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夢への旅立ち


「わ、悪かったわ。反省してる……」

「お嬢様! そんなのでは誠意は伝わりません! もっとちゃんと謝ってください!」

「わ、わかっているわよ、もう……ごめんなさい……」


 右の上半身が石化したままのセシリーは、フェアに支えられながらもう一度頭を下げた。同時にフェアも深々と腰を折る。


「俺からも謝罪する。この度はセシリーが迷惑をかけ、更に皆を巻き込み、申し訳なかった。どうか、俺の顔に免じてセシリーを許してやってほしい」


 クルスもまた頭を下げて、


「セシリーはすごく反省しています。だからどうかお願いしますっ!」


 一番の被害者だろうロナも頭を下げる。


 そんな様子をゼラ、ビギナ、そしてモーラの三人はポカンと口を開いて眺めていた。


「こ、これってどういうことっすかね、ビギッち……?」

「ええっと……」

「と、とりあえず話を整理しますね。まずセシリーさんはロナさんが樹海から出てゆくのは守護者として困ると思った。だけどまともに戦っては勝てそうもない。だからロナさんをラフレシアに変えて、妨害をした」

「その通りです、モーラ様。御明察です」


 フェアは丁寧な口調で肯定する。

 冷静なモーラも、さきほどまで命のやり取りをしていた相手に敬服されて、やや戸惑った様子を見せていた。


「つ、続けますね……でも、ロナさんは完全にラフレシアに取り込まれず、無事でいて、それを確認した私たちが攻め込んできた。セシリーさんたちは迎え撃ちましたが、最終的には負けてしまった。そしてセシリーさんはクルスさんとロナさんに怒られて、反省し、今の状況に至る……といったところでしょうか?」

「もしかしてウチらって……」

「先輩たちの内輪揉めに巻き込まれただけ……?」


 ビギナの言うことが、結局のところ真実であった。だからこそクルスやロナは未だに頭を下げ続けているのだった。


「先輩、そして皆さん、頭を上げてください」


 ビギナの声に従って、クルス達は頭を上げる。彼女は笑みを浮かべた。


「私は良いですよ。セシリーさんを許します。誰も死んだりしなかったわけですし」

「そっすね。ウチも久々に全力で戦えてスッキリしたし、許すっすよ! まぁ、この一件のおかげでビギッちは先輩と、ぬふふ……」

「ちょ、ゼ、ゼラぁ! こんな時に言わなくてもぉ!!」


 ビギナは耳まで真っ赤に染めている。そんな彼女を見て、モーラはクスクスと笑っていた。


「私も実戦で自分の魔法がどれ程のものか確かめることができましたし、良い経験になりました。そういうことにしておきます」


 モーラは年上らしく、大人な対応を見せる。

一応、セシリーは許されたらしい。


 しかし一人だけ、セシリーを許していないのか、マンドラゴラのベラはずっと仏頂面で佇んでいる。

 ベラはズンズン歩き出す。そしてセシリーの前へ立った。


「ベラ……?」

「セシリー! 歯、食いしばるのだ!」

「はっ?」

「どっせーい!」

「がふっ!?」


 セシリーの腹へベラのロケット頭突きが良攻撃ベストヒット

 モロに喰らったセシリーは吹っ飛んで、床の上をポンポンと、球のように転がってゆく。


「いったたたぁ……! い、いきなり何するのよ!? 痛いじゃない!! 腕が砕けたらどうするつもりよ!!」

「バカなことをたくさんしたセシリーへのお仕置きなのだ! ねえ様に酷いことをして、みんなにたくさん迷惑かけて、セシリーは悪い子なのだ!!」

「……っ」


 セシリーは何も言い返せず、バツの悪そうな顔をする。

 そんなセシリーへ、再びベラはズンズン近づいて見下ろした。


「本当に反省しているか?」

「うん……ごめん。本当に……」

「もうこういうことはしないか? ねえ様やみんなに迷惑を掛けないって誓うか!?」

「ち、誓うわ! もう二度と絶対に!」

「そうか……」


 ベラは頬を緩める。そしてセシリーの胸へ飛び込んだ。


「じゃあ、僕も許すのだぁ……もうセシリーや、フェアとは戦いたくないのだぁ! みんないつまでも仲良しが良いのだぁ!」

「ベラ……ありがと。私もよ。本当にごめんなさい……」

「お帰りなのだ、セシリー!」

「ただいま、ベラ。これからはずっと仲良しでいようね」


 セシリーとベラは互いに抱擁し、涙を流し続ける。


 そんな二人をみてクルスは暖かい気持ちを得る。

きっとそれは周りにいる誰もが、柔らかい表情で見守っているので、同じ気持ちなのだろう。


 こうして冬の樹海における、一連の事件は収束を見せた。

 

 樹海は本格的な冬を向かえ、寒さがより一層樹海を包み込む。


 セシリーとフェアは暫しの眠りに就き、ベラやロナも眠っていることが多くなった。

 唯一動ける人間のクルスは、大事な彼女たちを見守りつつ、冬を過ごしてゆく。


 しかし開けない冬はない。

 

 やがて季節は廻り、樹海へは再び暖かい風が吹き込み、花が芽吹いた頃。

 クルスは目覚めたベラと共に、約束を果たすべく、ラフレシアと下半身が同化したままのアルラウネのロナの下を訪れた。

 

 

「ロナ、良いな?」

「は、はい。よろしくお願いします」

「ねえさま頑張るのだ!」


 クルスは覚悟を決めて、短剣を抜く。そして、ラフレシアに取り込まれたことで、竜の首ほど長くなったロナの下半身へ刃を突き立てる。途端、ロナは苦悶の表情を浮かべた。


「だ、大丈夫か? やはり……」

「構いません。そのまま続けてください」

「しかし……」

「夢なんです」

「夢?」

「みんなと、そして貴方と樹海ではない風景をみたい。もっと色んな世界をクルスさんと一緒にみたい。それが今の私の夢なんです! そのためだったらこの程度耐えて見せます!」


