表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/123

英雄祭


 街道で襲いかかってきた盗賊は最近、巷を騒がせている【青鬼盗賊団】という連中だったらしい。

残念ながら盗品の捜索依頼は出ていなかった。しかしそれが無くとも十分と言えるほどの報償金を、立ち寄った村の憲兵隊からもらうことができたのだった。


「皆さま、行きますよ! そーれっ!」


 フェアの掛け声に従って、報奨金を使って手配した馬車の中へ、ロナを車椅子ごと乗せてゆく。

車いすは相当な大きさのため、車内の大半のスペースを使ってしまっていた。

五人で乗るには少々窮屈そうだが、ガマンするしかなさそうである。


「クルス、まずはお前から座るのだ!」

「ん?」

「いーから早くするのだ!」


 ベラに促されるまま、クルスは馬車の椅子へ腰を据える。次いで入ってきたベラが、ぴょこんと飛んで、クルスの膝の上へ乗っかった。


「な、なんだ急に?」

「これで窮屈解消なのだ! クルスは今から僕の席なのだぁ!」

「あ――っ!! ベラ、なにやってんのよ!!」


 眉を釣り上げたセシリーが乗り込み、すぐさまベラを睨む。


「なにって、クルスの膝の上に乗ってるだけなのだ! 何か文句あるか!?」

「別にクルスの膝の上じゃなくても良いでしょ!?」

「いやなのだー。僕はここがいいのだー」

「降りなさいよ!」


 セシリーに怒鳴られてもなんのその。ベラはクルスの膝の上で、腰を動かしてご機嫌な様子だった。

 まだまだ未熟だが、それでも柔らかいベラの感触が、ぐりぐりクルスを責め立てる。

もっとも、ベラ自身は無自覚なようだが。


「いやなのだー」

「このぉ!」

「お止めなさい二人とも!」


 フェアの叫びにセシリーとベラは背筋を伸ばす。

そしてフェアはセシリーとベラを隔てるようにクルスの隣へ勢いよく座り込む。


「ちょ、ちょっとフェア、なにしてんのよ! 退きなさいよ! 主としての命令よ!」


「申し訳ございませんがその命令は聞きかねます。もはや私はあなたの命令を忠実に守る気はございません! 間違いを正しつつ、お守りするのが私の使命。これが私の意思です! ゆめゆめお忘れなきよう!」

「わ、わかったわよ、もう……」


 セシリーは不満げだが大人しくフェアの隣に座るのだった。


「やーい、怒られたのだぁ!」

「ベラ、あなたもこっちへ来なさい?」


 と、ロナは笑顔で穏やかに声を出す。

ベラは分からない風を装って首を傾げる。


「早くなさい」

「ひっ!!」


 ロナの冷たい声を受け、ベラはぴょんと飛び上がった。

そして彼女の膝の上へ、大人しく収まり、ガタガタと震えている。

お姉さん様々だった。


「すみませんでしたフェアさん。助かりました」

「こちらこそお嬢様が御迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」


 フェアは苦笑いを浮かべつつ、そう答えた。


「ありがとうフェア。助かった。礼を言う」


クルスも助け舟を出してくれたフェアへ礼を言う。

すると彼女は珍しく柔らかい笑みを浮かべた。


「いえ。自分の意思に従って行動したまでです」

「成長したな、君も」

「ありがとうございます。こうした行動が取れるようになったのもクルス殿のおかげです」

「そうか?」

「はい! 休眠期前に、あなたに散々投げ飛ばされて、すっかり考え方が変わりましたので」

「……そ、そうか」


 今さらながら、あの時散々投げ飛ばしたのは、少々やりすぎだった思う。


「感謝しております。今後とも、未熟な私へのご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いしします!」


 しかしフェアがは、頬を少し赤く染めて微笑んでいた。

彼女も彼女なりに少しずつ心を成長させている。それが見られて嬉しいとクルスは思った。


「ちょっとフェア、あんたまさか……」

「なのだぁー! フェアがクルスの隣に座りたかっただけかぁ!?」

「あらあら。もしかしてフェアさんも……?」

「えっ? い、いえ、違います! これは!! わ、私は決してクルス殿へ邪な気持ちなど!!」


 てんやわんやの中、馬車が走り出す。

 馬車の終着点。クルスとロナの念願だった目的地――聖王国第二の都市"アルビオン"へ向けて。

 

 その名前は“聖王国”建国以前に、この大陸で災禍を招いた”魔女”を、自らの命と引き換えに滅ぼした“勇者アルビオン=シナプス”に由来する。

 真に勇敢なる者の名を持つ巨大都市は、聖王国の交易の中心として、あるいは首都の聖王都を守る盾として、順調に発展を遂げている。



「ここがアルビオン……」


 到着したアルビオンを見渡して、ロナは声を震わせていた。

珍しいのかきょろきょろと辺りを見渡している。

ただの感動、とは少し違うように感じるのは気のせいか。


「どうかしたか?」

「いえ……どうもしないのですけど、少し……」

「少し?」

「ホッとするような、樹海に居る時のような、そんな……」


 晴天に号砲が幾つも鳴り響き、聖王国第二の都市アルビオンはいつも以上の人出で賑わっていた。

 軒を連ねる屋台からは威勢の良い呼び込みの声が響き、辺りを見渡してみれば、珍しい品の数々が所狭しと並んでいる。

街のあちらこちには大道芸人が芸で彩りを添えている。憲兵や兵士、はたまた冒険者は普段手にしている武器の代わりに楽器を持ち、心地よい音色を響かせていた。

 老若男女、誰もが明るい笑顔を浮かべ、騒ぎ、そして今日の祭典を心の底から楽しんでいる様子である。


「なんだ!? みんな僕たちと一緒かぁ!?」


 ベラは辺りの人を見て、驚きの声を上げた。


 更に道ゆく人々の多くが、綺麗に着飾ったり、中には魔物のような扮装をしている人もいたからだった。


「春の英雄祭は仮装をしてもいいんだ。この季節はこの街の名前の由来となった勇者アルビオン=シナプスが、初めて魔物の大群を退けたとされている。だから皆魔物のような格好をして、アルビオンの英霊を迎える風習なんだ」

「へぇー、じゃあ私たちも変装しなくて良いのね?」


 セシリーは帽子を脱いで、頭の花を晒す。確かに違和感はない。


「ほら、フェアも!」

「お、お嬢様!?」


 セシリーの手でフェアの頭を覆う頭巾が取り払われた。赤いキノコ傘が晒されるが、道ゆく人は誰も気に留めた様子を見せない。


「ベラ、あっちに美味しそうな食べ物の屋台があったの! 一緒に行かない?」

「おーまじか!」


 セシリーはロナへ近づき、少し腰を屈めた。


「行きはありがとね。次はロナの番よ。クルスと二人っきりでゆっくり楽しんで」

「ありがとう、セシリー。すみませんが、ベラのことを頼みますね」

「ええ、任せて。さぁ、ベラいくわよ! どっちが美味しい食べ物を見つけられるか勝負よ!」

「おーう! セシリーには負けないのだぁ!」


 セシリーとベラは元気よく走りだし、


「お、お二人とも、お待ちを! 走ったら危ないですよ!!」


 慌てた様子でフェアは追いかけ始めた。


「クルスさん! 私にアルビオンの色んな所をみせてください! お願いします!」

「ああ」


 クルスはロナの車椅子を押し、英雄祭で湧く、アルビオンへ踏み出してゆく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