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樹海の三大怪人


 激しい水しぶきを上げる滝を背景に、巨大な鋏をもつ、青い蟹が佇んでいた。

危険度Bと目される魔物ーーハインゴック。

 接敵当初より真正面からぶつかれば難儀する相手である。

しかし目の前のハインゴックは日向ぼっこでもしているのか、戦う気配を一切見せていない。


 そんな好機を逃さず飛び出してきたのは、冒険者実習中はアタッカーを役割を担うことになった、妖精の血を引く少女:サリス。


「くらぇー! 錆爪ラスティネイルぅ!」

「GYO!?」


 サリスは腕にまとった、まるで"竜の爪"を思わせる魔力でハインゴックを切りつけた。

鋭い斬撃はハインゴックの背中の青い甲羅を突き破り、肉を裂く。誰が見ても明かなダメージ。しかし、致命傷ではない。

 不意打ちに驚いたハインゴックは振り返り様に、鋏を突き出す。刃物のように鋭い鋏が、宙で無防備を晒しているサリスへ迫る。


「はぁっ!」



 すると下からでディフェンダー役のオーキスが飛び上がり、緑に輝く木の棒でハインゴックの鋏を弾いた。

更にオーキスの膂力はハインゴックの青い巨体を揺さぶり、体勢を崩させた。


 後方で既に高速詠唱を終えたリンカは、ハインゴックにとっては脅威の"雷属性魔法″を、放てるよう手にした魔法の杖へ紫電を纏わせている。


「あはっ!」


 しかしリンカの魔法の射線上にサリスが現れた。リンカの魔法などまるで当てにしていないかのように、魔力で形作った巨大な爪で、ハインゴックへ迫撃を仕掛けて更なるダメージを与える。


「だからサリス! 一人で突っ込まないの!」

「へーきだってぇ! おっきい蟹なんてサリス様一人で十分だよぉ!」


 オーキスの注意も聞かず、サリスはハインゴックへの攻撃を続けた。オーキスも無鉄砲に攻撃をし続けるサリスのフォローに手一杯の様子。

本来はサリスとオーキスへ指示を出すべきリーダーのリンカは、後方でただ狼狽えているだけ。


(やはり予想通りか……)


 茂みの中からビギナやゼラと共に、三人の戦う様子を観察していたクルスは、そんな感想を抱いた。


 魔法学院の一年生たちの各々の実力は、危険度B程度の魔物ならばどうということは無いらしい。それこそサリス一人で何とかなると言い切れる。しかしこれはあくまで冒険者としての心得を学ぶ実習の場。これでは何の意味もない。


「アースソードッ!」

「GYOOO!!」


 地面から剣のように鋭く大きな岩を出現させる地属性魔法――アースソードをサリスは放ち、ハインゴックの左の足を二本引き裂いた。

バランスを崩したハインゴックはドスンと砂煙をあげながら、地面へ腹を付ける。口からは白い泡を吹き、苦しんでいる様子を見せる。

おそらく後、一、二撃で勝敗は決してしまう。


 ここがタイミングだと思ったクルスは、ビギナたちへわからないよう、地面を数回指で弾いた。


「頼んだぞ」


 クルスがビギナたちに聞こえないよう声をかける。すると、目の前に細い蔓の先端がちょこんと生えて、お辞儀のように先端をまげるのだった。


「こいつでとどめだー!」


 サリスはハインゴックへトドメの一撃を放とうと駆けだした。

そんなサリスの足を突然、地面から生えた″蔓″が絡めとる。


「わわ!」

「サリス!」

「サリスちゃん!?」


足を絡めとられたサリスはそのまま、宙へ吊し上げられた。


「サリスをはなせぇぇぇ!!」


 オーキスは木の棒を手に、蔓へ向かって勇ましく駆けてゆく。


「はぁっ!!」


 気合の籠もった掛け声と共に木の棒で細い蔓を叩いた。しかし蔓はわずかに凹んだだけで、千切れる様子は見られない。

蔓はオーキスの胴へ巻きつき、彼女もまた吊し上げられるのだった。


「先輩! ゼラ! いきましょう!」

「うぃっす!」


 ビギナはゼラと共に、吊し上げられた2人を茫然と見上げているリンカの元へ駆けて行った。


「どっせぇぇぇーいっ!」


 突然、樹上から激しい音圧が降りかかった。ビギナとゼラは意図せず、その場に膝を突く。


「うふふ……あはは! 無様ね人間!」


 そして高飛車な甲高い笑い声と共に、三つの影が樹上から舞い降りた。


「あ、貴方は!?」

「あら、誰かと思えば先日散々この森を荒らしてくれた愚かな魔法使いの一人じゃないの。恐れず良くこの森へ踏み入ったわね?」


 ラフレシアのセシリーは悪そうな笑みを浮かべた。


「ビギッち、こいつらは五大怪人じゃないっすか!?」

「ご明察だ、誉あるビムガンの戦士よ! この高貴なお方こそ、我が主人:ラフレシア様! そして私はその騎士マタンゴ!」


 マタンゴの女騎士:フェアは大仰な名乗りを上げる。


「ベラ……じゃなくて……僕はマンドラゴラなのだぁーしゅこー。樹海を荒らすお前たちを倒しに来たのだぁ! しゅこー!」


 前の戦いでクルスの渡した不気味な木の仮面を被ったマンドラゴラのベラは、辿々しく名乗った。


(昨晩の拒否はなんだったんだ。すごくノリノリじゃないか……)


