子犬王子は反省しないっ!!
ラーゼルン国。
魔法の力を道具に付与する技術に優れた国。それらを仕切る王族は国民の人気者。
次期国王と期待を集められているルーカス王子。黒髪に灰色の瞳。成績優秀で、魔法を扱う腕も一流。
問題があるとすれば、婚約者が好き過ぎる事だろうか。
(ふふふっ、今日も完璧!!)
そんなやる気が溢れているのはルーカス王子。
だが彼は――子犬になっていた。
(よし、今日こそは!!!)
さっと周りを確認し、目的地であると分かると自然と頬が緩んだ。
密かに掘った穴は何故だか埋められており、別の所で掘ってどうにか屋敷の中へと入る。
大きな庭園は、王城にも負けていない。庭師が丁寧に扱っているのもあるが、婚約者であるカトリナが花が好きなのだ。
その香りが彼女自身からも発している。犬並みの嗅覚を持つ彼だからこそ分かる。ルーカスは、無意識にか尻尾をブンブンと振っている。
(あ、カトリナ♪)
コソコソと屋敷の中を歩き回り、目的の人物が居る事にテンションが上がる。
ルーカスと会う時は髪は結んでおらず腰辺りまで長いまま、水色のドレスを着ていた。
庭園を歩く時には髪を結んでいるのは、知っている。
ここ数日、子犬になって屋敷の中を見て回り把握したからだ。
(間違って入って来たと思われて保護。……そしたら、カトリナの事だ。世話をしてくれる。いや、絶対にしてくれる!!!)
そうであれば、1日中甘えてもおかしくない。
周りから見れば子犬が甘えているだけにしか見えない。何にもおかしくはない。
今日中に終らせないといけない仕事は終わらせた。
見張りをしている筈のラングは、何故か今日は居ない。だから――邪魔者はいない!!!
一気にやる気に満ちたルーカスは小さく「ワン」と声に出す。
よし、犬の鳴き声には自信がある。と自分の行動におかしい所はないとばかりに胸をはる。
「お嬢様。ファールの奴が時間だって言ってますよ? そろそろ中に戻りますか」
「あ、待って。アリータ」
ファールと同じく護衛でもあり、執事でもあるアリータが気楽にそう伝えた。
一方のカトリナは、少しだけ待ってもらう様に言うと小さな花を1つだけ摘んだ。その後、アリータに少し屈んで貰い短い黒髪に挿す。
「ちょっ、お嬢様。……俺、男ですよ」
「えへへ。でも可愛いよ。ダメだった?」
(全然ダメじゃない! 全然ダメじゃないっ!!!)
近付く予定が、隠れている所から動けずにいる。
ルーカスは毎回カトリナの可愛さに勝てない。だから、こうして悶えている間に彼女は既に居なくなっている。
はっと気付いた時には屋敷に中に入られている状態なので、今日も失敗したと悲しくなった。
次の瞬間には暗転しており、突然の事に慌てる。
「!?」
「今日も来るとは……。諦めない人ですね、ホント」
その声を聞いてサッと血の気が引いた。
ルーカスにとっての天敵であるファールだ。目の前が見えなくなっているのは、袋か何かを被せられているからだと分かる。
抜け出そうにも口の部分は既に結ばれているので逃げられない。
短い手足でバタバタと暴れても意味をなさない。
「お嬢様に知られると一大事です。念の為にとラング様から貰った物があるんですよ」
覚悟して下さい、と処刑宣告が下される。
逃げられず言い訳も出来ない王子は、その中でずっと悲し気に鳴き続けた。
その翌日。
ルーカスと幼馴染のディルは揃って正座をさせられていた。
そんな2人の前には怒りを露わにする宰相の息子であるラングが睨んでいる。その様子をにこやかに見ているのは、彼等の幼馴染であるリンド。
彼が呼ばれた理由は簡単だ。
説教中に逃げ出した時に対処する為だ。彼は騎士団に所属し、体術は得意な方。そして、彼は幼馴染みには容赦がない性格だ。例え相手が王子であろうとも、リンドはねじ伏せる気でいる。
「聞いた時には驚いたけど、ルーカス。君、本当に犬になるなんて……面白いね」
リンドは呆れながら、そう言っていたが目は笑っていない。あとで色々と文句を言われる、と思いながらも反論した。
