中央魔法局(2)
揺れる葉の上に乗り、中央魔法局を目指す。荷物である魔法薬は、魔法技術で作られた専用の袋の中に入れてあるため重さはほとんど感じない。私は暖かな花の季節の中、長い道のりを進んでいった。
しばらくすると、この国の中央に位置する地域が見えてきた。その街の中でも大きな建物にあたる中央魔法局は、防御魔法をはじめ色々な魔法がかけられている。魔力を持つ魔女や魔法使いには、ごちゃごちゃとしたこの魔法が見えているのでまずここを攻撃することはないだろう。
「いつ見ても、凄い防壁ね」
私はそう呟きながら、目的地であるその中央魔法局に降りた。
「こんにちは。サラです。魔法薬を届けに来ました」
「こんにちは。魔法薬ですね……この鍵でお進みください」
受付で鍵を受け取り、私は入り口にある鍵穴に鍵を入れゆっくりとドアを開けた。見慣れた廊下が目の前に広がる。
「はぁ……気が重いわ」
私はため息を吐いて、廊下の奥にある部屋に向かって足を踏み出した。廊下の窓から入ってくる光は、床を七色に染める。そんな不思議な空間が奥の部屋の入口に立つまで続いていた。
「サラです。魔法薬を届けに来ました」
コンコンと扉を叩き、中にいる人物に声をかける。
「中へどうぞ」
その言葉と共に、扉は開いた。部屋の中にはルカが立っていた。私が部屋の中に入ると扉が閉まる音がした。
「やあ、サラ。久しぶりだね。また会えて嬉しいよ」
「お久しぶりです。魔法薬を持ってきました。あちらの机の上においても大丈夫でしょうか?」
「あれ? 名前を呼んではくれないのか?」
私は小さくため息を吐いて言葉を続けた。
「ルカ様。魔法薬はあちらに置いても構いませんか?」
私のその言葉に、彼はニコニコとした笑顔で私に近付く。目の前まで来たということが、視線を落とした先にある彼の靴で分かる。
「ああ、構わないよ。サラはこちらを見てくれないのかい?」
私はゆっくりと視線を彼に合わせ、偽物の貼り付けたような笑顔を彼に向けた。
「すみません。顔を上げては失礼かと思っていました」
私はそう言いながら、腰に付けた袋から大量の魔法薬を出して机の上まで浮遊させて運んだ。机の上には山のように積まれた魔法薬が並ぶ。
「サラは特別だからね。僕と顔を合わせるのにも本当は許可なんていらないんだけれどなぁ」
そう言いながら彼は私の髪に手を伸ばす。私は条件反射のように、身体を彼から遠ざけるように後退りをする。
「髪に何かついていましたか?」
「いや、君の髪はとても綺麗だからつい手が出てしまいそうになるんだ」
「そうですか? この色なら中央魔法局内でしたら何名かいるんじゃないですか?」
「ここまで透き通るような金色で長い髪は、サラしか見たことがないよ」
彼はそう言うと、私をじっと見ていた。
「サラはあの魔法はまだ使えるのかな?」
「あの魔法……?」
「人間の命を花に変える魔法だよ」
「使えますが、私を信頼して望む人間にしか使っていません」
そう言うと彼は、少しにやけたような表情で手で顔を覆っていた。
「ああ、本当にもったいない。君の力があればこの国はもっと豊かになるのにね」
「どういう意味でしょうか」
「君が覚えていないのだから仕方がない。君にかけた魔法はこの国で一番強力な操作魔法だからね」
「そういうことでしたか……。私が昔、隣国との戦に参加した時の記憶の事でしょう? それくらいはちゃんと記憶に残っています」
私の言葉に彼は少し驚いたような表情を見せ、手を顎にあて何か考える様子を見せた。
「君にあの魔法は効かなかったのかい?」
「効いていましたよ。十数年か正確な年数までは覚えていませんが、それくらい前に自分でその操作魔法というものを解除しました」
ハハハと静かな部屋に、彼の笑い声が響く。
「いやぁ、本当に凄いね。サラ、君はここで過ごす気はないかい?」
「ないです。これ以上この話を続けるのでしたら私は退室させて頂きます」
私は振り返り扉のほうへ向かった。
「気分を害したなら謝るよ。せっかく会えたんだ。もう少しここにいてもいいだろう?」
「いえ、私は人を待たせているので……この扉を開けて頂けませんか?」
私がそう言うと、彼は小さくため息を吐き一枚の紙を私に渡してきた。
「次の魔法薬の依頼の文書だよ。次会う時はもっと話ができると良いな」
「少し数が多くないですか? いったい何に使っているんですか?」
そう言うと彼はにやりと口角を上げた。
「今の君には言えないな」
彼はそう言うと扉を開けた。
「じゃあ、また会う日を心待ちにしているよ」
その言葉を聞いた時には私は中央魔法局の出入り口に立っていた。先ほどの質問は彼にとって都合の悪いものだったらしい。
私は受付に鍵を返した後揺れる葉に乗り、リュイの待つ街を目指した。
空はピンクがかったオレンジ色で、夜を迎えるようなそんな色をしていた。遠くにリュイが待つ街が見える。中央魔法局での愚痴をリュイには言えないけれど、何故か早くリュイとあの家に戻りたいと強く思った。