 もはや何もいうまいとクルスは心に誓い、短剣を振るう。

ロナは必死に痛みに耐え、唇を結んで、漏れ出しそうな悲鳴に耐え続ける。


 切り離しは成功し、切り取った一本一本の根へ、丁寧に水分と、土の代わりである魔力を含ませた包帯を巻いてゆく。

 そして休眠前にフェアが繕ってくれた、白いブラウスを着せた。やや、胸の辺りが苦しそうだが、生憎クルスに服を直す技術は無い。

暫くは、ロナの胸元が気になるだろうが、そこは時の流れという“慣れ”が何とかしてくれると願ってやまない。


「しっかり掴まってろ」

「はい。よろしくお願いします」


 クルスは身支度を終えたロナを抱き上げた。

 腕に伸し掛かってきた体重は驚くほど軽く、身体もガラス細工のように細い。

元々ロナはそうだったのか、樹海から切り離してしまったからこうなったのか否か。

今、腕の中にいるのは、危険度SSの魔物とは到底思えない、華奢で美しい、クルスの愛する人。


(これからもしっかりとロナを守り続けよう。いつまでも……)


 クルスはそう決意しつつ、ロナを車輪の付いた椅子へ座らせた。

ビギナとゼラがロナのためにと荷車を改造して作成し、先日プレゼントしてくれたものだった。

 最後にこれまた休眠前にフェアが用意してくれたブランケットをロナの足の位置に相当する、下半身の茎へ被せれば――どこからどうみても人。ロナが魔物であると疑うものは、いない筈。


「座り心地はどうだ?」

「なんだか不思議です。今まで見ていた光景と全然違って……すごく好きです!」

「そうか。ならばよかった。ビギナとゼラに感謝だな」

「はい! 近い内にお二人にはお礼を言いに行きたいです」

「そうだな。では行くか!」

「はい! ベラも!」

「おう!」


 前へ力を込めると、車輪が回りだし、ロナを乗せた椅子が進み出す。

ロナは流れる樹海の風景に目を輝かせている。頬にうける風が新鮮なのか、満足そうだった。

 

「ねえ様、嬉しいか?」

「うん! 動けるってこんなに素敵なことなんだね!」

「そうなのだ! 素敵なのだ! だからこれからはねえ様も僕と一緒に色んなものをみるのだ!」

「そうだね! 色々と教えてね!」

「おう! なんでも僕に聞くのだー!」


 クルスは立ち止まり、ロナを乗せた車椅子を止める。

樹上から目の前へ、ラフレシアのセシリーと、マタンゴのフェアが降り立って来たからだった。


「久しぶりだな二人とも。休眠期は終ったのか?」

「ええ。ぐっすり眠ったわ」

「そうか。で、なにか用か? 今さら止めても無駄だぞ?」


 あえて初冬のことを意地悪く言うと、セシリーは「そんなことしないわよ!」と強く否定する。

そして何か言いたげに顔を俯かせた。


「ほら、お嬢様」

「ちょ、ちょっと!!」


 フェアに押されてセシリーがふらふらと前へ出された。


「あ、あのさ、えっと……私たちも一緒に行っちゃダメ、かしら?」

「本気か? 樹海は良いのか?」

「良くはないけど……でも……三人がいなくなっちゃうの、寂しいしそれに……」


 言い淀むセシリーの肩を、後押しをするようにフェアが叩いた。


「私も見たいの! 広い世界を!! いつかは樹海に戻らなきゃいけないけど、それまでは一緒に! だからお願い! 私とフェアも連れてって!」

「ロナ、どうする?」


 クルスがそう聞くと、ロナはクスクスと笑い出す。


「良いですよ。一緒にいきましょう、セシリー! フェアさん!」

「ありがとう! ロナ!」

「かたじけない。もしお嬢様がまたわがままを言い出しましたら、私が責任を持って対処いたしますのでご安心ください!」

「ちょ、ちょっと! もうわがまま言わないわよ!!」

「大丈夫なのだ! セシリーが悪さしたら、また僕がお仕置きするのだぁ!」

「だ、だから、もう悪いことしないって! 信じてよぉ!!」


 四体の魔物――基、四人の少女は仲睦まじく、会話に華を咲かせている。


(なんだか賑やかな旅になりそうだな)


 しかし悪くはないと思う。この先はきっと楽しいことがたくさん待っているはず。

なぜならば、今のクルスのそばには、もはや"家族"とも言える、大事な人々がたくさんいるのだから。


「よし、出発だ!」


 季節は一巡し、再び芽生えの春。

 クルスたちの新しい季節が、ここから始まって行く。



⚫️⚫️⚫️



「ビギッちは合流しなくて良いんっすか?」


 ゼラは丘の上から樹海を旅立ってゆくクルスたちを見てそう聞いた。


「うん。だって私はまだ奨学金のこともあるし。今は未だ……」


 ビギナはクルスに車椅子を押されて嬉しそうなロナを見て、そう溢す。


「でも本当は付いて行きたいんっすよね?」

「それはゼラもでしょ?」


 ゼラは「あはは……」と微妙な苦笑いを浮かべた。


 ビギナはにっこり微笑んで、


「先輩と私たちは冒険者だもん。近いうちに必ず会えるよ。必ずね……」



――もう、空は繋がっている。心は傍にある。だって彼は、受け入れてくれたのだから。


*これにて四章終了です。ありがとうございました。

最終章『ベルナデットの記憶』は6月29日(月)より掲載開始予定です。

最後までよろしくお願いいたします。

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