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めんどくさいは正義です  作者: すいほのり
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音楽狂いのお師匠さま①

「ねえ、本当にあなたが引き取るの? 自分のことも全く本当に全然できてないっていうのに」

「うん、私が引き取る」

「…信じられないわ。自分の食事も洗濯もしない、なんならお風呂だってたまにサボって入らないことがあるようなあなたが、幼い女の子のお世話ができるの??」

陽も暮れた夜、深い深い森に囲まれた小さな村の、ひとつの家の中。

訝しげにひとりの若い男を見る女性は、夕方に取り込んでおいた男物の洗濯物をテキパキと畳んでいる。

「あぁ、その服、シワになりやすいの困るよね」

「……」

今しがた手に取った服を男が指差して言う。

女性は反射的に手を止めて長い深呼吸をした。

「まったく…。あなたが飼っているフィンクスとは訳が違うのよ。歳の近いイレイシスもいるし、うちで引き取ると言っているのに、どうしてこう頑固なんだか…」

「まあまあ」

「まあまあって…」

こんな押し問答を軽く10分はしている。

女性は、一度決めたことは譲らない彼の性格を知っていても、事が重大なために何度も確認をせずにはいられなかった。

なんといっても、6、7才ほどの少女を誰が引き取るのかという話なのだ。

まだまだこれからの子供に、こんな自分の面倒も見れない大人が育てて大丈夫なのか。無論、

「不安だわ」

「まあまあ」

「だからまあまあって…」

さっきシワになりやすいと指摘された服は、わざと少し雑に畳んでおいた。


さて、この男の名前はルイゲビリア。

村では有名な音楽狂いの男で、今も両手で軽く抱えられるほどの、25本の弦がついた楽器をポロンポロンと楽しそうに奏でている。

人口の少ない村で、ほとんどの家は村に流れる川の近くに建っているのだが、ルイゲビリアの家はそこから離れた人目のつかない奥地にあった。

この村の人間以外はまず辿り着けないだろうという森の中で、夜通し楽器を弾いても、周りの木々が防音の役割をしてくれる。

ここがルイゲビリアはとても気に入っていて、村に来てまだ数年だが、外への仕事がない限りは基本この家に引きこもっていた。

音楽狂いと言われる所以は、昼夜問わず楽器の音が聞こえることだけではなく、いくつかある。

それでもいつ休んでいるのか分からず、十分常識を逸しているが。

いくつかのひとつは、この村に来たばかりの頃、村の女性たちが好意を持って家事の手伝いをしていたのだが、楽器部屋である2階にルイゲビリアは引きこもっていた。

食事も2階で楽器を弾きながらとるし、1階にはお風呂くらいにしか降りてこない。なんならたまに入っていない。

会えることがほとんどなく、結果全く見返りがなく、未婚既婚問わずほぼ全ての村の女性が同じ経緯を辿り、耐えかねて手伝いをするのをやめた。

それに嫉妬した男達からの評判もあって、音楽狂いと言われている。

それでも村の女性たちはルイゲビリアを見れば、あわてて身なりを直し、頬を赤らめ、キラキラした目を向ける。

この男、ルイゲビリアは、誰もが振り向かずにはいられないほどの、大変美麗な男であった。

こういうような数々の逸話があるのだが、音楽に関わること以外は清々しいほどに全く興味がない。

つまりは、外見は素晴らしいが、中身は本当に本当に残念な男なのである。



その横顔を見ながら、女性は芋蔓式にいろいろな逸話を思い出していたが、ふと洗濯物を畳む手を止める。

話題になっている少女が、助けられた時の不自由な姿を思い出した。

「…あの子、歩けないって話、なんとかなりそうなの?」

少女は森の奥深くでひとり倒れているところを助けられた。

見つけたのは村で一番年寄りの男で、日課の散歩中に少女を見つけ、元騎士である彼女の夫が呼ばれ、少女を連れ帰った。

今は村医者のところで手当を受けているが、彼女は夫と同じ意見で、我が家で少女を引き取るつもりでいた。

「リグアヴェンがなんとかしてくれるそうだよ。ああ、でも、メリイシア、ここだけの話にしてほしいんだけど。あの子は耳も聞こえないし、どうやら記憶もないらしい」

「…え?」

メリイシアと呼ばれた女性は、夫に抱き抱えられた幼い少女が、不安そうに周りを見ていたのを思い出す。

遭難していて助けられたのだから、それはそれは不安だろうと思ったが、その表情に違和感があり、なんだか怯えているような気がしていたのだ。

周りの音が聞こえてなかったのなら、記憶がないのなら、怯えて当然だ。

メリイシアの感じた違和感は正しかった。

そして、ルイゲビリアが引き取る意味を理解した。

リグアヴェン家は、魔具を専門にした有名な家系だし、ルイゲビリアとは学生時代からの旧知の仲なのだ。

メリイシアがここまでルイゲビリアと押し問答をしなければ、もしかしたら耳が聞こえないなどの話を、彼は伏せるつもりだったのかもしれない。

そういう男なのだ。

知らないところでいろいろやっている節がある。

だから今回もきっと何か理由があるのだろう、とメリイシアは思う。

が、しかし、彼が引き取ることに納得したとしても

「不安なのに変わりはないわ…」





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