情熱的な毒注入
「やっぱり、君は俺のことを食べたいのか……?」
「あっ!!」
そうクルスが苦言を呈すると、アルラウネは怪物らしからぬ素っ頓狂な声を上げた。
顔がみるみる下半身に生えている五枚の花弁のように赤く染まって行く。
「た、確かに食べものは誘っていましたけど! でもまた貴方が来てくださるだなんて思ってなくて! あっ! あ、貴方は食べませんから、そのっ!!」
と、あたふたと狼狽えるアルラウネの下半身の花弁は少し萎れていた。フレアスカートにも見える茎の表面が僅かに乾燥しているように見えた。やはり、魔力が足りていないのだろう。
そんなアルラウネの様子を見て、クルスの胸は疼きを覚える。不思議と放っておけない気分となった。
「これ、いるか?」
「えっ……? 良いんですか?」
クルスの差し出した青い輝石を見て、アルラウネは首を傾げる。
怪物にものを恵む人間の話など、いまそうしている本人も聞いたことが無かった。しかし今のクルスにとってこれがしたいことであり、今判断すべきことだと感じていた。
もしかするとアルラウネには“魅了”に引きずられているだけなのかもしれない。
しかし気分は悪くないし、戸惑いも覚えていないので、この選択に迷いは無かった。
「魔力足りてないんだろ? 良いから」
「良いんですね?」
「もちろん。遠慮せず」
「じゃ、じゃあ……」
アルラウネはおどおどした様子で、彼女の強力な武器である蔦を伸ばした。
青い魔石をそっと絡め取り、自分のところへ引き寄せる。
「あの!」
「ん?」
「御恵みありがとうございます。謹んで頂かせて頂きます」
長く綺麗な髪を揺らしながら彼女は腰を折って最敬礼をした。
これが“真剣な戦闘の最中”ならば、絶好の攻撃チャンス。
それだけ丁寧で且つ、隙だらけというだけであって、クルスに攻撃する意思は感じられなかった。
クルスがそんなことを考えているなどつゆ知らず、アルラウネは蔦の先端を魔石へ鋭く突き刺していた。不気味な蔓はドクリと脈を打ちながら震えている。
やがて魔石は氷が溶けるように縮小して行く。
それと同時に彼女の腰に咲く五枚の花弁が瑞々しさを取り戻した。
かさついていた茎は潤いを取り戻す。上半身の柔肌も、艶やかさを取り戻す。
そんなアルラウネを見てクルスは正直に綺麗だと思ったのだった。
「え、えっとぉ……」
不意にアルラウネは頬を朱に染めつつ、声を震わせた。
「そ、そんなに見つめられるとその……恥ずかしいです」
「ッ!!」
まるで肌を初めて見られた処女のような。そんな想像を掻きたてるアルラウネの恥じらう様子に、クルスの身体は熱を発した。気恥ずかしさが沸き起こり、何かフォローの言葉をかけたいところだが、旨い言葉が浮かんでは来ず。
そのまま彼と彼女は静かな森で俯いたまま、無為な時間だけが流れて行く。
(な、なにか言ってやらないと……!)
「す、すみません! ちょっとこちらへ来ていただけませんか?」
と、先に声を上げたのはアルラウネの方だった。
「……?」
「だ、大丈夫です! 食べませんからっ! というか、さっきいただいた魔石でもうお腹いっぱいですからっ!! ちょっと確認したいことがあるんです! おねがいしますっ!」
青い宝石のような丸い瞳が彼を映し出す。
意図は分からない。しかし危険はないだろう。なんとなくそんな気がした。クルスはゆっくりとアルラウネへ歩み寄る。
「あの、もう少し近くに……」
「あ、ああ」
言われるがまま半歩前へ。愛らしい少女の顔が彼を見上げ、更に至近距離にあった。
アルラウネからなのか、甘い蜜のような香りがして、鼓動が早まった。
するとクルスの視界の中で蔦が動いた。
「し、失礼しますっ!」
アルラウネは顔を真っ赤に染めってそう叫ぶ。
蔓がポンとクルスの頭を押して、身体が傾く。同時にアルラウネも手を伸ばし、クルスの頬をそっと掴んだ。
突然のことに目を白黒させているうちに、愛らしい少女の顔が視界いっぱいに広がる。
「はむっ」
「っ!?」
かさついた唇に感じる柔らかく、そしてほんの少しだけ冷たい感触。
しかしその冷たさはほんの少しの間だけだった。
「はむぅ、んっ、ちゅ、んっ……」
アルラウネの舌が積極的に伸び、クルスの歯を叩く。自然と顎の力が抜け、柔らかな舌が入り込んでくる。
そして遠慮くすることなく口をこじ開けてきた。
「んっ、はふっ、んっ、ちゅ……」
彼女の舌は、彼女が武器とする蔦のように自在に、そして妖艶に動き出す。
クルスの舌は彼女の舌に絡め取られ、時に撫でるように、時に吸い取るように蠢く。その度にまるで甘い蜜のようで、しかしほんの少しピリピリする感触が口いっぱいに広がる。きっとこれは彼女の味で間違いない。
一方的で、激しく、深い、しかしどこか優しさのあるキスはしばらく続く。
もはやクルスの思考は当の昔にとろけてしまっていた。
今ここでアルラウネに不意打ちを喰らっても反撃することはできそうもない。
「んっ、はぁ……」
やがてアルラウネは少し名残惜しそうな顔をしながら、クルスの唇を解放した。互いの唇を繋ぐ銀糸がトロリと伸びて、名残惜しそうに途切れて落ちた。
「あの、どうですか……?」
頬を真っ赤に染めながら、アルラウネは上目遣いで聞いてくる。
「ど、どうって……な、何がだ?」
まさか“キスの感想”を求められているのか? 正直、これまでキスで感想など述べたことは無い。
最高だったのは間違いないので……ではその気持ちをどう伝えるべきか。
「例えば体が痺れるとか、気分が悪いとか、そういうことはありませんか?」
「いや、そんなことは……」
むしろ激しくて、一方的なキスの余韻が残っていて心地いい位だった。しかしそんなことを女性へ告げた日には、ドン引きされてしまうのではなかろうか。そうしてクルスが口にする言葉を選んでいると、
「やっぱり!」
アルラウネは、それまでの妖艶な雰囲気を吹き飛ばすような、少女らしい元気な声を上げた。
同時に嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「やっぱりって……?」
「なんで貴方には私の毒が効かないんですか!? 昨晩もそうでしたよね!?」
元気な仕草も可愛い。クルスはそう思った。同時に言っていることの意味は分かっていなかった。