石化状態異常攻撃
「クリア!」
動物の骨へ寄生して襲いかかるビーストプラントを撃破したクルス一行は、更に先へと進んでゆく。
順長に敵を倒して道を切り開いて来たクルス一党は、ようやくロナを取り込んで塔のように巨大に成長した"ラフレシア"の下へたどり着く。
しかしたどり着いたのは良いものの、この先をどうするべきか頭を悩ませた。
頂上にロナが捕われているので、上を目指すのは当たり前である。ならばやはり、この塔のように高いラフレシアをよじ登るしか方法が無いか。
「モーラ、もしも解析魔法が使えたら、こいつの内部を調べてくれないか?」
「わかりました。少しお待ち下さい」
モーラの唇が高速詠唱を紡ぎ出した。白い魔力の輝きが迸る。
「解析開始(スタート!)」
モーラは目を閉じたまま、ラフレシアへ向かって錫杖を突きつけた。白色の輝きが、ラフレシアを素早く滑ってゆく。
やがて放った輝きが消えた頃、モーラは目を開けた。
「ラフレシアの内部は空洞が多いです。細かくは見えませんでしたが、突起や回廊のようなものも確認できました。中を進むことは可能なようです」
「君としてはこれをよじ登るのと、中を進むのどちらが良いと思う?」
「正直申し上げて、私はよじ登って頂上を目指す自信はありません。それに両手が塞がりますので、空から攻撃される恐れもあります」
「確かにそうだな。入り口らしきものはあったか?」
「今の解析では見つかりませんでした。どこかにそれらしきものか、穴でもあればいいのですが……」
「んなここまで来て探すなんて面倒っす! ウチに任せるっす!」
そう声を上げたのは大剣使いの戦闘民族ビムガンの戦士ゼラ。
彼女は各々へ下がるよう促し、ラフレシアの前へ立つ。
「いくっすよぉ! 猛虎剣! 地虎斬波!」
気合の籠った技名と共に、ゼラは大剣を地面へ叩きつけた。
ゼラの魔力が強い衝撃破となって、地面を削りながら疾駆する。
それはまるで塔のように、巨大に成長した”ラフレシア”の根本へ衝突し、爆ぜた。
根元には人が通れるほどの穴が開かれる。
「おー! 凄いのだ! 木っ端微塵なのだぁ!」
ベラは興奮した様子をみせ、
「もう、ゼラは無茶苦茶なんだから……」
ビギナは呆れたようにため息を吐く。
「しかしこれで道は開かれたな! 敵が集結する前に急ぐぞ!」
クルスの素早い判断に皆は従って、ゼラが穿った穴からラフレシアの中へ突入してゆく。
ラフレシアの内部は青臭い匂いが充満し、空気はやや湿っぽさを含んでいた。
壁はまるで生き物のように脈動を続け、なにかを吸い上げている。
一度だけ地龍の腹の中へ飲み込まれたことのあるクルスは、その時のことを思い出してしまい、少し気分を悪くする。
しかしそんなことをで立ち止まるつもりは毛頭なかった。一刻も早くロナがいるであろう頂上の花を目指すべきだった。
それでもなかなか動き出せずにいたのは、別の原因があるからだった。
「突起はどこにあるんだ……?」
モーラの魔法はラフレシアの内部に回廊や、突起物があると解析してた。
見上げてみれば、確かに上の方には足元を落ち着けられそうな、橋のようなものがある。しかしそこに行くまでの道や、踏み台に相当しそうな突起物は見られない。
「おかしいですね。さっきは確かに壁から生える突起物のようなものが……」
「先輩! 壁が!!」
ビギナが切迫した声を上げて、壁を指差した。
まるで肉のように蠢く、ラフレシアの内壁。その一部が次々と破れ、蔓のようなものが飛び出してくる。
それは先端が割れて、大きな口をもつ"頭"のようなものへ変貌する。
「へ、蛇かぁ!? なんなのだぁ!?」
内壁から生えた無数の蔓は次々と蛇のように変化し、クルスたちを見下ろしている。
(モーラが解析した突起物とはこれのことか)
幸い、出現した蛇は内壁から生えているだけで、飛びてくることはなかった。
体長もさほど長くはなく、どう考えてもクルスたちのいるところまでは届きそうもない。
この蛇はハッタリなのか、なんなのか。皆目検討もつかず、それが反って不気味であった。
その時、一瞬頭上を覆う"蔓の蛇"の目にあたる部分が輝いた気がした。
「わわ! なんっすか!?」
ゼラは突然"石化"を始めた肩部の鎧をみて驚く。
「石化睨みです! 私の後ろへ隠れてください!!」
モーラは慌てて聖光壁を貼り、一党はその中に飛び込んだ。
その間も、蔓の蛇はクルスたち目掛けて眼光を放っている。
「これじゃ動けない……!」
ビギナは石化したゼラの肩部鎧へ状態異常回復魔法をかけつつ、恨めしそうに頭上の蛇を見上げている。
しかしこの状況で、石化睨みはクルスにとって暁光なのかもしれないと思った。