「面白くないよ!!! こっちは真剣なのっ」
「誰が話せって言ったの?」
「「何でもないです……」」
ラングのキレ気味の声に、震わしながら返事をしたルーカスとディル。
その光景を呆れた様子で見ているのは、カトリナに仕えている執事のファール。
巻き込まれていると思われているディルは、かなり冷や汗をかいていた。彼には怒られる理由が思い辺り過ぎるからだ。
ルーカスに自重しなくて良いと言ったし、変身魔法で子犬になるのも教えた。
魔法師団の所属であり、今回の件が発覚した時は体が震えた。副師団長に呼び出された時点で嫌な予感がしたし、トップの師団長も説教を受けている頃だろう。
師団長が怒られているのは、ルーカスに協力したから。近衛騎士団からも、日々の苦情も合わせて発覚。実力はあるのにどう抑えようかと、上層部が色々と悩む。
恐らく答えはでないだろう。
国王もちょくちょく抜け出しては、各方面から怒られているらしい……。
副師団長からの説教を終えたら、次の説教が待っているので、ディルは運がない。嫌がる彼を連れて来たのはリンドなので、勝てる気がしない。
予想外だったのは、行動力があり過ぎるルーカスだ。
まさか婚約者に甘えたいが為に、子犬に変身し1日中甘え倒そうだなんて誰が思うのか。だが、そう答えたディルに対しラングはたった一言で切り捨てた。
「絶対にやるに決まっている」
生きた心地がしないまま、ラングの説教は3時間続けられた。
足が痺れて動けない2人に対し、リンドは面白がって「ほらほら動け」と足を集中的に突いた。涙ながらに「止めろ!!!」と言って止める様なリンドではない。
「お疲れ様です、ラング様。こちらお嬢様が気に入っている茶葉です」
「ん。ありがたく貰う」
「う、ずるっ……」
「カトリナに知られたら婚約を解消されるぞ」
「それは願ったり叶ったりです。……早く解消してくれませんかね」
ふぅ、と息を吐いたファールに対してルーカスはすぐに反論した。
「ファール!! そんなこと言わないでよ」
「犬にして下さいなんて言う人は、非常識です。だから嫌いです。前から言っていると思いますが?」
「だよね。前から容赦ないと思ったけどさ!!」
「お嬢様が好きだと言うから我慢しているだけです。えぇ、仕方なく……仕方なくです」
「うわーーん。酷いよ。ディル、そう思わない!?」
「いや、全然。正常の範囲だよ」
「裏切者めっ!!!」
怒られ過ぎて悟りを開いた、ディルは顔を逸らしながらそう答えた。
その後、なんで見破られたのかと悔しがるルーカスにラングは道具を渡していたと説明した。
ファールに渡したのは水晶のネックレス。
その中にルーカスの魔力を付与していれば、自動的に辿り着くもの。例え変身しようとも魔力は、ルーカスの物。反応するのは当たり前だった。
この時ばかりは、自国の技術の高さを恨んだ。これでは隠れて会う事が出来なくなった。そう嘆きつつも、反省はしない。
その1週間後も実行しようとして、自室から出られなくなった時には「カトリナ~~」と叫んだ。
「遠吠え禁止!! そんなみっともない真似をするんじゃないっ!!!」
ルーカスの行動を対策する方法として、ラングはカトリナを王城へと呼ぶことにした。
呼んだ途端、やる気になったルーカスは物凄いスピードで書類を終わらせていく。ほぼ毎日呼ぶようになり、疲れていくラングとは対照的にルーカスは元気いっぱい。
「カトリナ、大好き!!! 愛しているーーー」
「わ、わわ、私も……ですっ」
「やった♪ 早く結婚したいねぇ」
「うっ。は、はいっ……」
好き好きアピールする王子に対し、カトリナは慣れずに固くなる。
ファールとラングはそれを見て、やるせない溜め息を吐いた。
王子のやる気スイッチは、カトリナに会う事なのだと。信じたくないが、目の前の光景はそう物語っている。
ちょっとだけ不安が過るが、しっかり管理しよう。
そう思ったラングとファールは固い握手をかわしていたのだった。