 クルスは昨晩の提案時、セシリーからがみがみ文句を言われたことを思い出し、苦笑する。

そして何事もなかったかのように緊迫するビギナたちへ合流するのだった。


「さぁ、人間! 樹海へ無断で踏み入った罰よ! おりなさい!」


 セシリーは手にした棘の鞭をピシャリと地面へ叩きつけた。

それを合図に怪人たちはクルスたちへ向かってくる。

 

 クルスは真正面にいたフェアへ向けて遠慮無く短剣を抜いて、遠慮無く切りつける。

 フェアは腰の鞘から素早くサーベルを抜いて、受け止める。


「随分とノリがいいな。昨晩セシリーにガミガミ言われたのはなんだったんだ?」


 クルスは刃越しにフェアへ聞く。彼女は白刃の後ろで、苦笑いを浮かべた。


「アレは少々素直ではないところがあってな。昨晩は御迷惑をおかけした」

「大丈夫なんだろうな?」

「そこはご安心を。ここだけの話ですが……一番ノリノリなのがお嬢様なのです。どうやら暇を持て余していたようで。昨日もクルス殿や皆様が楽しげに過ごしていらっしゃるのをみて羨ましそうにしておりました……」


 なんだかんだでラフレシアも根は良いやつで、結構寂しがり屋なのだと思う。

これが終わったらセシリーにはしっかりとお礼をするとクルスは心に決めた。


「しかしやりすぎるなよ」

「承知はしております。が! 怪我の有無は皆様次第ですね!」

「ぐおっ!?」


 フェアの蹴りをクルスは遠慮なく浴び、思い切り突き飛ばされた。そんな彼を地中からロナの蔦が生えてうまくキャッチした。

蔓はすぐさまグルグルとクルスの体へ巻きつく。そして3人目の被害者としてクルスを吊し上げるのだった


「はなせぇ! サリス様縛るの好きだけど、縛られるの好きじゃないのぉー!」

「こいつ、離れない!!」


 サリスとオーキスは必死に蔓を解こうともがく。しかしそうする度に蔓が、キュッと締まって2人を放そうとしない。

苦しませず、しかし離さず。ロナの職人技である。


「2人ともウチが助けるっすよぉー!」


 ゼラは軽々と大剣を肩に担いで、サリスとオーキスを拘束する蔓へかけてゆく。

そんなゼラの前へ、木の仮面を被ったベラが行手を塞いだ。


「マンドラゴラっすね! おめぇなんかにウチは止められないっすよ!」

「むっ! それはこっちのセリフなのだ! どぉぉぉせぇぇぇぇ!! しゅこぉぉぉー!」

「ッ!?」


 ベラの激しい音圧がゼラへ襲いかかる。人よりも耳が良いゼラは、必死に長耳を手で押さえて耐えていた。

それを好機と言わんばかりに、ゼラの足元からにゅるりと、蔓が生える。

かくして4人目の被害者としてゼラはロナの蔓によって吊し上げられたのだった。

 

「アクアランス!」


 ビギナは水で形作った大槍を突き出す。

対するラフレシアのセシリーは、棘を凪いで、これを消滅させる。

 水属性魔法を得意とするビギナと、水を恵みとする植物系魔物のセシリー。相性は敵対する同士では最悪である。


「あははは! おほほ! どうしたの人間! 貴方はその程度かしら?」


 セシリーの激しいむち打ちにビギナは回避するので精一杯だった。


「だいたいアンタ生意気なのよ! どさくさに紛れて、クルスとあんなことやこんなことを!」

「な、なんであなたが先輩のことを!?」

「あなたには関係ないことよ!」

「きゃっ!」


 油断したビギナへセシリーの棘の鞭が炸裂し、ローブの裾を切り裂いた。

 膝を突いたビギナの足から、薄らと血が滴り落ちる。


「ま、負けません……! こんなところで私は……!」

「さぁ、お仕置きどんどん行くわよぉ!」


 セシリーは邪悪な笑みを浮かべて鞭を振り落とす。すると鞭が飛んできた矢によって弾かれた。

 ノリが良いのも結構だが、少しやりすぎだとクルスは思って矢を放ったのだった。


セシリーは忌々しそうに矢を放ったクルスを見上げる。あとでガミガミ言われるのは必至で、少し気分が重くなるクルスだった


「きゃっ!」


その隙にロナの蔦がビギナを拘束したのだった。


「さぁ、残りは貴方だけね?」

「あわ、あわわわ……!」


 セシリーの凶悪そうな笑みに、リンカは立っていられず尻餅を突く。

すっかり怯えていて、戦える状態ではない。


 ここまでは昨晩ロナたちと打ち合わせた通りに事が進行している。

そう思ったクルスは仕上げに取り掛かることにした。


「リンカ! お前は逃げろっ!!」


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