「俺にやらせてくれ!」
クルスは一人、モーラの聖光壁から飛び出した。
頭上を覆う蔓の蛇が一斉にクルスを見下ろし、目を輝かせる。
硬い鎧さえも瞬時に石化させてしまう蛇の眼光。
だが、"状態異常耐性"のあるクルスにとって、石化睨みは星の瞬きよりも弱いただの光でしかない。
ここまでは予想通り。後は――
明滅する輝きの中、クルスは矢をつがえ、弦を引く。矢へ魔力を流し込む。まるで“石”を思わせる灰色の輝きが鏃の先端へ宿った。
矢を開放し何匹かの蔓の蛇を串刺す。
すると、蛇の体表が石で覆われて、固まる。“石化現象”が起こった。
石化した蛇はさながら、上へ登るための“踏み台”のようだった。
これまで“状態異常耐性”を用いて戦い続け、分かったことがあった。
状態異常耐性とは症状が引き起こされないだけで、クルスの身体には滞留しているということ。
それを攻撃手段へ転じられるということ。ならば、“魔力由来の状態異常”も同様なのではないか。
異常発生による行動制限や体の変化はないものの、“効果”は体に付与されているのではないか。
その予想は見事に的中していた。
「皆、俺が上へ登るステップを作る。あとへ続け!」
クルスは最も手前の蛇を射抜き、石化させてステップへ変える。
あまり距離をおかず、できるだけ細やかに蛇を石化して、どんどん上へ続くステップを生み出してゆく。
「クルスやるのだぁ!」
「いやぁ、敵を逆に踏み台にするなんてクルス先輩痺れるっす!」
「先輩、さすがです!」
「状態異常耐性とは凄い力ですね……皆さん、参りましょう!」
四人は順次、クルスに続いて彼が作り出したステップを踏み、後に続き始める。
ほとんどの蔓の蛇はクルスによってステップに変えられてしまった。そして五人は頭上に見えた、回廊のようなスペースに到達する。道幅は意外と広く、連続跳躍で疲れた足を休めるにはちょうど良さそうな場所だった。
しかし休む間はなし。なぜならば目前に奇妙な隆起が生じ始めたからである。
生えるように次々と姿を現したのは、まるで手足のように見える根を持った、頭に該当する箇所にベラと同じ"紫の花"を咲かせた怪物――マンドラゴラ。不気味な植物の魔物が徒党を組んで、ゆっくりと向かってくる。
「ここは僕に任せるのだ!」
真先にベラが前へ出た。
「良いのか?」
「僕はねえ様のベラなのだ! ねえ様に危害を加えるものは全部僕の敵なのだぁ!」
マンドラゴラの集団はぴたりと歩みを止める。
ベラもまた息を吸い込み、胸と腹を大きく膨らませる。
「「「どーっせぇ――っ!」」」
「どっせぇぇぇぇぇぇーいっ!!」
頭に響く音と、空気さえも震撼させる互いのバインドボイスが正面からぶつかり合った。
数は力とよく言ったもの。一人のベラに対して、マンドラゴラは複数であるため、バインドボイスのぶつかり合いでも、圧倒的に優位な筈だった。
しかしマンドラゴラ集団の放った不気味な音のバインドボイスは、ベラのものにかき消された。そればかりか怯み(スタン)効果さえ発動させて、その場へ釘付ける。
破格の魔物であるロナから分化したベラもまた、破格のマンドラゴラであるとクルスは思い知る。
「みんな今なのだ!」
「アタック!」
クルス、ベラ、ゼラの三人は怯んだマンドラゴラの集団へ突っ込んでゆく。
「モーラさん、私たちも剣で行きましょう!」
「ええ!」
ビギナとモーラは杖から仕込みの刺突剣を抜き、クルスたちへ続く。
二人は時に協力し、時に守り合うといった綺麗な刺突剣での連携をして見せる。
しかし二人はあくまで基本的に"後衛の魔法使い" 物理攻撃が本職の"前衛"が遅れを取る訳にはゆかない。
五人はまるで競い合うかのように怯んだマンドラゴラを一方的に攻撃し、下へ突き落としてゆく。
「また土の中で逢おうなのだ……」
やがて全てのマンドラゴを駆逐し終えた頃、ベラは落ちてゆく同族を見ながらそう呟いた。
同族を退けてでも、ロナを救出したい。それが今の"マンドラゴラのベラ"を突き動かす原動力。
そんなベラの想いを無下にしてはいけないとクルスは思い、ロナ奪還の決意を改める。
そして頭上に現れた蔓の蛇を再び石化させてステップとし、先を急ぐ。
そうして五人は二つ目の回廊に足をつけた。
途端、青臭い匂いが強まり、黒く大きな影が彼らを覆う。
蔓と花で形作られた"巨人"だった。名付けるならばさしずめ――植物魔人と名付けるのが相応しいか。
「そろそろうウチにもやらせてほしいっす! たまにゃ活躍しないとビムガンとして恥ずかしいっす!」
ゼラは肩に抱えた大剣と共に前へ出た。
確かに、一応火属性を得意とするゼラにはうってつけの敵である。




