上げる。ピリピリとした空気が和らぎ、私の身体から出る火花も治まった。
「ヘラン、その髪どうしたの? 昔は綺麗に整えていたじゃない。一瞬自分の直感を疑ったわ」
「昨日のあの子から聞いていないかい? 今はいろんな地域を旅しているんだ。最近髪の手入れまで気を遣えなくてね」
そう言いながら彼は、髪の毛をぐしゃっと押さえつける。
「魔法使いや魔女にとって髪って大事だろう? 街中になかなか専門店もなくてな」
「近くの町にお店があるから、今度案内するわ。何か用事があるのでしょう?」
「ああ、そうだった。少しお邪魔しても大丈夫か?」
「ええ。どうぞ」
私はそう言い、家の中に彼を招き入れた。彼は家の中をきょろきょろと見回しながら何かぼそぼそと喋っていた。
「はい、どうぞ」
「どうも」
私が飲み物を机に置くと、そのコップに手を伸ばし勢いよくごくごくと中身を飲み干した。
「懐かしいな、この味!」
「そう? 確かに昔からよく作ってはいたけれど……。用事は何かしら?」
「俺は今旅をしているって言っただろう? その途中で風が噂を運んできたんだ。サラが人間を弟子にしたってな」
「それで、わざわざここまで来たの?」
彼は激しく頷く。
「その噂は、半分本当ね」
「半分というと?」
「普通の人間ではないわ。後天的に魔力を持った人間の男の子よ。昨日会ったでしょう?」
「あ―、箱を渡したあの子か!まだ魔力が小さくて、俺も半信半疑だったんだ。でも魔力があるかって聞いたら、驚いた顔をしていたから魔力持ちのどっかの子供かと思ったよ。だってさ、このあたりはサラの魔力で満ちているし」
彼はそうケラケラ笑うと、持っていたコップを机に置いた。




