リュイと魔法
あの花の蜜の夜から、十日ほど時間が過ぎた。花の蜜は次の日、村の人たちにリュイの紹介をしながら配った。村の人たちはリュイの事を好意的に受け入れてくれ、私は内心ほっとしていた。
リュイはこの十日間、図書館から借りた本を読んでいるらしい。食事には顔を出してくれるので、少しでも息抜きになればとお菓子なども用意して会話をしながら過ごしている。
そして十日目の今日、リュイはどこか嬉しそうな雰囲気で朝食を摂るため二階から降りてきた。
「リュイ、おはよう。なんだか嬉しそうね」
「おはようございます。えへへ、分かりますか? 本を全部読み終わったんです!」
そう言いながらリュイは席についた。
「頑張ったわね。どう? 魔力は扱えそうな感じかしら?」
「うーん……実感はないんですけど、基礎に書いてあった光は指先から出るようになりました」
「そうなの?」
私は朝食を作っていた手を止め、リュイの傍まで駆け寄った。
「今も出来そうなら、見せて欲しいわ」
そう言う私に、リュイは指先に視線を合わせ言葉を呟いた。ぽうっと小さな光が指先に集まり光の玉を作った。ゆらゆらと揺れながら丸い形を保っている。
「サラ、どうでしょうか? これで合っていますか?」
「リュイ凄いわ! ちゃんと形になっているわね!」
「本当ですか!」
リュイが喜びながらそう言うと、光の玉はパチンと弾けた。魔力の扱いには繊細さが必要なこともあるので、おそらくリュイの感情の変化に魔力が対応できなかったのだろう。
キラキラとあたりに散らばる光に目をパチパチとさせながら、私たちは顔を見合わせながら笑った。
「リュイ、魔力の中には感情に左右されるものがあるって書いていなかったかしら?」
「あはは、書いてありました。嬉しくてつい……」
「まだ使いこなすには時間が必要ね」
「そうですね。でも僕にちゃんと魔力があって良かったです」
「図書館の扉が証明していたでしょう?」
「あの時は偶然かもという考えがまだあって……」
そう言うとリュイは何かを思いついたように私を見て言った。
「あの、サラにお願いがあるんですけど……文字を書いてもらえませんか?今ならあの文字も読める気がするんです」
「魔力を込めた文字ね」
私は紙とペンとインクを用意して、魔力を込めて文字を書いた。リュイはその様子をじっと見ている。
「これでどうかしら? リュイ、読める?」
「これからもよろしくね……ですか?」
「正解よ。改めて、リュイこれからもよろしくね」
「はい! サラ、ありがとうございます!」
その後、私は朝食の準備をしていつも通り二人で朝食を摂った。リュイはモグモグと頬を膨らませながら一生懸命食べていた。相変わらず小動物のようで可愛いなと私は思った。
朝食の片づけが終わった頃に、私はリュイに話しかけた。
「リュイ、あなたも手紙を書いてみない?」
「手紙ですか?」
「そう。レミナに練習で手紙を送ってみない?」
「はい! 色々と感謝の気持ちも伝えたいですし……手紙書いてみます!」
その言葉を聞いて、私は紙とインクとペンを用意してリュイの元へ向かった。
「さっきの光の玉を作った時のように、文字に意識を向けて書いてみて?」
リュイは頷き、真剣な表情で文字を書いていた。書き終わり、私にその紙を手渡す。私は、手紙に目を通しリュイに視線を戻した。
「大丈夫よ。きちんと書けているわ」
私のその言葉に、リュイはパァっと笑顔になった。
私たちは、手紙を送るために魔法陣が書かれた机の前まで二人一緒に歩いて行った。机の前に立ち横を見るとリュイと視線が合う。
「手紙もリュイが送ってみる?」
「え!? 僕でも出来るんでしょうか……」
「多分、大丈夫よ。なんでも一度は試してみないと分からないじゃない?」
私はそう言い、リュイの手を引き机の前に立たせた。そしてリュイに視線を合わせ、私が口にする言葉を復唱するように伝えた。
リュイは、言葉を机の魔法陣に向かって復唱した。手紙は机に飲み込まれるように消えていった。
「ほら、きちんと出来たじゃない」
「間違えて変なところに届いていたらどうしよう……」
おろおろと心配そうにリュイは私を見てきた。私はそんなリュイの頭を撫でる。
「大丈夫よ。ちゃんと私の言葉を復唱出来ていたじゃない」
「でも、心配なんですよ」
そんなことを言い合っていると、机のほうからパサっと音がした。視線を机のほうに向けると、1枚の紙が魔法陣の中にあった。
リュイは恐る恐る、その紙に手を伸ばした。私もリュイの後ろからその紙を覗き込んだ。
リュイが書かれている文をゆっくりと読み上げる。
「リュイ、手紙ありがとう。無事に受け取ったわ。今度魔法を使うところを見せに来てね。待っているわ。レミナ」
「レミナからね。良かったわね、無事に届いて」
「良かったです~」
リュイは目に涙をためながらそう言った。よほど心配だったのだろう。私はそんなリュイを軽く抱きしめながら頭を撫でてしばらくなだめていた。窓からは春の花の香りがふわふわと漂ってきていた。
リュイという小さな魔法使いが生まれた瞬間は、花の季節だった。